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2008年9月20日 (土)

千駄木庵日乗九月十九日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は「政治文化情報」発送準備。

夕刻、知人と懇談。

帰宅後も発送準備。

            ○

自民党総裁候補者の一人小池百合子さんは今日のテレビ討論で、「この国のかたちを変える」と言った。また最近の政治家は小泉純一郎前総理をはじめ殆ど全ての政治家が、「改革」ということを主張する。小沢一郎氏も「維新」だとか「日本一新」だとか言っている。

「この国のかたち」という言葉は、司馬遼太郎氏の日本思想史をテーマとして著作の署名である。私はよく読んではいないが、それなりの意味が込められている言葉と思う。

最近の政治家が使う「国のかたち」という言葉の意味は一体どういうことなのであろうか。また、維新だの変革だの改革だの一新だのという言葉は一体どういう定義なのでろうか。

こうした言葉をあまり安易に使うべきではないと思う。そもそも「国のかたちを変える」ということは大変なことである。単なる行政改革・経済改革のことを「国のかたちを変える」などと表現してもらいたくないし、表現すべきではない。

また「維新」「変革」「改革」と言うのなら、維新の理想、維新具体像を明確に指し示すべきである。自民党政権を倒すことが維新だなどというのでは全く噴飯ものだ。明治維新・大化の改新・建武中興は単なる権力闘争ではなかった。それこそ命懸けの人々によって断行され、建国以来の日本の理想を実現せんとする壮絶なる戦いであった。

今ここで詳しく論じることはできないが、維新とは、天皇国日本の真姿すなわち日本國體(これこそが真の意味のこの国のかたちである)を開顕することである。そして日本の伝統精神を回復することによって、現状の悪・穢れを祓い清めることである。小沢氏のような低次元の権力奪取のための闘争を「維新」などと言ってもらっては困る。

「占領憲法」の三原理を金科玉条とし、国際連合は戦勝国支配体制そのものであるにもかかわらず「国連中心主義」を標榜する小沢一郎のような政治家を打倒することが真の維新の第一歩である。

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