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2008年7月20日 (日)

千駄木庵日乗七月十九日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、「政治文化情報」発送完了。購読者の皆様には週明けにお届けできると存じます。

夕刻、根津神社近くの居酒屋にて、ある神輿の会の会長を務めている友人と懇談。祭りは祭祀国家日本の傳統行事である。

帰宅後は、書状執筆など。

        ○

石原慎太郎氏のことはあまり批判したくはない。色々な問題で、共感できることを発言し、実行して来た人だからである。社民・共産・公明の政治家はもちろん、保守と言われる政治家の中にも国を危うくする政治家か多くいる中にあって、石原氏の存在は貴重だったし、胸のすく思いをしたことが何回かある。しかし、今回の彼の発言はあまりにもひどい。

昨日(十八日)に行われた記者会見で、石原氏はまたまた次のようなことを言った。

石原氏曰く「皇太子に森くんが同道して行ってます。23、24日に帰ってくるそうですからその間、森くんの立場でいろいろ説明申し上げてね、皇太子の判断をいただくでしょうけど。この問題についてね」

皇太子殿下に臣下が「同道する」ということ自体、不敬である。これでは皇太子殿下と森元総理が同格ということになる。「御供をする」「扈従する」と言うべきである。また、皇族にお願いする様々な行事について、正式決定する前の色々なご説明を行うことを、事前に公にするべきではない。

石原氏曰く「皇室は何のためにあるんですか? 皇室は? 国民のためにあるんでしょ? 国家のためにあるんでしょ? ね? この国を形成している人間でしょ、皇室の方々。」

皇室が国民にためにあるとか、国家のためにあるとかということを、国民・臣下の側から押し付けがましく申し上げるべきではない。そもそもこういう考え方は、人民に主権があり、君主は国民の言いなりになるべきだという西洋国家観に基づくもので、日本国憲法と同根の思想である。今ここで詳しくは論じられないが、日本國體精神とは絶対に相容れない思想である。

石原氏曰く「オリンピックも国事じゃないですか? これ。国民のみんなにみなさんが先に問うてみなさいよ。おそらく圧倒的に当然だという声が起こってくると思うね」

東京五輪開催そのものに国民の大多数は無関心である。まして、皇太子殿下に対し奉り東京五輪開催に向けての工作の「旗頭になっていただく」などということに賛成する国民はもっと少ない。第一、そういう政治的な事柄、成功するかどうか分らない事柄、他国との競争になっている事柄に、皇室に関わっていただくことは、皇室の尊厳性を侵すこととなる。

「皇太子は皇太子、天皇は天皇じゃないの。天皇陛下と言わなくちゃいけないの? 天皇は天皇でしょ、皇太子は皇太子でしょ。英語に訳したらクラウン・オブ・プリンスですよ。呼び捨てになるとは思わないね、私は」

「陛下・殿下」という尊称を使わないことを「呼び捨て」と言うのである。第一、日本の皇室の御事である。英語は関係ない。もう反論するのも馬鹿馬鹿しい。これで文章を書くことの本業とする「作家」だというのだから、お話にならない。

石原氏曰く「自分がまだかかわっている皇太子の身柄のうんぬんについてね、東宮大夫はね、しかも正式なオファーが何もない前に風聞を基にして判断をする資格もないし、何者なんだ、今の東宮大夫ってのは。何者なんだ? どこの出身なんだ。前は警察だったけどな。僭越、そういうのを僭越っていうの。役人の僭越」

何とも品性下劣な言葉遣いである。「皇太子の身柄」とは何事であるか。石原氏には、尊皇心・皇室を敬う心は、カケラもないと言っては言い過ぎであろうか。

土屋たかゆき氏は民主党の議員でありながら、これまでずっと石原氏を支持してきた人である。その人の止むにやまれぬ批判に対して、聞く耳持たぬと言った態度で罵倒していた。

先日も書いたが、敬神尊皇の心のない「国家主義」「ナショナリズム」ほど危険なものはない。それは、権力主義・覇道に陥る。石原氏は、国を誤る政治家である。

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