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2008年7月 8日 (火)

千駄木庵日乗七月七日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して「政治文化情報」の原稿執筆。

           ○

渡辺はま子という歌手がおられた。『支那の夜』『蘇州夜曲』『愛国の花』『サンフランシスコのチャイナタウン』『ああモンテンルパの夜は更けて』というヒット曲を飛ばした大歌手である。戦前は支那大陸の戦地の慰問、戦後はフィリッピンのモンテンルパに収容されていた日本人戦犯者の釈放運動に挺身した文字通り<愛国の花>である。

ところが渡辺はま子女史の最大のヒット曲『支那の夜』はテレビなどで歌うことはできなかった。「支那という呼称は蔑称であり『中国』といわなければ国際問題になる」というのがその理由であったという。今日も放送されない。日本人の誤った観念がこの名曲を歌ったり聞いたりする機会を奪っているのだ。

 マスコミ・出版界では支那という呼称は禁句である。ところが、なぜ支那が蔑称となるのか納得のいく説明はない。というよりもできないのだ。支那が蔑称であるのなら、支那そば・東シナ海・インドシナ半島という呼称も蔑称になる。そもそも何処の国もそして国連などの国際機関も支那のことを支那(China)と呼称している。

支那とは、秦帝国(始皇帝が周および六国を滅ぼして天下を統一した王朝)の「秦(シン)」の音変化に由来し、サンスクリット語の仏典を漢訳した時から漢字では支那と書くようになった。以来、支那人自身が用いてきた言葉である。だから諸外国も支那と呼称するようになり、英語・フランス語・スペイン語・ポルトガル語などでも支那と呼んでいる。英語ではChina(チャイナ)と呼称した。

支那は歴史的名称であり、わが国も支那と呼称するようになったのである。何故にわが国民が支那を支那と呼称すると差別・蔑視になるのか。支那という呼称をわが国およびわが国民が用いたとて支那及び支那人を蔑視したことにはならない。

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