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2008年7月26日 (土)

千駄木庵日乗七月二十五日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後二時より、赤坂の日本財団ビルにて、「東京財団フォーラム・分権時代の議会改革」開催。印象に残った登壇者の発言は次の通り。

木下敏之前佐賀市長「市長は圧倒的力を持っているわけではない。議会と同等の権限。日本国憲法の地方自治に関する条項にはわけのわからない条項が多い。議会の権限は十分に活用されていない。議員の人事への介入、細かい予算執行への口出しがある。大部分の先進国は、地方自治は議院内閣制をとっている。議員が個別の利益を求める存在では良くない。しかしそういう議員を選んだ市民が一番良くない。議員は決定に責任を持ってもらいたい。」

福嶋浩彦前安孫子市長「日本の自治体は、制度としては二元制だが、実態は擬似議院内閣制。議会会派が首長候補を決める。対立候補は共産党か泡沫。改革派首長とは各党推薦の候補を破って当選した首長。政治的基盤を議会ではなく市民の支持に置く。議会と談合しない首長は『議会軽視』といわれる。二元代表制である以上、市長も議員も市民に対して責任を持つことが大切。地方の政党組織は、国会議員選挙の票集めのための組織。これからは、改革派首長プラス議会の時代にならないと地方自治は正しく機能しない。」

橋本大二郎前高知県知事「私は、議会との関係は原理主義を貫いた。問責決議や辞職勧告を受けた。議会と執行部の慣れ合いを排するべし。首長・議会の行き過ぎを市民がチェックすることが大事。地方議会の中で政策論議が生まれない。高知では、地域支援企画委員というのを作り、地域の声を収集し行政の反映させるようにしている。議員は地域の声を聞くのは自分たちの仕事だと反発した。これからの議員は自分の地域のことのみを考えるのではなく、自治体全体のことを考えなければいけない。」

石田芳弘前犬山市長「イメージとして政治はフィクション、行政はノンフィクション。政治は風、行政は大地。議員は自分の言ったことに責任を取ることなし。市長はそうはいかない。地方も議院内閣制なるといい。議員は議会活動より後援会活動の方が大事。エネルギーの大半を後援会活動に使う。選挙はプロでも政策はプロではない議員がいる。議長の選び方がたらい回しでは駄目。」

地方議員のみならず、国会議員も後援会活動に大半のエネルギーを費やしているように思える。今の時期なら一日十カ所ちかくの盆踊りに参加しなければならないようだ。気の毒なことだ。これでは、本来の政治活動はできないし、政策を勉強することもおろそかになる。こんなことだから議会は、官僚が決めたことの承認機関のようになっている。

この後、西新宿の朝日生命ギャラリーで開催中の「出口王仁三郎真如聖師芸術作品展」参観。出口氏制作の楽焼・書幅・絵画などが展示されていた。それぞれ見事なものであった。楽焼は、これまで私が見て来た楽焼は地味な色彩のものが多かったが、王仁三郎氏のものは多くの色彩が用いられ明るく美しい。

王仁三郎氏は「火と水と土と、わしの霊の力が入ってできたんや」と言ったという。王仁三郎氏の作品展を見るのは今回が初めてであった。ある同志が開催されていることを知らせてくれた。有難いことであった。この展覧会は今の大本教団の主催ではないことが気になった。

大本教団は戦前「國體転覆を謀った逆賊」として凄惨な弾圧を受けた。ところが、維新運動の指導者であった頭山満・内田良平両氏は、王仁三郎氏と深い交わりを結んでいた。なぜ大本は弾圧されたのか。このことは近代日本における大きな謎の一つである。出口王仁三郎氏が大変な人物であることは確かである。

帰途、知人と懇談。

帰宅後は、資料の整理など。

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