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2008年7月 2日 (水)

千駄木庵日乗七月一日

午前は父母のお世話。

午後からは在宅して、書状作成、諸雑務など。

        ○

何回読み直しても勉強になる本がある。新渡戸稲造氏の「武士道」という本もその一つである。

新渡戸稲造氏は、吉田松陰の「かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂」という歌を引用して、「武士道は一の無意識的なるかつ抵抗し難き力として、國民および個人を動かしてきた」(武士道)と論じている。

新渡戸稲造氏はさらに、「(注武士道」については)精々口傳により、もしくは数人の有名なる武士や學者の筆によって傳えられたる僅かの格言があるに過ぎない。むしろそれは語られず書かれざる掟、心の肉碑に録されたる立法たることが多い。不言不文であるだけ、實行によって一層強き効力が認められているのである。……道徳史上における武士道の地位は、おそらく政治史上におけるイギリス憲法の地位と同じであろう。」(『武士道』)と論じている。

 日本武士道の教義書はないが、新渡戸稲造氏の言う「心の肉碑」=日本人の魂の奥底の思いを表白する文藝である「和歌」によってもののふの心が傳えられてきた。萬葉歌は飛鳥奈良時代のもののふの道=武士道を傳えている。

 理論・理屈を好まない日本人らしい道徳律が武士道なのである。日本の傳統の根幹たる和歌も祭祀もそして武道も理論・理屈ではない。「道」であり「行い」である。そして一つの形式・「型」を大切にし「型」を學ぶことによって傳承される。學ぶとはまねぶである。理論理屈ではないがゆえに「道」(歌道・武道・茶道・華道)という。

人権重視・人命尊重が声高に叫ばれ、武道は封建道徳・軍国主義といわれて排除されて続け六十年以上を経過した今日の日本は、軍国主義時代だったといわれる戦前の日本ではとても考えられないような凶悪なる青少年犯罪が日常茶飯事になっている。これは武の精神・武士道を否定した戦後日本が如何に間違った道を歩んだかを証明している。

 武士道は、忠誠・名誉・尚武・勇気などを重んずる。武士の倫理観は、忠孝、廉恥(心が清らかで、名を惜しみ恥を知る心がつよいこと)、義勇、侠(一身を顧みずに弱い者を助けること)、自己の責務を果たすこと、といわれている。

 今日の日本に一番欠けているのが、このような武士道精神ではなかろうか。わが国はグローバルスタンダードなどと言っていたずらに外国の真似をして外国と同じになるのではなく、日本人としての倫理観に磨きをかけるべきである。わが国の伝統的倫理精神たる武士道を今に生かさなければならない。

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