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2008年8月29日 (金)

千駄木庵日乗八月二十八日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は「政治文化情報」発送準備など。

午後六時半より、文京シビックセンターにて、「國體政治研究會」開催。小生が司会。高池勝彦氏が挨拶。竹田恒泰氏が「天皇のまつりとまつりごと」と題して講演した。

「まつりとまつりごとは別のように見えて本来的には同一のもの。八咫鏡は天照大神の御霊代であり、型代が宮中三殿賢所に奉安されている。天叢雲剣の形代と八尺瓊勾玉は御所の剣璽の間に奉安されている。三島由紀夫は、『日本人が最後に守らねばならぬものは三種の神器だ』と言った。御鏡の本体は伊勢の神宮に、御神体として祀られている。本体も型代もどちらも霊的には同じ価値を持つ。神器は天皇ですら実見できない。天皇行幸の際は剣璽御動座というならいがある。戦前は、お召列車と共に賢所乗御車という車両があった。三種の神器は、天皇と一体のものである。内掌典職は常に清らかな状態で御鏡をお護りする役目を果たしている。御神体に穢れがあると日本全体が穢れけと考えられた。天皇には『私』をお持ちにならない。ひたすら民やすかれ、国安かれと祈られる。今上天皇様の宮中祭祀への情熱は御歴代を超えられるものがある。新嘗祭は衣冠束帯で二時間正座される。『天皇とは祭り主であらせられる』の一言に尽きる。『皇太子妃殿下が宮中祭祀に参列されない』と批判する人がいるが、宮中祭祀はすべて天皇が行われる。皇后陛下・皇太子妃殿下が欠礼されても、祭祀が不完全になものならない。政治と神事を合わせたものが天皇の統治。国情をよく知り、統合し、安定せしめることが天皇のお役目。『国民統合の象徴』とは、その結果を言っている。『帝国憲法』第一条の精神は現行憲法でもいささかも変わっていない。天皇が日本を統治されるということは古代から現代まで変わっていない。『祭祀は国事行為である』と憲法に明記すべし。戦後の『皇室の民主化』『開かれた皇室』論は、皇室の無力化・弱体化である。『百年殺しの刑』にかけられた。しかしまだ間に合う。しっかりとそこから脱却しなければならない。」

この後、質疑応答が行われた。

終了後、懇親会。

               ○

竹田様は、もっともっと重要なことを語られたのですが、皇室の関する重要な御事でありますので、ここに書くことは遠慮させていただきます。

竹田様の仰せられるとおり、戦争直後の、戦勝国による皇室弱体化策謀は、六十年を経た今日、花開き実を結びつつあると言っても過言ではありません。まことに由々しきことであります。しかし、神の御加護は必ずあります。これまでの国史を顧みても、「壬申の乱」「南北朝の争乱」など大変な危機的状況を克服してきました。日本皇室は永遠であり、皇統はまさに天壌無窮であります。われわれ日本国民は、そのことを固く信じつつ、その信の上に立って、最近特に巧妙になってきた國體隠蔽・國體破壊の策謀を断固として粉砕していかねばならないと思います。

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