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2008年8月31日 (日)

千駄木庵日乗八月三十日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は「政治文化情報」九月号発送完了。購読者の皆様には月曜日にお届けできると思います。遅くなって申し訳ございません。

そのあとは、在宅して書状執筆など。

             ○

最近の政治家の質に低下は全くどうしようもないところまで来ている。姫井百合子という女性議員の行状見てつくづくそう思った。こんな女性にひっぱりまわされた民主党離党組も気の毒だが、彼らもなんでこんな人を仲間に入れたのか。それも問題である。さらに言えば、民主党も、こんな女性を無理に連れ戻さなくてもいいではないか。双方とも数合わせしかないということである。

こういう女性が高得票を得て当選したということがむしろ問題である。「虎退治」とか言われて落選した片山氏が気の毒である。すべて選挙民の選択であり、責任である。

民主党が次の総選挙で勝利して、単独過半数を取り、政権を掌握しても、果たして国家民族のために正しい政治がおこなわれるのか。特に問題なのは、国防・安保・憲法・教育・外交である。小沢氏の主張は全く納得できないことばかりである。特に「国連中心主義」は危険である。旧社会党勢力を取り込むための「言葉の遊び」としか思えない。かと言って自民党政治が良いというわけではない。理念・政策・主張・歴史観・国家観を基軸にした政界再編が必要である。

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2008年8月30日 (土)

千駄木庵日乗八月二十九日

早朝、父の容態に変化があり、看護。落ち着きを取り戻す。

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して、資料の整理・諸雑務。

             ○

歴史問題などで、書くを憚ること、軽々しく論じることができない問題というのが幾つかある。小生の勉強不足ということももちろんあるが、それだけでない。明治維新は、「尊皇攘夷」を基本理念として断行されたのであるが、その「尊皇」ということを根本から覆すようなことが、維新を目指した人によって行われたという説がある。しかもその説は、國體破壊をもくろむ者どもによって論じられているだけではなく、明らかに國體護持の立場に立つ人、まともな感覚を持つ真面目な人々も論じているのである。これは実に重大なことである。私はこの説をどうしても肯定することはできない。岩倉具視がいくら政略家であったとしてもそのようなことをしたとは信じられない。もっと勉強して、そのようなことはなかったということを書いてみたいと思う。

大東亜戦争についても、大アジア主義に基づき、英米植民地主義に反対して、日本がアジア解放のために戦ったことは基本的に正しいという説と、日本が南進論をとり、支那大陸に軍事的に深入りし、米英および支那を敵に回したのは、ソ連の謀略に乗せられた結果であり、間違っていたという説がある。どちらが正しいのか。これは今日的課題でもある。今日の危機を打開するためには、歴史に学ぶことが必要である。そのためにも、歴史上の大きな問題について真剣にそして真摯に学び勉強しなければならない。

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2008年8月29日 (金)

千駄木庵日乗八月二十八日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は「政治文化情報」発送準備など。

午後六時半より、文京シビックセンターにて、「國體政治研究會」開催。小生が司会。高池勝彦氏が挨拶。竹田恒泰氏が「天皇のまつりとまつりごと」と題して講演した。

「まつりとまつりごとは別のように見えて本来的には同一のもの。八咫鏡は天照大神の御霊代であり、型代が宮中三殿賢所に奉安されている。天叢雲剣の形代と八尺瓊勾玉は御所の剣璽の間に奉安されている。三島由紀夫は、『日本人が最後に守らねばならぬものは三種の神器だ』と言った。御鏡の本体は伊勢の神宮に、御神体として祀られている。本体も型代もどちらも霊的には同じ価値を持つ。神器は天皇ですら実見できない。天皇行幸の際は剣璽御動座というならいがある。戦前は、お召列車と共に賢所乗御車という車両があった。三種の神器は、天皇と一体のものである。内掌典職は常に清らかな状態で御鏡をお護りする役目を果たしている。御神体に穢れがあると日本全体が穢れけと考えられた。天皇には『私』をお持ちにならない。ひたすら民やすかれ、国安かれと祈られる。今上天皇様の宮中祭祀への情熱は御歴代を超えられるものがある。新嘗祭は衣冠束帯で二時間正座される。『天皇とは祭り主であらせられる』の一言に尽きる。『皇太子妃殿下が宮中祭祀に参列されない』と批判する人がいるが、宮中祭祀はすべて天皇が行われる。皇后陛下・皇太子妃殿下が欠礼されても、祭祀が不完全になものならない。政治と神事を合わせたものが天皇の統治。国情をよく知り、統合し、安定せしめることが天皇のお役目。『国民統合の象徴』とは、その結果を言っている。『帝国憲法』第一条の精神は現行憲法でもいささかも変わっていない。天皇が日本を統治されるということは古代から現代まで変わっていない。『祭祀は国事行為である』と憲法に明記すべし。戦後の『皇室の民主化』『開かれた皇室』論は、皇室の無力化・弱体化である。『百年殺しの刑』にかけられた。しかしまだ間に合う。しっかりとそこから脱却しなければならない。」

この後、質疑応答が行われた。

終了後、懇親会。

               ○

竹田様は、もっともっと重要なことを語られたのですが、皇室の関する重要な御事でありますので、ここに書くことは遠慮させていただきます。

竹田様の仰せられるとおり、戦争直後の、戦勝国による皇室弱体化策謀は、六十年を経た今日、花開き実を結びつつあると言っても過言ではありません。まことに由々しきことであります。しかし、神の御加護は必ずあります。これまでの国史を顧みても、「壬申の乱」「南北朝の争乱」など大変な危機的状況を克服してきました。日本皇室は永遠であり、皇統はまさに天壌無窮であります。われわれ日本国民は、そのことを固く信じつつ、その信の上に立って、最近特に巧妙になってきた國體隠蔽・國體破壊の策謀を断固として粉砕していかねばならないと思います。

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2008年8月28日 (木)

千駄木庵日乗八月二十七日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、上野公園の東京芸術大学美術館にて開催中の「狩野芳崖 悲母観音への軌跡」展参観。

「幕末の長府(現在の下関市)に長府藩御用絵師の嫡子として生まれた狩野芳崖(1828~1888)は、 近代日本画の基礎を築いた人物としてその名を残す画家です。 明治時代、フェノロサ、岡倉天心らとともに西洋画法を取り入れた日本画の改革・実験に取り組んだ芳崖は、 その後の日本画の発展に大きく寄与しました。この芳崖の絶筆《悲母観音》(重要文化財)は、 作品自体の完成度の高さに加え、近代日本画の幕開けを告げる記念碑的作品と位置づけられ、 続く若い作家たちへも様々な影響を与えた極めて重要な作品といえます。

 今年2008年は、狩野芳崖生誕180年、没後120年にあたります。 本展では、晩年の日本画革新時代の作品だけではなく、 郷里で修業を積んだ幼少時代からの作品を網羅、《悲母観音》制作に至る芳崖の画業を追い、 今再び《悲母観音》の魅力に迫ります。」(案内書)

との趣旨で開催された。

「悲母観音」「大鷲」「不動明王」「出山釈迦図」「孔丘尊像」「懸崖飛沫図」などを見る。「悲母観音」は中学時代、美術か歴史の教科書で見て印象に残った絵である。芸大美術館て行われた他の展覧会にも何回が展示された。

我が家は、母方の祖父の代から観世音菩薩が安置されているお堂をお守りしてきたので、私にとって観世音菩薩はとても親しい仏様である。そのお堂に安置されている観音様は、如意輪観世音菩薩で、祖父の代に我が家を建て直した時、地下から出現したと伝えられる。

私は、いろいろな仏像を拝観したが、日本の仏像は、観世音菩薩像が一番多いと思う。美術館にもお寺にも観音像が一番多い。それだけ日本人は観世音菩薩に対する信仰が厚いということであろう。狩野芳崖の観音像は、幼児に浄水を与えている絵で何とも素晴らしい。宗教画であるとともに、美術としての価値もきわめて高いとされる。

同じ美術館にて開催中の「台東区コレクション 敦煌莫高窟壁画模写」参観。芸大大学院修了制作の作品。

「めぐりん」という台東区營の小さなバスに乗り、谷中墓地入り口で下車。寺町を歩いて行くと、長安寺という寺院に至る。なんとそのお寺には、狩野芳崖のお墓があった。参拝。

帰宅後は、「政治文化情報」発送準備。

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2008年8月27日 (水)

千駄木庵日乗八月二十六日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、「政治文化情報」の発送準備。毎月二十日前後に発送していたのだが、パソコンの故障のため、月末になりそうである。購読者の方々、申しわけございませんが、もうしばらくお待ちください。

               ○

アフガニスタン東部で、日本の民間活動団体職員の伊藤和也さんが武装グループに誘拐された。まことに気の毒である。伊藤さんは長きにわたってアフガニスタンの農業支援を行っていた人である。乾き切ったアフガニスタンの国土に緑を増やし、農業を振興させようと努力してきた人である。何とが無事に解放されることを祈る。

中東で紛争が繰り返されるのは、その自然環境が大きな原因であると考える。高温で緑と水の少ない砂漠地帯に生活する人々は、やはり心が荒むのではないだろうか。そういうところに緑を増やし、清らかな水を生み出すことはまことに大切である。そのために活動している日本人の人々は本当に尊いと思う。

アラブから日本に来た人々は、日本の自然に感動するという。日本中がオアシスなのである。緑と清らかな水を世界に増やしていくことが大切である。そして天地自然の恵みに感謝し、人の命を大切にする信仰を根付かせる使命を、日本人は持っていると思う。

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2008年8月26日 (火)

千駄木庵日乗一月二十五日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、衆議院第二議員会館の同志議員事務所訪問。

夕刻は、知人と懇談。

                  ○

最近読んだ本は、ヒトラーの『わが闘争』です。何と昭和四十三年に購入した本です。いずれ読もうと思ってはいたのですが、今まで読んでいませんでした。最近の世界情勢を見て、やはり読んでおかねばならないと思いました。

ヒトラーのユダヤ人に対する憎悪というか、差別意識というか、反感はものすごいものがあります。ヒトラーがどうしてユダヤ人をそれほどまでに嫌うのかを知りたくて今回読んでみたのですが、あまり良くわかりませんでした。理解ができなかったと言ったほうがいいと思います。

ユダヤ人に対する差別意識・憎悪・反感は、中東や欧米に住んでいる人でなければ分からないのではないでしょうか。東洋人とりわけ日本人には理解できないことです。キリスト教がユダヤ人差別の原因という説もありますが、ユダヤ教はキリスト教の母胎ですし、キリスト教国家のアメリカはイスラエルを強力に支援しています。

私は率直に言って人種間に優劣が全くないとは思いません。しかしアーリア人種が最も優秀で世界を支配すべき人種であり、ユダヤ人は下等であり害悪であるから抹殺すべきだという思想は全く受け入れることはできません。少なくとも日本伝統信仰とはまったく異なる思想であると思います。やはり人間は神の子であり神の分霊であるという信仰を保っていきたいと思います。第一、ドイツ人が世界で最も優秀であり、その指導者たるヒトラーが世界を支配すべき超人であったとしたなら、なぜドイツは敗北し、ヒトラーは自殺したのでしょうか。

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2008年8月25日 (月)

千駄木庵日乗八月二十四日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、原稿執筆・完成・送付。「政界往来」の連載原稿で、「民主党は創価学会・公明党批判をやり遂げることができるか」というテーマで書きました。

その後、資料の整理。

              ○

小沢一郎民主党代表は、七月十五日の記者会見で、竹島問題について、「日韓両国で考え方の違いがあり、しっかり話をすべきだ。それを避けておいて教科書に載せるとか載せないとかいうたぐいは筋道が違う。」と言った。とんでもない言い草である。それでは、韓国と話しをして、合意に達しなければ、我が国の教科書に「竹島はわが国の領土だ」と書いてはいけないと言うのか。

韓国に近いとされる「世界日報」の「社説」も「竹島は江戸時代から漁民の基地となり、日本が実効支配を続けてきた。」「現在、竹島は韓国が実効支配しているが、これは五二年に当時の李承晩大統領が公海上に李承晩ラインを引いてその中に竹島を取り込んでしまった結果で、竹島が法的に日本の領土であることはまぎれもない事実だ」と論じている。(七月一七日号)

国家基本問題で、韓国を利するようなことを言う小沢一郎という人の国籍を疑いたくなる。このような人が代表をしている政党が政権を担うことはまことに危険である。

福田氏が駄目なら、次の総理は麻生氏しかいないのではないか。しかしその麻生氏も北方領土問題でおかしなことを言った。自民党の有力議員にも文字通り国籍を疑いたくなるような言動を繰り返す人がいる。

ともかく、今の政治家にはろくなのがいない。しかし嘆いてばかりはいられない。何とかしなければ日本国は亡国への道を歩むことになる。

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2008年8月24日 (日)

千駄木庵日乗八月二十三日

午前は、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後も、父の体調があまり良くないので、看護。夕刻安定する。

夜は、原稿執筆。「政界往来」の連載原稿。

                ○

公党の委員長経験者二人が社会的に抹殺されかかっていることはやはり看過できない。竹入義勝・矢野絢也両氏はのたしかに池田大作氏に抜擢された人物である。池田氏から見れば裏切り者ということになろう。三島由紀夫氏は「人は敵を愛することはできるが、叛いた友を許すことはできない」と言った。しかし、竹入・矢野両氏は、池田氏に対してそう大した批判をしたわけではないし、創価学会を裏切ったわけではない。ちょっとした不満というか批判を述べただけである。両氏は、池田氏の私的使用人ではないし、操り人形でもない。私的使用人だとしても、自分に批判的になったからと言って、罵詈讒謗り限りをつくし、地獄に堕ちるとか、犬畜生だとか言って罵倒するのは常軌を逸している。人権侵害の極である。マスコミはなぜこの問題を追及しないのか。民主党が国会で追及の動きを見せているが、創価学会・公明党は必死になってこれを制止せんとするであろう。民主党が本当に池田創価学会・公明党批判を国会でやり遂げるかどうか注視しなければならない。

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2008年8月23日 (土)

千駄木庵日乗八月二十二日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

昼は知人と懇談。

午後は「政治文化情報」の原稿執筆。完成。印刷所に送付。

その後、書状執筆など。

                   ○

以下の文章は、湾岸戦争の翌年すなわち平成三年にある雑誌に書いた拙文である。独りよがりかもしれないが、いささか先見の明を誇りたいと思い、掲載させていただく。

『平成の御代になり世界は文字通り激変した。ソ連および東欧の共産主義体制の崩壊はその最大のものであった。のみならずこれまで長い間世界を侵略し共産化せんとして来たソ連という国家そのものが瓦解し地上から無くなってしまった。それに伴い東西冷戦構造も消滅した。しかしこれで世界は平和になるなどと考える人はそう多くはあるまい。もしそういう人がいるとすればあまりにも愚かと言うべきである。

 これまでの東西冷戦構造の時代はアメリカとソ連という二超大国の世界支配が強大であったので民族間・国家間の対立抗争は押さえられてきた。言ってみればソ連とアメリカという重石が「冷戦構造」という名の「平和」を維持して来たと言って良い。今日それが無くなってしまったのだ。そして国家と国家・民族と民族・宗教と宗教の鋭い対立抗争の時代に突入したのだ。とてもとても「対立と分断」の時代が終結し「尊敬と協調」の時代が到来したなどと手放しで喜ぶわけにはいかないのである。このことは昨年の湾岸戦争という事実が何よりも雄弁に証明している。

 また、民族主義は急速な科学技術の進歩と世界の統合化現象によって、人類の中に吸収され消滅するという見方がある。しかし歴史的社会的に長い時間をかけて形成されて来た運命共同意識としての民族主義は如何に世界の統合が進んでも消滅するものではない。このことは、民族を超え国家を超えんとした共産主義が破滅した後において、民族主義が破滅しなかったどころか逆に勃興したという事実によってと明白である。どんなに科学技術が進歩し世界統合化現象が顕著になってきたように見えても民族主義はなお根強く生き続けるのである。

 共産主義という誤れるイデオロギーの呪縛から解放されたソ連東欧の人々は民族主義へ回帰しつつある。しかもそれはかなり尖鋭的にして排他的な民族エゴ国家エゴとして噴出している。ユーゴスラビアや旧ソ連の国内紛争を見てもわかるように経済の不均衡と民族間の武力抗争問題が新たなそして深刻な問題として浮上してきた。アジアにおいてもしかりである。朝鮮半島の統一はまだまだ実現しそうにないが、仮に実現したとしたら、今度は新たに日本にとって大きな脅威となる反日軍事大国の出現という事態になるという見方もある。中国の共産主義体制が崩壊した場合の中国大陸の混乱はソ連東欧の比ではなかろう。さらに日本にとって問題なのは、大東亜戦争開戦以来五十一年を経過した今日、日米の経済対立がかなり深刻化していることである。

 「今は昭和十六年当時と同じ新たな『戦前』だ」と言う人までいる。しかもさらに問題なのは、「新たな戦前」が始まっていると言われているにもかかわらず、日本にとっての「戦後」は終わっていないことである。アメリカは今になって「リメンバー・パールハーバー」を再び言い出しているのに、日本は今でも相変わらず「ノーモア・ヒロシマ」を言い続けているのである。これは実に危険なことなのである。

 要するに戦後四十数年間の米ソ二超大国支配という旧秩序が崩壊した後、それに代わる新秩序が構築されず混乱と闘争の世界が現出しつつあるのである。しかもわが日本はこうした事態に正しく対応できる国家体制を確立していない。大東亜戦争侵略史観(東京裁判史観)に呪縛されたまま、戦後体制(護憲安保体制)を解体することもできず、「平和国家」の虚名に酔い、ただただ経済大国・技術大国として「富と技術」の力で激動の世界をわたっていこうとしているのみである。「富と技術」で世界の貢献するというのは良い。しかし、今日の日本は確かに豊かであり技術もあり平和であるかもしれないが、反面日本を正しくリードすべき政界も官界も財界も言論界もそして宗教界までもが腐敗堕落の極に達している。

 現代社会は精神的にも物質的にも大きな困難に直面している。各地で民族紛争・宗教紛争が起こり、資源が枯渇し、自然破壊が進み、人類は不幸への道を歩んでいるといっても過言ではない。

 この根本原因は、砂漠に生まれ、神と人間が隔絶した関係にあり、自然を人間の対立物ととらえ、一つの神・一つの教義を絶対視して他を排除する一神教的思想を淵源としている西洋の文化・文明にあると考えられる。これを根本的に是正すべき時に来ている。

 そのためには、自然と共に生き多くの神々や思想を融合調和してきた東洋の精神文化文明の多神教の精神、とりわけ、稲作生活を基本とした神代以来の天皇中心の祭祀国家・信仰共同体を今日まで保持しつつ、西洋文化・文明を受容し、それを発展せしめ、もっとも発達した工業国なった日本の精神伝統が大きな役目を果たすと考える。

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2008年8月22日 (金)

千駄木庵日乗八月二十一日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後一時半より、豊島区立千早地域文化創造館にて、「萬葉會」開催。小生が萬葉集を講義。質疑応答。

帰途、出席された法律家の方と懇談。

帰宅後は原稿執筆。

                 ○

日本の国をおかしくしている存在に対していかに対処するか。これは重大な問題である。今日はこのことについて法律家の方と語り合った。誰をそしてどういう存在に対して、批判活動・糾弾を行うかは、極めて難しい選択である。私は、実際に権力を掌握している存在に対してこそ、厳しい批判を行うべきだと思う。具体的には、国を危うくする政治権力者であり、偏向したメディアである。この二つが実際に日本をおかしくしている。それだけ国を動かす力があるからである。私などは、本当に力のない弱小の存在である。その私が、巨大な権力に立ち向かうということは、一寸法師が鬼と戦うようなものである。相手の急所を突かねばならない。また、私には、命を賭して相手を倒すなどという決意も実行力もない。自分に出来ることは、言論闘争である。それだけにより効果的な運動を展開しなければならない。私の体験では、こちらが本当に真剣に運動を行えばそれだけの成果は必ず生まれるということは言える。

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2008年8月21日 (木)

千駄木庵日乗八月二十日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは、資料整理・原稿執筆。(パソコンの故障のため遅れていた「政治文化情報」の原稿書き。)

夕刻、知人と懇談。

帰宅後も原稿執筆。

                   ○

公明党が次第に自民党離れを加速しているようである。いずれ民主党と手を組むのではないか。矢野絢也氏の国会参考人招致に続いて、池田大作氏の証人喚問などという事態を食い止めるためには、なんとしても政権与党にいなければならない。少なくとも、衆参両院で過半数を制する勢力に入っていなければならない。それが公明党の至上命題である。太田代表が、綿貫民輔国民新党代表に接近したのもそのためである。小沢一郎氏は水面下で、創価学会・公明党に脅しをかけているに違いない。公明党という政党は、決して独立した政治組織ではない。あくまでも創価学会政治部である。そして創価学会は池田大作氏を絶対者として仰ぐ排他独善の組織である。池田大作氏のためなら何でもする。その危険性を自民党も民主党もそしてマスコミも認識しているのに、なぜ批判しないのか。

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2008年8月20日 (水)

千駄木庵日乗八月十九日

午前は父に付き添って病院に赴く。今日は定期的な診察と治療。

午後は、明後日の萬葉集講義の準備など。

午後六時半より、春日の文京シビックセンター区民会議室にて「時局懇戦略懇話会拡大幹事会」開催。9月3日開催の『「1000万人移民」にNO!国民集会』で登壇する平田文昭・笹井宏治朗・三輪和雄・村田春樹の四氏が当日の講演内容について報告。討議。

帰宅後も、萬葉集講義の準備。

                 

                〇

自民党国家国家戦略本部の『日本型移民国家への道プロジェクトチーム』が、日本国民の総人口の一割にあたる一千万人程度の移民を受け入れるなどという提言を行った。これは中川秀直氏の持論である。この狭い日本国土に人口の一割にも達する外国人が移民として受けいれることを国家戦略とするなどという事は、まともとは思えない。日本に移民して来る一千万の人々の多くは支那人である。今日においてさえ、日本国に来ている支那人による犯罪が問題となっているのに、数百万人もの支那人が日本に住みついたら、日本の治安は崩壊する。支那人の日本への留学や就職は、厳正な審査を経た上である程度認めるとしても、数百万もの支那人を移民として受けいれるなどという事は絶対にあってはならないことである。

労働力が足りないから、支那人に肩代わりしてもらうという発想自体が、すでに国家民族の自立と安全を無視している。また、『危険・汚い・きつい』仕事は外国人にやらせるという発想も間違ってゐる。一千万人もの外国人が日本に移民してきたら必ず日本国民との軋轢を生じる。その軋轢は日本という国家民族を崩壊させることとなる。こうした『国家戦略』なるものは、日本を滅亡の淵に追いやる『戦略』である。

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2008年8月19日 (火)

千駄木庵日乗八月十八日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して、資料の整理など。

夕刻、小学校の先輩と懇談。この方の妹さんは私の同級生で初恋の人。小学校卒業以来一回しか逢っていない。そして何とも悲しいお話を伺った。妹さんは脳腫瘍を患い、病床にあるという。もちろん、結婚しておられるので、お見舞いには行けない。ご快癒を祈るのみである。

                〇

畏友・渡部篤衆院議員のブログに次のようなことが記されていた。

「北京オリンピックについての報道にこんなものがありました。

巨人花火の中継、少女の歌声など過剰な演出が指摘されている北京五輪で15日、開会式に民族衣装を着て登場「56民族の子供たち」の大半が、実は民族衣装を着ただけの漢民族の子供だったことが分かった。北京五輪組織委員会が記者会見で明らかにした。

 問題の演出は、開会式の中盤で9歳の少女が祖国をたたえる歌を披露するなか、56の少数民族の子供たちが、中国旗を運ぶというパート。チベット問題などで揺れる中国が、国内の民族融和をアピールする政治色の強いシーンでもあったが、これまでに少女の歌声が、会場で歌っている姿を披露していた少女とは別人の声だったことが判明していた。

 開会式をめぐっては、会場に近づくように打ち上げられた巨人の足跡型の花火の空撮映像が、実はコンピューター映像だったことが明らかになっている。このほか、報道陣に配られた「プレスキット」に、日本のアイドル写真が無許可で使用されたラジオに五輪シールを貼っただけのものが入っていたことなど、ずさんな運営が指摘されている。」

              〇

支那人は全てではないとは思うが、嘘をつくことを悪とは思わないのではないか。特に権力国家としての支那は、政治目的・外交目的を達成するためには、どんな見え透いた嘘でも平気な国であることは確かである。毛沢東の葬儀の写真に、四人組が並んでいたのを平気の消してしまった國が支那である。毒入り餃子事件でも嘘のつきっぱなしだ。歴史問題で支那の言っていることは外交戦略上の嘘と断定して良い。「南京大虐殺」や「七三一部隊」の残虐行為などという事も、『愛国虚言』である。「白髪三千丈」という諺は嘘では無いのである。

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2008年8月18日 (月)

千駄木庵日乗八月十七日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は資料の整理など。

午後六時より、江東区東陽町の平成ヴィジョン屋上にて、『山口申大兄古稀の祝い』開催。多くの同志が参集し、山口氏の古稀を祝う。

山口氏は、民族革新会議議長として、指導的立場で運動に挺身されている方である。小生も、三十年以上にわたって色々とご指導を頂き、お世話に相成った。山口氏は深川育ちで、江戸っ子の気風をお持ちの方で、多くの人が敬愛され慕われている。

今日は深川八幡宮の三年に一度の例大祭の連合渡御が行われ、神輿担ぎに参加した同志もいた。また、多くの同志と共に大雨り降る中、テントの下で飲む酒、いただく食べものは格別に美味い。小生は、恒例通り、『ああモンテンルパの夜は更けて』を熱唱。拍手喝采を受ける。

山口申氏の今後一層のご活躍を祈る。

                〇

今日の『サンデープロジェクト』で、古賀誠衆院議員が、靖国神社にお祀りされている昭和殉難者の御霊を分祀すべしと主張した。政治家が、神社の御祭神について干渉することは、現行占領憲法の『政教分離』の原則に違反する。また、我国には戦争犯罪人は一人もいない、昭和殉難者は、戦争行為の継続であり『裁判』という形を偽装したの復讐戦で殺された方々である。文字通り戦死者であり、戦没者である。靖国神社に祀られて当然である。

終戦記念日の追悼式典で、靖国神社に代る追悼施設建設を主張した河野洋平衆院議長と共に古賀氏も厳しく批判されなければならない。

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2008年8月17日 (日)

千駄木庵日乗八月十六日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。小生の留守中、父母がお世話になった事にお礼を言う。介護の方、看護の方には本当にお世話になっている。皆、人柄が良い人なので助かっている。いろいろと制約のある中でできるだけの努力をして面倒を見ていただいている。介護制度や老人医療にはいろいろ問題がある。ここ一、二年の体験を書いてみたいと思っている。

父母は何しろ高齢なので、精神的にも肉体的にも弱くなっている。それを何とか励まして、一日でも長生きしていただきたいというのが息子である私の祈りであり念願である。

午後からは在宅して、資料の整理。新聞・雑誌・郵便物がたまり続ける。また、読みたい本、読まねばならない本も多い。そして原稿書きと、毎日忙しく過ごしている。

私は、お蔭様で健康には恵まれているので、神に感謝している。それでも、太りすぎであることは確かなので、十分注意をしなければならない。最近は、煙草は一日四本と決めている。それ以上は絶対にのまないことにしている。

私の同志である議員が、去年病に倒れた。そして半年以上に及ぶ苦しいリハビリに耐えぬき、最近は大分元気を回復し、政治活動を再開した。本当に嬉しい限りである。選挙区の相手候補が民主党の大物長老議員なので、彼も大変である。議員・政治家は本当に大変だと思う。精神的にも肉体的にも休まる暇がないというのが実情のようである。無理をせずに頑張ってもらいたい。

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2008年8月16日 (土)

お知らせ

残暑お見舞い申し上げます。

さて、パソコンを修理に出しているため、小誌『政治文化情報』の発行が遅れております。

購読者の皆様には今しばらくお待ち下さいますよう、伏してお願い申し上げます。

四宮正貴 頓首合掌

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千駄木庵日乗八月十五日

朝、岐阜を出発。東海道線で名古屋へ。

徳川美術館見学。徳川美術館は、昭和十四年、徳川御三家筆頭の尾張徳川家当主・徳川義親しによって創立された。尾張徳川家に伝わる重宝などが展示されている。武具・刀剣・茶道具・絵画・書などを見る。また『徳川家康と戦国の戦い』という特別展も開かれていた。

感想は色々あるが、後日あらためて書きたいと思う。ただ、戦国時代の覇者徳川家康が、権力と武力にによって収集したものが多い。特に大阪落城の際に奪い取った刀剣などを見た時、『切り取り強盗は武士の習い』という言葉を思い出した。覇者が力で集めて美術品ということである。

また、徳川幕府は、皇室の神代以来の神聖なる信仰的な権威を借りて、自己の権威を作り出したこともあらためと実感した。そして、徳川氏が次第に貴族化していって、武家というよりも貴族になってしまったことも実感した。この二つのことは重要であるので、詳しく論じたいと思う。幕末の危機は、東照大権現の宗教的権威では乗り切ることは出来ず、神代以来の天皇の神聖権威によってこそ、国民的統一が図られ、維新が断行されたのである。

炎天下、徳川園という庭園を散策。尾張徳川家二代藩主・光友の隠居所を四年前に復元したものなので、他の大名庭園とは比較にならない。

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千駄木庵日乗八月十四日

宿舎を出発。大夢館訪問。永年の同志花房東洋氏と懇談。細川氏と共なり。

そして、再び岐阜県護国神社に参拝。宇都宮宮司と懇談。岐阜県護国神社は昭和十四年の御創建。岐阜県出身の英霊三万七千余柱の御霊が祭られている。

小生の文藝上の師であった中河与一先生と親交があった森磐根氏が前宮司をつとめておられたので、以前、中河先生と共に参拝したことがあった。中河先生が村長をしておられた「かっぱ村」という「かっぱ伝説」を訪ね、日本の山紫水明を護る集いに、森磐根前宮司が参加していた。護国神社では、現在も年一回「かっは祭り」が行われている。有難いことである。

この後、大夢館に戻り、大夢館が所蔵する三上卓氏など昭和維新運動の歴史資料を見る。また、生長の家関係の資料も見る。色々貴重な資料があった。花房東洋氏は、小生が高校生のころに生長の家本部の食堂で知り合った古くからの友人・同志である。花房氏は、信仰的に谷口雅春先生、維新運動上では三上卓氏を師と仰いでいる。

今回の岐阜訪問では、細川嘉彦氏、花房東洋氏に大変お世話になった。感謝の意を表する。

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2008年8月15日 (金)

千駄木庵日乗八月十三日

新幹線で名古屋へ。東海道線に乗り換えて岐阜に到着。岐阜の同志・細川嘉彦氏のお出迎えを頂き、宿舎へ。

岐阜護国神社に参拝。三上卓氏作『昭和維新青年日本の歌』詩碑を仰ぐ。

夜は、細川氏と懇談。維新運動の現状と展望などについて語り合った。細川氏は医師として活躍しつつ、愛国運動に挺身されている方である。野村秋介氏のことを特に尊敬しておられる。共通の同志友人も多い。また、私宅のある谷中・千駄木辺りによく来らるたようで、実に詳しいのにびっくりした。コロッケとメンチが美味しい山根肉店という小さな肉屋さんのことも知っていた。

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2008年8月13日 (水)

お知らせ

明日十三日より十五日まで、地方に出張致しますので、その間、「千駄木庵日乗」書く事が出来ません。何卒よろしくご諒承下さい。

このところテレビのどのチャンネルを回しても、北京五輪の報道ばかりです。それだけ世界が平和なのでしょうか。私にはそうは思えません。どうもメディアは、一つのムードというか風潮を一方的に煽る傾向があります。それは今に始まったことではありません。戦前からそうだと思います。

そうは言っても、やはり水泳の北島康介選手が金メダルを獲得したのは嬉しいことでした。北島選手は私の小学校・中学校の後輩です。六十一歳の私からすればはるか後輩ということですが、親しみを感じます。隣町の日暮里の肉屋さんの息子さんです。

昨日はある雑誌記者の方と、そして今日はある知人と、石原慎太郎氏のことを話し合ったのですが、石原氏の、皇室そして日本の伝統に対する考え方の基本が問題ではないかということが話題となりました。皇室の政治利用は絶対に止めてもらいたい事ですし、宮内庁への罵倒も今はやりの言葉で言えば、余りにも品格がありません。また、共産支那に対する姿勢にも最近変化が見られるようです。石原氏には、東京五輪開催しか頭にないようです。五輪招致が駄目だというわけではないのですが、やはり、もう少し冷静になってもらいたいと思います。東京五輪招致のためなら、これまでの正論を曲げても良いというのでは困ります。

東條元総理の終戦直前の『手記』が発見されました。それによると、東條氏は終戦直前から、自決を覚悟していたということです。石原氏は、東條氏の自決決行を狂言として批判しました。

明日からの出張では、同志の方々の御厚志により、訪問する地方の歴史を勉強して来たいと思います。

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2008年8月11日 (月)

千駄木庵日乗八月九日

午前は父母のお世話。

午後二時より、道玄坂のフォーラムエイトにて、『日台関係研究会』開催。台湾駐日代表処広報部長の朱文清氏が講演し、「選挙による政権交代は民主政治が成熟した証拠。民意を正しく読まないと、将来また政権交代あり。国民党政権は強固になった。馬英九氏の本籍は湖南省。アメリカ留学から帰国し、蒋経国総統の英文秘書となった。連戦政権で法務相。北京五輪開会式で台湾代表は各国元首の席に坐った。行政院長は、尖閣問題での『日本と一戦も辞さない』との発言を否定した。台湾と日本が漁協協定を結べは問題は起らない。王金平は『小を以って大の利益を損害してはならない』と言った。政権交代後も、貿易・安保面での日本の重要性は全く変らない。台湾の政府高官・政治家が日本を訪問し説明している。台湾との大陸の関係改善は台湾海峡の安全につながり、日本にとって不利にならない。」と語った。この後質疑応答。

                   〇

台湾が中華帝国主義の餌食になる事は何としても防がねばならない。今回国民党を支持した多くの台湾国民が、共産支那との統一を望んでいるとは思えない。朱文清氏もそう言っていた。現状維持が台湾の世論なのだろうか。台湾の将来は台湾人自身が決めるというのが大原則である。それはまったく正しい考え方である。しかし、共産支那の恫喝と圧迫下の『台湾国民の意思』は『自由に表明された意思』ではない。ともかく台湾が今まで通り親日国家であり自由国家であることが日本にとっても台湾にとっても正しい道である。

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千駄木庵日乗八月八日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は諸雑務。

午後七時より、千駄木の養源寺にて、「東洋思想研究会」開催。孔子の思想について東洋大学共生思想研究センターの野村英登氏(文学博士)の講義を聞く。そして全員で討論。

養源寺は臨済宗妙心寺派の古刹で春日の局の息子・稲葉正勝が開基。江戸時代の漢学者安井息軒のお墓がある。湯島天神下に建てられたが、明暦の大火で千駄木に移転したという。小生の通った幼稚園がこのお寺の隣にある。おなじ千駄木にありながら、実に五十数年ぶりに訪れた。

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2008年8月10日 (日)

千駄木庵日乗八月七日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は原稿執筆。

午後七時より、高田馬場のホテルサンルートにて、「一水会フォーラム」開催。

田原総一朗氏が講演し、「明治維新以後終戦までの歴史で、右翼と保守が重なった部分の歴史を取材したい。戦後日本はプライドを捨て、アメリカの子分になった。アメリカの日本占領のやり方はうまかった。ソ連や中国と組まなくて良かった。湾岸戦争に日本が参加しなかったので、世界から馬鹿にされた。アメリカがオバマを選ぶのは凄いこと。アメリカの民主主義は熟成している。安全保障を考えないことが平和だという論調がいまのマスコミにはある。高度成長はバブル崩壊と共に終わった。日本は目標を失った。日本はアメリカの子分から自立しなければいけない。日本はアジアマーケットを仕切ることができる国にしなければならない。日本にとって今がチャンス。石油は今までやすすぎた。石油に代るエネルギーが開発されなければいけない。日本は核を持たないことによって世界から信頼されてきた。」と語った。

この後、活発な質疑応答が行われた。私は「日本がプライドを持たなければならない、自立しなければならないという主張は正しい。しかし、その基本、依って立つ基盤が最も大切である。ロシアにロシア正教、支那に中華思想がある如く、わが日本は、天皇を祭祀主と仰ぐ國體精神を根本とした自立・誇りを回復しなければならない」と主張した。しかし、田原氏は、日本の國體精神を正しく理解を示していない用であった。

終了後懇親会。田原氏は体調が余り良くなかったようだが、熱心に語ってくれてことは評価する。

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2008年8月 9日 (土)

お知らせ

パソコンが故障し、「日乗」を書く事が出来ませんでした。

依頼された原稿も書く事が出来ません。

申し訳ございません。まだ本調子ではありません。

しばらくお待ち下さい。

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2008年8月 7日 (木)

千駄木庵日乗八月六日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して原稿執筆。

         ○

「中国製冷凍ギョーザ中毒事件」で、支那で回収された製造元・天洋食品(河北省)のギョーザを食べた複数の支那人が、有機リン系農薬成分メタミドホスによる中毒症状を起こしていたことが分かった。

この情報は7月の北海道洞爺湖サミット直前に、外交ルートを通じて日本政府に通知され、外務省から警察庁に伝えられていた。福田首相も情報を受け取っていたことがわかった。

ところが、1カ月間も、政府は事実を一切公表しなかった。何故一カ月も国民に隠し続けたのか。福田改造内閣は、「国民の安心安全確保」を掲げて発足したが、全く逆のことをしているのだ。国民の安心確保よりも共産支那への配慮というか遠慮を優先させたとしか思えない。まさに「媚中外交」である。福田総理の、「媚中姿勢」は厳しく糾弾されなければならない。

天洋食品工場長は事件発生直後の今年215日、「最大の被害者はわたしたちだ」と述べ、中国・河北省副省長は36日、「中国の製造過程でメタミドホスが混入した可能性は排除された」として、シラを切り、真っ向から日本と対立した。ところが支那国内で被害者が出たことで、支那の製造段階での混入が、ほぼ確定的になった。支那という国がいかにウソつきであるかが白日の下に晒された。

今回のことは、共産支那という国が倫理というものを忘却している証左である。こうしたことが改善されない限り、国際的信頼を得ることができず、支那の真の発展はあり得ない。また、わが国に対する歴史問題での非難攻撃も、その多くは嘘八百であると言って良い。

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2008年8月 6日 (水)

千駄木庵日乗八月五日

午前は父に付き添って病院に赴く。定期的な診察と治療。

午後からは在宅して「政治文化情報」の原稿執筆。

          ○

鈴木邦男氏から、氏の近著「愛国の昭和」という本をいただいた。相当の決意で書いた本とのことである。

鈴木氏のブログで、「本が出ます。私の最後の本です。今まで皆さまには本当にお世話になり、ご迷惑をかけてきましたが、これが最後です。私ごとき人間にお目をかけて頂き、本当にありがとうございました。本の帯には、『これは鈴木邦男の遺書である!』と書いてあります。手に取ってよくご覧になって下さい。すかしで、そう読めるはずです。今日、全国の書店に並びます。でも私はそれを見ることが出来ません。遠い所へ旅立っているからです。本の題名です。『愛国の昭和』です。サブタイトルは『戦争と死の七十年』です。本を手に取って、異様な感じがするでしょう。ギョッとするでしょう。真っ黒な本です。死です。葬式です。〈遺書〉らしくていいでしょう。あの有名な『鈴木成一デザイン室』がブックデザインをやってくれました。天才です。私は何も言いませんでしたが、私の〈遺志〉を汲み取って、こんな素晴らしい死のデザインをしてくれたのです。発売は講談社です。途中、何度も『やめよう』『引き返そう』と思いました。こんな本を出したら何と批判されるか分からない。全国民から総スカンだ。一水会にもいられない。いや、『国賊だ!』『売国奴め!』と右翼に殺されるでしょう。でも、殺される前に死んでしまえば、テロも無効です。怖いものはありません。そう心を決めて書き、出版しました。」などと書かれていた。

九月に國體学会主催の講演会で講演をされるという予告があったので、まさかとは思ったが、びっくりして鈴木氏に電話をしたら、まだご存命で、意外に元気そうな声で、「心配かけてすみません。そういう意気込みで本を書いたのです。」と言われた。そして昨日本が贈られて来た。

鈴木氏とはもう四十年来のお付き合いだが、著書をいただいたのは初期の二冊の著作以来のことと思う。しかし、本に添えられたお手紙には、「ご心配かけてすみません。これがその本です。それだけの覚悟と決意をして書いたものです」と書かれてあった。やはり尋常ではないようである。

まだ精読してはいないが、「散華の美」「玉砕」「死」「戦争」について鈴木氏のこれまでの勉強と実践活動をもととして本当に真剣に書いておられる。「天皇」「神」「死」についての日本人の信仰はいかなるものであるかという根本命題について論じていると思う。精読していないので、論評はできない。しかし、私は、やはり「記紀」「萬葉」にそのことは正しく示されていると思う。そこに回帰することが大切だと思う。「日本民族は、ただ単に死を讃美し死に憧れる民族ではない」というのが私の理解である。また、日本の神々は全知全能唯一絶対無謬の神ではない。そんなことは鈴木氏には分り切ったことだと思う。

鈴木氏が本当に真剣に日本人の信仰・心情そして日本民族の歴史・戦争について考えておられることがわかって良かった。これ以上のことはここでは書かないことにする。

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2008年8月 5日 (火)

千駄木庵日乗八月四日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、数人の同志と日暮里駅で待ち合わせ。谷中墓地へ。

来島恒喜之墓に参拝。

来島恒喜烈士は福岡県の人。玄洋社に入り国事に奔走。明治二十二年、外務大臣・伯爵・大隈重信は不平等条約改正を外国と交渉したが、譲歩し過ぎるとして世論の批判を招いた。同年十月八日午後四時、来島恒喜は、大隈外相が閣議を終えて霞ヶ関外務省に帰り来るを待ち受け、爆裂弾を投じて重傷を負わしめ、即時、皇城を拝したる後、正門左方の石垣に倚って携えたる短刀で頸を掻き切り、従容として自決した。享年三十二歳。

青山龍泉寺に於いて葬儀を行った後、二十二日、遺髪を谷中天王寺に葬り、遺骨は福岡に送って十一月一日福岡崇福寺境内の玄洋社墓地に葬った。

供花・供物・線香を供え、合掌して冥福を祈った。

続いて、石川県士族島田一郎、長連豪、杉本乙菊、脇田巧一、杉村文一および島根県士族の浅井寿篤の六士の墓に参拝。

六士は、明治十一年五月十四日午前八時ごろ、東京麹町区三年町裏霞ヶ関の自邸から赤坂仮皇居に参朝の途中の参議兼内務卿大久保利通を、紀尾井坂において斬殺した。ことが成就した後、島田氏らは大久保利通の「罪五事」を挙げた斬奸状を懐中にして自首した。審問の後、七月二十七日六名は斬罪に処せられた。

大久保利通は当時の最高権力者として「富國強兵」「殖産興業」「脱亜入欧」路線を強力に推し進めた。明治六年の政変から大久保の死に至る迄の数年間は、大久保を中心とした独裁政治と言って良かった。これを〈有司専制政治〉という。大久保利通は、「明治六年の政変」で、西郷隆盛・江藤新平・板垣退助らを下野せしめた後、三条實美・岩倉といふ公卿勢力を擁し、大隈重信・伊藤博文・黒田清隆・川路利良らを手足とし、欧米の文化・文明を取り入れた近代日本の建設に邁進し、これに抵抗する勢力をあらゆる手段を用いて排除した。特に川路利良=警察権力を使い卑劣な手段を用いた挑発行為・密偵政治は多くの人々の憎悪を招いた。

大久保利通が第二維新運動の標的となったのは、直接的には大久保が西郷隆盛・江藤新平といった人々を卑劣な策略を用いて死地に追いやった後、専制的な寡頭政治を行なったことであろう。そして、大久保の政治(強権政治・欧化政策)が明治維新の理想を隠蔽する邪悪なものとされたからであろう。決して不平士族の暴挙ではない。詳しくは、コラム欄の「大久保利通斬殺事件(『紀尾井坂の変』)の意義と明治第二維新運動」をお読みいただきたい。

さらに、谷中全生庵に赴き、山岡鐡舟の墓に参拝。

この後、同志の方々と懇談。雷鳴鳴り響く中、談論風発。小生が、歌声を披露。(モンテンルパの夜は更けて、男一匹の歌、無法松の一生など数曲)

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2008年8月 4日 (月)

千駄木庵日乗八月三日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して「政治文化情報」の原稿執筆。

今月の十一日ごろまでに書きあげなければならない原稿が多く、毎日書いています。原稿を書くには、参考文献を読まねばなりません。色々と勉強になりますが、まだまだ知らなかったことや、もっと調べなければならないこと多いので大変です。

今、沖縄の事を書いているのですが、柳田國男・折口信夫両氏の論文は本当に勉強になります。まさに碩学であります。沖縄は、日本の傳統信仰の原始の形が今も生きているところであります。中世以降、支那との関わりがあったり、近代になって日本国に組み入れられたということになっていますが、太古以来沖縄は日本であります。支那の支配下に入ったことはありません。

支那は、台湾ばかりでなく、沖縄も支配下に置こうとしていると見るべきです。これは何としても阻止しなければなりません。日米同盟があっても、竹島問題を見ても明らかなように、アメリカを頼りにしてはなりません。実際に頼りにはならないのです。やはり、自分の國は自分で守るという当たり前の姿勢を確立しなければなりません。

しかるに、防衛大臣が歴史問題で支那に迎合するような発言をしても恬として恥じず、色々屁理屈を言っているのは、何とも困ったことです。

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2008年8月 3日 (日)

千駄木庵日乗八月二日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して、資料の整理、原稿執筆。

           ○

福田内閣が改造されました。別にどうということはないというのが率直な感想です。それより、民主党が池田創価学会批判をこれからも続けるのかどうかが、私の関心事であります。石井一氏は熱心のようです。小沢の意向なのでしょう。菅直人はどうか。

最近「聖教新聞」に民主党批判が載らなくなりました。学会の言う「人物本位」というのは。創価学会に協力する人を応援するということです。民主党の中にも学会票が欲しい人はたくさんいますから、学会が秋波を送れば、学会批判も尻すぼみになるでしょう。

小沢一郎は、政権奪取のためなら何でもありという人です。池田大作も、政権与党の地位を保つためならなんでもありという人です。また手を結ぶ可能性が高いと思います。しかし、そんなことを繰り返していたら、マインドコントロール下にある学会員はともかく、国民世論が許さないでしょう。

池田大作、小沢一郎、この二人は、私はあまり好きではありません。何か日本人離れした体質の人だと思います。憎悪の激しさ、執念深さ、自己中心主義は並外れています。この二人が日本の政治に大きな影響力を持っていることは実に不幸なことだと思っています。自民・民主の良識派よ、立ち上がれと言いたいのであります。

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2008年8月 2日 (土)

千駄木庵日乗八月一日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後から在宅して原稿執筆、完成、送付。

その後、書状執筆。

          ○

今月の「正論」誌はなかなか面白いというか興味深い記事が掲載されている。

その一つは、石破茂氏と潮匡人の対談である。まだ精読していないが、私に言わせれば、日本国防衛の最高責任者である防衛大臣が、共産支那の新聞で、歴史問題について色々と論じること自体極めて軽率である。これは確実に国益を損なう行為である。防衛大臣はその職務を遺漏なく忠実にたすことが第一であって、所管ではない事柄について、まして靖国神社・東京裁判・慰安婦などの歴史問題について、外国とりわけ歴史問題で摩擦が起っている共産支那の新聞で所感を述べるべきではなかった。外務大臣ですらしてはならないことである。

もっとも安倍晋三前総理を目の前で罵っている姿を見た時から、石破氏は少しおかしいと思っていたが、今回のことは本当にがっかりした。石破氏は防衛大臣を続投しなかったことは良かったと思う。

新田均氏の「君と臣の分限について」という論文もこれからゆっくり読み勉強したいたいと思う。冒頭で、皇室典範問題で意見を異にしていた田中卓氏の論を肯定的に紹介していることに好感を持った。

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2008年8月 1日 (金)

千駄木庵日乗七月三十一日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、衆議院議員会館の同志議員事務所訪問。

夕刻、知人と懇談。

帰宅後は、資料の整理など。

        ○

小沢一郎氏は、「政権交代こそが議会制民主主義の定着だ」と主張し、「僕の主張はある意味で革命である。明治維新をもう一度やろうということ」「世の中を根っこから変える」と言っている。(「朝日新聞」六月二十二日号)

大変勇ましい発言なのだが、一体、小沢一郎氏の目指す「革命後の日本」「根っこから変わった日本」とはどういう日本なのか。私にはさっぱり分らない。と言うよりも、小沢氏はそれを分かりやすく明快に語っていない。ただ、「政治を変える」「政権交代」と言うだけだ。これでは駄目だ。自分を追い出した自民党政治を打倒することだけが目的のように思えてならない。自民党が憎いというだけのことなのではないか。

現代日本に変革が必要なのは当然である。それは、戦勝国支配体制の完全打倒である。それこそが明治維新をもう一度やろうということだ。小沢氏は、「現行憲法三原理」を墨守する思想の持ち主である。これでは真の変革にはならない。

しかも、自民党政治がそれほど悪いというのなら、何故自民党と連立を組もうとするのか。実際、自由党の時は連立を組んだ。その時自民党の総裁は小渕恵三氏だった。小沢氏が自民党を脱党したのは、小渕氏が旧田中派を継承し、小沢氏が排除されたからであった。しかるにその小渕氏と手を組んだのである。小沢氏はブレないなどというのは大嘘である。最初からブレっぱなしの政治家である。

今、池田創価学会を批判しているが、最初に創価学会を政権内部に引き込んだのは小沢氏である。矢野問題などで学会に脅しをかけ、学会を取り込む可能性もある。学会も政権与党内にいるのが至上命題だから、小沢の軍門に下る可能性は高い。

「失われた十五年」と言われる。近十五年の政治と経済の混迷は責任の多くは小沢一郎氏にある。小沢氏は明治維新を語る資格はない。それどころか小沢一郎氏は、応仁の乱をもう一回やりつつあると言っていい。

ともかく、小沢一郎氏が「革命」「明治維新をもう一回やる」と言うことの中身をもっと明確に吾々の前に示してもらいたい。

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