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2008年7月31日 (木)

千駄木庵日乗七月三十日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。このところ急に病院に付き添って行くという事態が起こらず、助かっています。

午後は、先輩同志事務所訪問。懇談。

その後、ある雑誌社訪問。数人の知人・同志も来ておられ、懇談。

帰宅後は、資料の整理など。

           ○

今日同志と話し合ったことは、神道精神・日本傳統信仰が、混迷せる現代世界において果たす役割、日本文化が世界的使命についてでした。大アジア主義、八紘爲宇、四海同胞ということの真の意義はどういうことなのか。太古からの信仰が今日においても生き続けている日本が現代の混迷を打開するいかなる役割を果たすべきなのかということです。

現代文明・文化は西洋文化・文明が主流となっている。現代文明とは、事物を科学の論理によって技術革新を行うようになった文明のことであるが、それは、産業革命以来機械技術の発達を促し、経済至上・物質的豊かさ至上の社会を作り出した。そして、現代文明は、核戦争の危機・自然破壊・人心の荒廃・経済の破綻を見ても明らかな如く、既に頂点を越えて没落の時期に差しかかっている。

自然の生命の循環と全ての生きるものの相互扶助の不思議な原理を生活の中で体験する農耕民族たる日本民族の信仰精神即ち日本神道精神が世界の神の平和を作り出すであろう。一切の自然や人に神が宿るという大らかにして健全なる信仰精神たる日本皇道精神が、世界を救い、統合し融和して調和するのである。

 

日本人は、森羅万象ことごとく神ならざるものはないと考えた。こうした精神は排他独善の精神ではない。あらゆるものから学ぶべきものは学ぶのである。だからわが国は古来外来の文化を大らかに包容摂取してきた。

人も国土も神から生まれた、神が生みたもうたと考える日本民族の信仰は、神と人間と自然とは対立し矛盾した存在ではなく、調和し、融和し、一体の存在であると考える。闘争と自然破壊に明け暮れる現代世界を救済するのには、日本神道精神が大切になると考える。 

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2008年7月30日 (水)

千駄木庵日乗七月二十九日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは、在宅して資料の整理など。

          ○

「週刊朝日」今週号に、「石原慎太郎都知事・宮中行事はほぼ欠席の愛国心」という記事が掲載されている。一覧表まで作って石原氏が宮中行事にほとんど欠席していることを報じている。「朝日の報道だから嘘だ」とも言えまい。石原氏を貶めるための記事であるかもしれない。しかし、やはりこれは問題である。

石原氏が、臣下としての為すべきことを為していないにもかかわらず、皇室に対し奉り、「皇室は何のためにあるんですか? 皇室は? 国民のためにあるんでしょ? 国家のためにあるんでしょ? ね? この国を形成している人間でしょ、皇室の方々。」などと言うことはまことに以て不敬不遜の極みである。

八年前の都知事選に立候補した石原慎太郎氏が、テレビのインタビューに答えて『君が代は含蓄のある歌だか、歌詞は良くない』と言っていたことを考え合わせると、やはり石原氏の尊皇精神は希薄であるとせざるを得ない。

石原氏は、「国旗・国歌」法制化に伴い、公立学校において、正しく国歌を斉唱し、国旗を掲揚することに積極的である。しかし石原氏自身の皇室に対する姿勢がおかしいというのは困ったことである。

私はこれでもずいぶん石原氏への批判は抑制しながら行っているつもりである。何故なら、石原氏の左翼や敵性国家への姿勢を評価してきたからである。しかし石原氏が都知事である以上、肝心要の尊皇精神が希薄なのは看過できない。

私は他者に対して「お前は、尊皇心が足りない」だとか「愛国心が足りない」などと口を極めて糾弾するということは好まない。しかし石原氏の皇室に対する節度を欠いた傲慢なる態度はやはり批判しなければならない。

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2008年7月29日 (火)

千駄木庵日乗七月二十八日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、諸雑務及び資料の整理など。

         ○

資料の整理をしていて、本年六月九日号の『神社新報』社説を読んだ。そこには、「皇太子殿下の御結婚に際しては、内閣告示によって、『結婚の儀、朝見の儀及び宮中饗宴の儀

は、國の儀式として行う』と定められた。…賢所における神事が、國の儀式としてされたものであった。もちろん、昭和三十四年四月に今上陛下がご結婚になったをりにも、それぞれ国事としておこなわれた。…皇祖より連綿と続く皇室において、敬神崇祖の念のもとに宮中祭祀がおこなわれることは、法律に基づくまでもなく至極当然のことであり、皇室の存在が公的なものであれは、祭祀も当然公的なものとなる。…社会的慣習と宗教形式がむすびつくことにまで、敢へて政教分離思想を持ち込み歴史伝統を壊さうとする戦後の混乱期を経て、皇太子殿下(今上陛下)の御結婚が、宮中祭祀の存在を公事として今一度知らしめることになったといって過言でない」と論じていた。

大切なのは、「皇祖より連綿と続く皇室において、敬神崇祖の念のもとに宮中祭祀がおこなわれることは、法律に基づくまでもなく至極当然のこと」という指摘である。戦勝国に押し付けられた『占領憲法』に何が書かれていようと、皇室祭祀・天皇の祭祀は、わが天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同体国家・日本国存立の中核行事である。それは、わが国の公事中の公事であり、国事中の国事である。成文法の規定がこれを規制したり介入することは全くできないし、させてはならない。

昭和三十四年四月十日、当時中学一年生であった私は、テレビで中継されていた宮中三殿賢所において執行された「結婚の儀」を拝した。その荘重さ、神々しさに感激したことを覚えている。そして印象に残ったのは、当時日本社会党の委員長だった浅沼稲次郎氏が、参列者の一人として賢所にかしこまって座っていたことである。

いかなる政治的立場・宗教的立場に立とうとも、敬神崇祖・尊皇愛国は、日本国民の共通の国民精神である。今日の日本の混迷を救う基礎は、敬神崇祖・尊皇愛国の精神の回復である。

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2008年7月28日 (月)

千駄木庵日乗七月二十七日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後一時半より、靖国神社境内の靖国会館にて、「二宮報徳会定例講演会」開催。小林幸子会長が挨拶した後、林文隆氏が講演し、

「中国の面積十四%の所に、全人口の四〇%が住んでいる。上海の二〇階以上の高層ビルの空き室率は五〇%台。我々の孫の世代になると、地盤沈下が進み上海で雄大な斜塔風景を見る事が出来る。

大卒者が毎年五百万人出るが、職に就けない人が多い。食堂で他人の残飯をあさる若者がいる。三千五百万人の人が海外に脱出。北京大物理化学卒業者三二人中二八人が米国へ留学。その大半が帰ってこない。落ちこぼれが帰国して、中国的コネ社会に浸る。

新技術を開発するより、ニセモノづくりの方が安くて手っ取り早いという考え。エネルギーの高騰と水不足で中国への投資は減っている。環境汚染が最も進んだ国になった。北京のペットボトルの半分は水道水。

二〇二五年くらいに中国は崩壊。北京政権は選挙で成立したものではないから、日本軍と戦った事を正統性の根拠にしている。

日本人は死者に鞭打つことをしない。中国人は死者も冒瀆する。王兆銘・陳壁君夫妻の座像を檻の中につくり、孫文の墓に向かって土下座させている。しかもその像は縛られている。人々がその座像に唾を吐きかける。海南島には東條英機元総理の侮辱する座像がある。」と語った。

帰途、知人と懇談。

帰宅後は、書状執筆など。

            ○

私が一回だけ支那大陸に行ったのは、文革が終わり天安門事件が起こる前だった。その頃はまだ高度成長期ではなかった。北京駅の食堂で食事をしていて、餃子も食べたくなり、注文するために席を立とうとしたら、壁側に立っていた支那人が、近づいて来て私の食べかけの物を食べようとした。私が食事を終えたと思ったのだろう。

あれほど経済発展したのだから、もうそういうことはないだろうと思っていたがそうではないという。つまり、経済が「発展」しようと外国からの投資がいくらあろうと、民衆の生活には基本的な変化はないということである。気の毒なことである。

共産支那は大変な格差社会である。私たちが支那の人民服を着て鄧小平も来るという北京ダックのレストランに入ろうとしたら、受付の男が「お前たちの来るところではない。帰れ」と怒鳴りつけた。私たちを支那人と思ったのだろう。私たちがパスポートを提示すると、「失礼しました。どうぞお入り下さい」と言った。水戸黄門になったような気分であった。一般市民の行く食堂に入ったら、何んと稗を食べている人がいた。

共産支那は決して人民平等の世の中ではないし、中国共産党の「人民のために服務せよ」などという標語は全くのウソである。

海南島に東條英機元総理の侮辱する座像が立てられていることに、わが国政府は厳重に抗議すべきである。

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2008年7月27日 (日)

千駄木庵日乗一月二十六日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後一時半より、池袋の豊島区生活産業プラザにて、「アジア太平洋交流学会」開催。久保田信之氏が主催者挨拶。古庄幸一氏(元海上幕僚長)が講演し、「海上自衛隊に三六年間勤務。昭和四十四年三月防大卒。その後江田島の幹部候補生学校で訓練を受ける。十七年間海上勤務。家族と一緒に転勤。長男は幼稚園三回、小学校五回、中学校三回、高校二回変わった。

海洋において日本が置かれている位置を知らねばならない。アフリカ周辺海域に海賊が増加。世界の物流は飛行機は数%。九八%は船で動く。大陸から見ると台湾は扇の要。

野中広務氏は何回説得しても、イージス艦配備は頑として受け付けなかった。駄目だと言った。安倍晋三氏は総理になると同時に、陸・海・空の自衛隊はどうなっているか、報告を求めて来た。

海上自衛隊と米第七艦隊一緒に行動していて、米第七艦隊が攻撃を受けても、海上自衛隊は何もできない。これでは同盟関係ではない。北朝鮮がミサイルを発射しても、何処に向かって行くのか分からないと、撃ち落とせない。自衛隊の武器使用が『警職法』によってしかできない。

外国の軍人との付き合いで、日本の二千年の歴史の話ができなければ相手にしてくれなくなる。東郷平八郎とネルソンの違いと何かということを知っていなければ相手にしてくれない。小学校から英語を教える必要無し。それよりも、日本の伝統文化についてよく知っている方が、国際的に通用する。日本の立場で両足を地につけて発言すべし。

日米同盟があるから何時でもアメリカが助けてくれると思うのは駄目。『日本は血を流さずに金儲けをしている』というのがアメリカの考え。台湾に中国軍の基地ができたら大変な脅威。」と語った。

夕刻、知人と懇談。

帰宅後は資料の整理。

              ○

古庄幸一氏は、昭和二一年生まれで、昭和四四年に防大卒なので、私と同学年ということになる。(ただし私は昭和二十二年の早生まれ)

いかにも海軍軍人らしい人であった。今の国防体制に対する深い憂慮の念を持っておられる様子であった。現行占領憲法の制約下にあり、さらにメディアや野党勢力の反自衛隊策謀に晒され、その上、与党の中にさえ、自衛隊に反感を持つ人がいる中で、その使命を果たさねばならない自衛隊は本当に大変である。

第三次国共合作が成立し、台湾に共産支那の軍事基地ができたらそれこそ大変である。尖閣と沖縄が危機にさらされる。そうなることを食い止めねばならないし、そうなった時の準備をしておかなければならない。今の日本の政治に出来るだろうか。

      

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2008年7月26日 (土)

千駄木庵日乗七月二十五日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後二時より、赤坂の日本財団ビルにて、「東京財団フォーラム・分権時代の議会改革」開催。印象に残った登壇者の発言は次の通り。

木下敏之前佐賀市長「市長は圧倒的力を持っているわけではない。議会と同等の権限。日本国憲法の地方自治に関する条項にはわけのわからない条項が多い。議会の権限は十分に活用されていない。議員の人事への介入、細かい予算執行への口出しがある。大部分の先進国は、地方自治は議院内閣制をとっている。議員が個別の利益を求める存在では良くない。しかしそういう議員を選んだ市民が一番良くない。議員は決定に責任を持ってもらいたい。」

福嶋浩彦前安孫子市長「日本の自治体は、制度としては二元制だが、実態は擬似議院内閣制。議会会派が首長候補を決める。対立候補は共産党か泡沫。改革派首長とは各党推薦の候補を破って当選した首長。政治的基盤を議会ではなく市民の支持に置く。議会と談合しない首長は『議会軽視』といわれる。二元代表制である以上、市長も議員も市民に対して責任を持つことが大切。地方の政党組織は、国会議員選挙の票集めのための組織。これからは、改革派首長プラス議会の時代にならないと地方自治は正しく機能しない。」

橋本大二郎前高知県知事「私は、議会との関係は原理主義を貫いた。問責決議や辞職勧告を受けた。議会と執行部の慣れ合いを排するべし。首長・議会の行き過ぎを市民がチェックすることが大事。地方議会の中で政策論議が生まれない。高知では、地域支援企画委員というのを作り、地域の声を収集し行政の反映させるようにしている。議員は地域の声を聞くのは自分たちの仕事だと反発した。これからの議員は自分の地域のことのみを考えるのではなく、自治体全体のことを考えなければいけない。」

石田芳弘前犬山市長「イメージとして政治はフィクション、行政はノンフィクション。政治は風、行政は大地。議員は自分の言ったことに責任を取ることなし。市長はそうはいかない。地方も議院内閣制なるといい。議員は議会活動より後援会活動の方が大事。エネルギーの大半を後援会活動に使う。選挙はプロでも政策はプロではない議員がいる。議長の選び方がたらい回しでは駄目。」

地方議員のみならず、国会議員も後援会活動に大半のエネルギーを費やしているように思える。今の時期なら一日十カ所ちかくの盆踊りに参加しなければならないようだ。気の毒なことだ。これでは、本来の政治活動はできないし、政策を勉強することもおろそかになる。こんなことだから議会は、官僚が決めたことの承認機関のようになっている。

この後、西新宿の朝日生命ギャラリーで開催中の「出口王仁三郎真如聖師芸術作品展」参観。出口氏制作の楽焼・書幅・絵画などが展示されていた。それぞれ見事なものであった。楽焼は、これまで私が見て来た楽焼は地味な色彩のものが多かったが、王仁三郎氏のものは多くの色彩が用いられ明るく美しい。

王仁三郎氏は「火と水と土と、わしの霊の力が入ってできたんや」と言ったという。王仁三郎氏の作品展を見るのは今回が初めてであった。ある同志が開催されていることを知らせてくれた。有難いことであった。この展覧会は今の大本教団の主催ではないことが気になった。

大本教団は戦前「國體転覆を謀った逆賊」として凄惨な弾圧を受けた。ところが、維新運動の指導者であった頭山満・内田良平両氏は、王仁三郎氏と深い交わりを結んでいた。なぜ大本は弾圧されたのか。このことは近代日本における大きな謎の一つである。出口王仁三郎氏が大変な人物であることは確かである。

帰途、知人と懇談。

帰宅後は、資料の整理など。

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2008年7月25日 (金)

千駄木庵日乗七月二十四日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して、諸雑務及びたまりにたまった資料の整理。

           ○

何時もある方から台湾情勢に関するメールを送っていただいている。今日送られてきたメールには次のようなことが書かれていた。

「台湾人が団結するには指導者が必要である。台湾人は団結力がなく自説を曲げることをしないから独立建国が出来ない。リーダーが必要である。…ロスで数回会行われた討論会で筆者が提議したリーダーとなる条件は以下のような箇条

書きに出来る。

1.堅固な愛国意識を持つ

2.すべて国家を優先させ、党派や自己の利権を排除する

3.豊富な国際知識をもち、国際視点で判断する能力

4.道徳観念が強く、私利私欲に走らない

5.無私、無欲、虚心で、反省力があり、行動力がある

6.少なくともあと十年は国のために働ける年齢

7.頭脳明晰で説得力がある

8.統率力、指導力がある

これらの条件は台湾だけでなく、日本やアメリカでも当てはまる。」

この八つの条件を兼ね備える政治家など世界中を探しても見つからないのではないか。しかし、何とかこういう政治家に登場してもらいたいと思う。

石原慎太郎氏は、政治家になり立ての頃はずいぶん期待された。また都知事になり立ての時も期待された。首相公選制なら二十年くらい前に総理になっていたかもしれない。しかし最近の石原氏を見ていると、「無私、無欲、虚心で、反省力があり、自己の利権を排除する」という人物ではないようである。もっとも「無私・無慾」という人物がこの世に存在するのだろうか。

自民・民主の政争を見ているとつくづく日本の政治は駄目だと思う。今の政党には期待できない。ところが、維新勢力による維新決行ということも現状では不可能に近い。戦前ですら昭和維新は断行できなかった。

しかし、絶望の極に希望が生まれる。陰極は必ず陽転する。維新とは必ずしも、物理的手段で断行されるとは限らない。まず以て日本国民の精神的再生が基本である。日本再生の道は必ずや開けると信ずる。

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2008年7月24日 (木)

千駄木庵日乗七月二十三日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は『政界往来』の連載原稿執筆。

午後六時より、駒込地域文化創造館にて、『萬葉古代史研究会』開催。中臣宅守(なかとみのやかもり)と狹野茅上娘子(さののちがみのおとめ)との贈答歌を講義。

帰宅後も原稿執筆、完成、送付。

         ○

内憂外患交々来たるといった時期に、國體精神を謳歌し天皇國日本の永遠を祝福するために編纂された歌集が『萬葉集』である。保田與重郎氏は、「…最も深い日本の思想は、最もゆゝしい日に歌はれ、…萬葉集の如き古典が、その日を背景として生まれた。これは十分に治國の大御代の精神を教へ、國難に処する志を示すものである」と論じてゐる。

 今日の日本も「ゆゝしい日」である。今こそ「萬葉の精神」に回帰し國體精神を勃興せしめねばならい。今日の日本も、萬葉時代と同じように、朝鮮半島及び支那大陸からの外患が迫って来ている。さらに戦後六十年に及ぶ精神的・思想的侵略により國民の精神的思想的頽廃は末期的様相を呈してきている。

 わが國は敗戦後の日本喪失の精神状況から脱出して、日本民族の誇りと矜持を取り戻さねばならない。それは偏狭な排外主義的なナショナリズムと独善に陥ることでは決してない。わが國のすぐれた古典であるところの『記紀・萬葉』の精神への回帰による精神の救済を図るといふことである。神話の精神の復活によってこそわが國の再生が行はれると確信する。

 『萬葉集』は復古即革新=日本的変革の歌集である。精神的・経済的・政治的・軍事的苦悩を強いられている現代においてこそ、勤皇の精神・國體精神の回帰と復興が大事である。『萬葉集』に歌はれた國民精神への回帰によって現代の危機を乗り越えなければならない。混迷の極にある現代においてこそ『萬葉集』の精神への回帰が大切である。

深夜地震があった。東北地方は非常に強い震度だったので、これから被害が広がっていく恐れがある。被害ができるだけ少ないことを祈るのみである。

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2008年7月23日 (水)

千駄木庵日乗七月二十一日

午前は、父に付き添って病院に赴く。今日は定期的な診察と治療。

午後からは在宅して、明日の萬葉集講義の準備など。

          ○

畏友・蜷川正大氏のブログ「白雲去来」に次のようなことが書かれていた。

「九時から、日本テレビの特番、『女たちの中国ー李香蘭』を見たが、その中で李香蘭こと山口淑子が、若い頃に『支那の夜』に出演したことを、『後で、その映画を見て、何と言う恥ずかしい映画に出演した云々』とコメントしていたことに腹が立った。
 何を今更、テメエだって散々いい思いをして、絶頂にいたくせに、フザケンナと思った。私は、あるときに時代に迎合していい思いをした奴が、価値観が変わった途端に、過去を悪しざまに言うことが、我慢ならない。お前の映画を見て、戦地に行ったり、戦死した人だって居るんじゃないのか。
 こんな者が参議院にいたのだから、同じ日本人として恥ずかしいかぎりである。支那と支那人に申し訳ないと思うのならば、八十八まで生きたんだから、お前が死んでお詫びをしなさい」

全く同感である。これは理屈ではない。蜷川氏の感性と小生の感性はよく似たところがあると思っていたが、ますますそう思う。戦前さんざん戦争に協力し、日本の大陸政策に協力しながら、戦後になって、態度を一変させるなどというのは許し難い。

今頃になってそんなことを言い出すのなら、戦争が終わった直後、「私は日本人です」などと名乗らないで、支那人として、漢奸として裁かれれば良かったではないか。「戦犯」として裁かれる危険性がなくなった今頃になって「私は侵略に加担した」などというのは全く許し難い。こういう変節漢が日本を悪くしたのである。

その点、「支那の夜」を歌った渡辺はま子女史は偉かった。戦時中、支那メロディーを歌い、大陸の戦地を慰問し、日本軍将兵を励ましたことを、亡くなるまで誇りにしておられた。また戦後はモンテンルパ捕虜収容所に拘束されていた日本人「戦犯」の釈放運動に尽力された。まさに「愛国の花」であられた。

野村秋介氏、蜷川氏などとフィリピンのモンテンルパ収容所跡を訪ねたことを思い出す。死刑台のあった所で渡辺はま子さんの「ああモンテンルパの夜は更けて」を熱唱したことを昨日のことのように思い出す。

野村先生も渡辺先生もこの世を去られた。本当にさみしい限りである。渡辺先生には何度もお目にかかり色々お話を伺った。横浜生まれ、横浜育ちなので「はま子」といわれた。

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2008年7月22日 (火)

千駄木庵日乗七月二十一日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して、原稿執筆、書状執筆、諸雑務。

          ○

石原慎太郎氏が十八日の記者会見で、「皇室は何のためにあるんですか? 皇室は? 国民のためにあるんでしょ? 国家のためにあるんでしょ? ね? この国を形成している人間でしょ、皇室の方々。」という発言をした。

この発言に対して小生は、一昨日の本欄で、「こういう考え方は、人民に主権があり、君主は国民の言いなりになるべきだという西洋国家観に基づくもので、日本国憲法と同根の思想である。日本國體精神とは絶対に相容れない思想である。」と批判した。

日本を弱体化する目的で押し付けられた「現行占領憲法」の「前文」には「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、…主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。…この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」とあり、第一条に「 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とある。

この条文が、「政府権力による天皇・皇室の恣意的な政治利用」を許す原因となっているのみならず、日本國體を隠蔽し、國體破壊への導火線となっている。日本國體を正しく体得していない政治権力者は「主権者国民の総意に基づく地位にある天皇は、主権者国民の選挙による代表者として権力を行使する政治家、そして国民の中から試験で選ばれた官僚の操り人形になるのは当然」という意識を持つと考えられる。そして、天皇・皇室を政治的・恣意的に利用し奉るという不敬を侵すこととなる。石原慎太郎氏が良い例である。

ともかく、今日の政治家・官僚の質の低下、尊皇心・皇室尊重の心の低下が憂えるべき状況にあることは事実である。

「現行憲法」の第一章「天皇条項」は、伝統的な現御神・祭祀主としての天皇および日嗣の御子の御本質・日本國體の真姿を正しく表現していない。歴史的連続性・伝統性を無視した「象徴」などという地位になっている。「象徴」という地位が一体いかなるものであるのか明確ではない。だから、まことに恐れ多い事ながら、皇族の方々は政治家や官僚の非人間的にして無機質な「操り人形」のようなお立場に立たれるほかはなくなるのである。

神話時代からの悠久の歴史を有する日本國体を、西洋の契約思想や人間不信を基盤とした西洋の憲法概念に基づいて成文憲法に規定することは重大な誤りである。「主權」が、「天皇」にあるか「國民」にあるかを、論議すること自體、日本の傳統的な考え方・國體觀とはなじまない。この一点を以てしても、現行占領憲法はまさしく日本の傳統を破壊する憲法である。 

 わが国は、信仰的・祭祀的統一によって形成された国家である。そしてその祭祀主が天皇であらせられるのである。祭祀国家として約三千年の時間的連続・歴史を有してきたことが最も大切な日本国の本質であり、日本國體の尊厳性なのである。日本国は、國家の意思を最終的に決定する權力たる主権を持つ国民の意思によって形成された国家、すなわち権力国家・統治システムとしての国家ではない。   

                              

 日本国家の生成は記紀神話で伝えられている。記紀によると、国家成立の三要素たる国土・君主・国民は、伊耶那岐命・伊耶那美命二神から生まれ出た存在であり、命の源を一つにする「はらから」である。天皇と国民の関係は、支配・被支配の関係ではないのである。祭祀主たる天皇は、国民を支配し隷従させたのではなく、信仰的権威(これを御稜威という)によって統率し統一したのである。

 権力支配組織ではない日本國體を、西洋的主権論で規定することは全く誤りであり、國體の破壊である。日本國の統治大権は建國以来、天皇にあると言うことを憲法に明確に示すべきである。天皇の統治大権とは、権力や武力による支配ではなく、祭祀と一体のものであり、天皇が神聖な信仰的権威によって統率し統一することである。

天皇の御地位が「主権の存する日本国民の総意に基づく」とするのは、天皇中心の國體の歴史性・時間的連続性を無視している。「万世一系・皇統連綿」の國體を明確に憲法に示すべきであると思う。

石原氏は、現行占領憲法破棄論者である。であるならば、日本國體についての正しい認識を持ってもらいたいし、何よりも、皇室に対する慎みの心を持ってもらいたいと念願する。

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2008年7月21日 (月)

千駄木庵日乗一月二十日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後一時半より、靖国神社境内の靖国会館にて、「台湾老兵 許昭榮烈士 追思会」執行。開会の辞(呉正男氏)・黙祷・主催者挨拶(石戸谷慎吉氏)・DVD上映・「海ゆかば」斉唱・閉会の辞(沼山光洋氏)などが行われた。

この後、懇親会が開かれ、三宅教雄・林耀南・中津川ひろさと・土屋たかゆきの各氏などが挨拶した。

帰宅後は、原稿執筆。

          ○

戦後、蒋介石軍の兵士として一万五千人の台湾人が大陸で戦った。三千人が戦死した。生き残って捕虜となった人々はその後朝鮮戦争に共産軍として従軍させられ、六千人が戦死した。朝鮮戦争で生き残った人は、今度は文化大革命で二千人以上が迫害虐殺されたという。

許昭榮氏は、台湾高雄出身。日本海軍特別志願兵。戦後は、台湾独立運動に参加、国民党政権により十年の刑に処せられる。出所後渡米、台独運動を行ったため、ブラックリストに載る。カナダに移る。李登輝政権誕生後帰国。

カナダ在住の時から、大陸に残され帰国できず、様々に迫害に遭っていた台湾老兵の帰国支援を行った。そして、台湾に帰国した許昭榮氏は、台湾老兵の慰霊のために「無名戦士記念碑建立運動」「戦争と平和記念公園設立運動」を展開した。

米潜水艦による攻撃によりバシー海峡で撃沈された日本軍輸送船は約二百隻、犠牲になった日本軍兵士は二十万人に上るという。この尊くも悲しき御霊を慰霊するために台湾の猫鼻頭というバシー海峡に面した岬に「潮音寺」というお寺が建立された。しかしその後、色々な理由により「潮音寺」の存続が危ぶまれた。許昭榮氏は「潮音寺」の存続のためにも多大の貢献をされた。

昨年九月、高雄市議会は、許昭榮氏が建設運動を行った「戦争と平和記念公園」を別の形にして、台湾老兵慰霊の意義を消し去る決議をしてしまった。許昭榮氏は何回も抗議運動を行ったが、受け付けられなかった。そこで、今年の五月二十日、許昭榮氏は抗議の焼身自決を決行したのである。

今日は、多くの日本人同志及び台湾独立運動に挺身して来た在日台湾人の人々が参加した。ある台独運動家が「共産中国軍と台湾軍が合同演習をするようになると、それは台湾人のみならず日本にとって重大な危機である。」と語っていた。

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2008年7月20日 (日)

千駄木庵日乗七月十九日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、「政治文化情報」発送完了。購読者の皆様には週明けにお届けできると存じます。

夕刻、根津神社近くの居酒屋にて、ある神輿の会の会長を務めている友人と懇談。祭りは祭祀国家日本の傳統行事である。

帰宅後は、書状執筆など。

        ○

石原慎太郎氏のことはあまり批判したくはない。色々な問題で、共感できることを発言し、実行して来た人だからである。社民・共産・公明の政治家はもちろん、保守と言われる政治家の中にも国を危うくする政治家か多くいる中にあって、石原氏の存在は貴重だったし、胸のすく思いをしたことが何回かある。しかし、今回の彼の発言はあまりにもひどい。

昨日(十八日)に行われた記者会見で、石原氏はまたまた次のようなことを言った。

石原氏曰く「皇太子に森くんが同道して行ってます。23、24日に帰ってくるそうですからその間、森くんの立場でいろいろ説明申し上げてね、皇太子の判断をいただくでしょうけど。この問題についてね」

皇太子殿下に臣下が「同道する」ということ自体、不敬である。これでは皇太子殿下と森元総理が同格ということになる。「御供をする」「扈従する」と言うべきである。また、皇族にお願いする様々な行事について、正式決定する前の色々なご説明を行うことを、事前に公にするべきではない。

石原氏曰く「皇室は何のためにあるんですか? 皇室は? 国民のためにあるんでしょ? 国家のためにあるんでしょ? ね? この国を形成している人間でしょ、皇室の方々。」

皇室が国民にためにあるとか、国家のためにあるとかということを、国民・臣下の側から押し付けがましく申し上げるべきではない。そもそもこういう考え方は、人民に主権があり、君主は国民の言いなりになるべきだという西洋国家観に基づくもので、日本国憲法と同根の思想である。今ここで詳しくは論じられないが、日本國體精神とは絶対に相容れない思想である。

石原氏曰く「オリンピックも国事じゃないですか? これ。国民のみんなにみなさんが先に問うてみなさいよ。おそらく圧倒的に当然だという声が起こってくると思うね」

東京五輪開催そのものに国民の大多数は無関心である。まして、皇太子殿下に対し奉り東京五輪開催に向けての工作の「旗頭になっていただく」などということに賛成する国民はもっと少ない。第一、そういう政治的な事柄、成功するかどうか分らない事柄、他国との競争になっている事柄に、皇室に関わっていただくことは、皇室の尊厳性を侵すこととなる。

「皇太子は皇太子、天皇は天皇じゃないの。天皇陛下と言わなくちゃいけないの? 天皇は天皇でしょ、皇太子は皇太子でしょ。英語に訳したらクラウン・オブ・プリンスですよ。呼び捨てになるとは思わないね、私は」

「陛下・殿下」という尊称を使わないことを「呼び捨て」と言うのである。第一、日本の皇室の御事である。英語は関係ない。もう反論するのも馬鹿馬鹿しい。これで文章を書くことの本業とする「作家」だというのだから、お話にならない。

石原氏曰く「自分がまだかかわっている皇太子の身柄のうんぬんについてね、東宮大夫はね、しかも正式なオファーが何もない前に風聞を基にして判断をする資格もないし、何者なんだ、今の東宮大夫ってのは。何者なんだ? どこの出身なんだ。前は警察だったけどな。僭越、そういうのを僭越っていうの。役人の僭越」

何とも品性下劣な言葉遣いである。「皇太子の身柄」とは何事であるか。石原氏には、尊皇心・皇室を敬う心は、カケラもないと言っては言い過ぎであろうか。

土屋たかゆき氏は民主党の議員でありながら、これまでずっと石原氏を支持してきた人である。その人の止むにやまれぬ批判に対して、聞く耳持たぬと言った態度で罵倒していた。

先日も書いたが、敬神尊皇の心のない「国家主義」「ナショナリズム」ほど危険なものはない。それは、権力主義・覇道に陥る。石原氏は、国を誤る政治家である。

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2008年7月19日 (土)

千駄木庵日乗七月十八日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後一時より。有楽町電気ピルの日本外国特派員協会にて、「EISセミナー講演会」開催。榎泰邦三井物産顧問(前駐インド大使)が講演し、「京都の祇園祭はインドの神様への奉納の祭り。九世紀に疫病退散のために牛頭天王を祀ったのがその起源。牛頭天王は南インドの山の神で祇園精舎の守護神ジェンナーの種痘も彼がインドを訪問した時に発見した。インド更紗が京都祇園祭の南観音山の胴掛けとして用いられている。

日本語の五十音図の排列はサンスクリットの伝統的な音韻表の排列にそっくり倣って作られたものである。日本の吉祥天・帝釈天・金毘羅様も、もともとインドの神。

現代社会は大変な地殻変動が起っている。現在の日本ビジネスの国際展開の拠点は、中国・インド・ベトナム・湾岸国・ブラジル。

二十一世紀はアジア三国志の時代。あと八年で日本はGNP世界第二位ではなくなる。これからは世界第二位の経済大国ではないという前提で物事を考えるべし。今までは豊かな経済大国の時代だったが、これから貧しい経済大国が登場する。中国人一人当たりの国民所得が日本の十四分の一になった時、中国のGDPが日本を追い抜く。

これからはインド市場が大事。有望な投資先としてインドのパーセンテージが上がって来る。中国は落ちる。今のインドは日本の池田内閣の高度成長期と似ている。インドには無尽蔵なインフラ整備がある。昔は南インドは貧困の象徴だったが、今は経済成長を牽引している。

インド経済は内需主導。中国経済は輸出主導。中国の共産党一党支配が今のまま行くとは思えない。法の上に共産党がある。官僚が腐敗している。政治が安定していない。インドは法治体制が優れていて安定している。中国で経済活動をするには、まず共産党幹部と人間関係を作らねばならないが、インドでは弁護士を雇い訴訟対策をすればいい。

インドは識字率七〇%だが、一方でエリート教育を相当やっている。インドは頭と口の文化。日本は目と指の文化。インド人は抽象的思考に優れている。」と語った。

家から電話があり急遽帰宅。父の容態に変化があったので、訪問看護師の方と共に看護。何とか回復し今日は病院に行かずに済む。

その後、「政治文化情報」発送準備。

         ○

私はインドのことは支那のことほどには勉強していない。しかし、日本の信仰精神は、支那よりもインドの方に近いのではないかと思う。古代インドの自然神秘思想は、儒教の合理主義より日本に近いと思う。地理的に支那大陸の方が近いので、どうも支那のことを重視する傾向があるが、やはりインドを大切にしたいと思う。

戦前の日本はインドと反英興亜運動を共に戦ったが、支那とは敵対関係になってしまった。今日も、何かというと反日の姿勢を示す支那よりも、インドに親近感を持つのは致し方のないことである。

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2008年7月18日 (金)

千駄木庵日乗七月十七日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後一時半より、豊島区立千早地域文化創造館にて、「萬葉會」開催。東歌について講義。そして作品鑑賞。

帰宅後は、「政治文化情報」発送準備など。

          ○

わが國はまず自らの主体性を正しく確立しなければならないと思います。日本傳統精神を興起せしめ道義国家日本の真姿を回復すべきであります。日本は自らの精神的・軍事的・政治的・経済的力を強めねば、とても今の危機的状況に対処できないということです。

東京大空襲は、無差別に無辜の人々を大量に殺戮した大虐殺であります。亡くなった十数万の方々のご冥福を心より祈らせていただきます。わが國は、支那と違って、東京大空襲・原爆投下などのアメリカによる無辜の民の大量虐殺を對米外交に利用して、謝罪を求めたりしません。これが日本人の美徳として誇りに思うべきか否か、最近の情勢を思うと考えてしまいます。

アメリカ議会が『従軍慰安婦』問題で日本に対する非難を決議したり、北朝鮮の拉致問題の解決を無視する姿勢を示すと、益々そういう思いがつのります。台湾・韓国との領土問題も、同じ自由国家だからと言って絶対に妥協してはなりません。台湾・韓国の今日の繁栄は日本のおかげであります。何もこちらから頭を下げて仲良くして下さいなどと言う必要はありません。

最も許せないのは、日本国内に、日共・社民・朝日新聞・NHKなど過去の歴史問題について自国を責め立てることばかりして、過去および現在の支那やアメリカや朝鮮などによるわが国に対する残虐行為・侵略行為・不法行為には目をつぶっている勢力がいることです。何故、自分の国のみを「悪人」に仕立て上げなければならないのでしょうか。

こういう連中は、体に日本人の血は流れているかもしれないが、精神的には日本人ではなくなっていると思います。少なくとも私は、こういう連中を同胞・同じ国の国民とは思えません。

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2008年7月17日 (木)

千駄木庵日乗七月十六日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後時より、ある会合に出席。スピーチ。

夕刻、知人と懇談。

帰宅後は、原稿執筆・明日の萬葉集講義の準備。

         ○

今日の会合では、文字通り内憂外患交々来るといった状況について同志諸氏と語り合いました。台湾の親中政権ができ尖閣列島を狙い、北朝鮮は相変わらずの傍若無人ぶり、そして韓国は竹島不当占拠を正当化している上に日本の教育への干渉と反日攻撃を行っている。まことに以て許し難い。これに対応する日本は、弱腰・へっぴり腰。

わが國は政府も国民も「外交とは華麗に礼装した軍事である」という言葉を正しく理解しなければならない。こちらが弱く出ればつけあがる国に取り巻かれているのだ。また、アメリカだって全く頼りにならないと考えた方が良い。真の日本の自主独立を護り、領土を保全し、内政干渉を排除するには、日本が強くならなければならない。自主防衛体制の確立とは核武装であると考える。

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2008年7月16日 (水)

千駄木庵日乗七月十五日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、父の処方箋及び薬を購入しに診療所及び薬局へ。そして今夜の講演の準備。

午後六時より、横浜市関内の横浜市技能文化会館にて、「安岡教学研究會定例会」開催。国歌斉唱の後、村山實会長が挨拶。小生が「日本国とはいかなる国かー正しき国家観の確立」と題して講演。終了後懇親会。

安岡教学研究会とは、「安岡正篤先生の教学を基調に、古今東西の先師先達、名士、達人の教えを学び、ビジネス・家庭・日常生活に活学とするための勉強会」(趣意書)。村山会長は十数年来の同志である。度々この会の講師に呼んでいただいている。

今回は大変なテーマを主催者から与えられた。十代の若い参加者も多いので、いかに噛み砕いて分りやすくお話しするかが大変であった。

我々の愛する国家とは権力機構としての国家ではない。否定しても否定し切れないところの国である。海という大自然をめぐらし、緑濃き山と清らかな河とを有する国、農耕を営み、優れた文化感覚を持つ国『日本』である。

日本国は人の魂が結び合って生まれてきた生命体である。日本民族の農耕を中心とする伝統的生活のから培われた信仰(自然信仰と祖霊崇拝・自然と祖霊を神として拝む心)が根幹となって生まれてきた生命体が日本国なのである。

この麗しき国日本の本質は、地縁・血縁によって結ばれただけでなく、稲作生活から生まれた祭祀を基本とする伝統信仰によって結合している共同体である。その信仰共同体の祭り主が天皇(すめらみこと)なのである。

故に日本という国とはいかなる国であるかと問われれば、『天皇中心の信仰共同体である』と答えるのが正しいのである。我々日本人が理想とする国家とは、麗しい天皇中心の信仰共同体とこれを統治する政治機構が包含され一体となったものである。これを万邦無比の國體という」ということを誠心誠意語らせていただいた。

懇親会では、村山会長や前鎌倉市議の女傑・伊藤玲子女史などと談論風発。加藤紘一の拉致問題に関する文字通り売国的な発言、石原都知事の皇室政治利用など「保守」と言われる政治家の体たらくが話題となった。また平沼新党への期待も語られた。

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2008年7月15日 (火)

千駄木庵日乗七月十四日

早朝また父の容態に変化があり、病院へ付き添って行く。医師の診察と治療を受け帰宅。こういうことが起これば起こるほど父への思いが深まります。苦しみが少ないことを切に祈るのみです。

午後からは、在宅して原稿執筆など。

          ○

土屋たかゆき都議から次のようなメールが送られて来た。

「石原知事『宮内庁ごときが決める話ではない』五輪と宮内庁とどちらが大切なのか?以下の記事は産経新聞に記載されたものである。まず、これを読んでいただきたい。


2016年の夏季五輪開催を目指す東京都の石原慎太郎知事が皇太子さまに招致活動へのご協力を求めていることについて、宮内庁の野村一成東宮大夫は4日の定例記者会見で「招致活動の段階からかかわることは難しいと述べ、実現は困難であるとの見通しを示した。

 これに対し、石原知事は4日、訪問先の小笠原諸島・父島で記者団に『宮内庁ごときが決めるべきことではない』と反発。そのうえで『(五輪招致は)ある意味では国運のかかった問題なのだから、政府が正式に(皇太子さまに)申し込んだら別の話になると思う』と述べた。(以上産経記事)

第一に、五輪招致が『国運がかかっている』と言う認識に重大な誤認がある。今は、昭和39年ではない。平成の御世だ。札幌でも長野でも冬季五輪があり、また、大阪万博を初め多くの万博、国際競技も開かれている。今ここで、五輪をやらなければわが国の将来に影響が出るとは誰も思ってもいない。

国際競技が昔と違って年中行事となり、国民は協議会慣れしている。私が中学生の時代と環境が全く違う。それを是が非でもやらなければならないと言う積極的な理由はない。議会だって、知事がそう発想したから、『まあ、昔の五輪を懐かしんで、新しい五輪をやろう』程度の話ではないか。


立候補した以上、招致決定まで努力するのは当然だが、豊洲の土壌汚染の問題など新たな難問が出てくれば、これは話は別である。


更に、皇室を持ち出して、招致活動に『一役かかわらせる』やり方は、幾度も言うけれど『皇室の政治利用』に他ならない。


これも以前言った話だが、仮に招致できない場合、莫大な招致対策費用など政治問題化する。それは、それをすすめた議会、知事が一身に責任を負えばいい話だが、それに皇室が関わってくるとなると、皇室に累が及ぶ恐れがある。
それを『宮内庁ごときが・・・』と言った発言で知事が強行しようとするのなら、今までの知事の改革路線に賛成の立場を取って来た私であっても、断固反対をせざるを得ない。


現在、招致議連の幹事を務めているが、近々これは辞任しようと思う。また、招致特別委員会の副委員長を拝命しているが、これは任期が切れる段階で拝辞しようと思う。

宮内庁は、日本国の象徴であられる天皇家を補佐する特別の格式を持った役所である。それを『宮内庁ごとき』とはどのような了見で発言したのか、今度、議会質問で正して行きたいと思う。


二選までの知事は、改革の旗手として華々しい活躍をした。東京の空気もきれいになった。しかし、自公に抱き込まれてからの知事の言動は以前と違う。北京をあれだけ批判していたにも関わらず、北京に行き、改革の意欲は目に見えて減退している。

私がかつて尊敬していた知事は、雄雄しく、勇気があり、リーダーシップに富、ある意味、反権力であった。その知事はどこに行ったのか。これでは、豊臣秀吉の晩年と同じ。わが子可愛さに、豊臣政権を滅亡に導いてしまった。知事の言う、『都益、国益を守る』ことに私は感動した。石原知事、しっかりしていただきたい。」

            ○

同感である。石原氏は確かに変った。変革者が権力者に変化したのだ。平成十一年、最初に都知事に当選した時の清新さはどこへ行ったのか。権力者の地位に九年間もいるとこうも変わってしまうものなのか。都知事としての功績を残したいという権力者の妄執のみがやたらに目につく。

美しく言えば「都知事としての有終の美をかざる」ために、はっきりいえば、新銀行東京の失敗を糊塗するために、皇室を政治利用し、蔑ろにする姿勢は断じて許し難い。

東宮大夫は単なる官僚ではない。皇太子殿下に輔弼の臣である。宮内庁は単なる役所ではない。皇室の輔弼機関である。石原氏の傲慢な物言いは許されない。

石原氏は確かにナショナリストであろう。本人もそういっている。しかし、敬神尊皇精神の希薄なナショナリズムほど危険なものはない。それは権力主義・覇道に結びつくからである。まさに石原氏の今の姿勢は傲慢不遜な権力者そのものである。

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2008年7月14日 (月)

千駄木庵日乗七月十三日

午前は、父の容態に変化があり、病院に付き添って行く。医師の診察と治療を受け帰宅。最近こういうことが頻繁で困っています。

午後は原稿執筆。

午後六時より、銀座日航ホテルにて、「市村美就夫先生九十歳を祝う会」開催。俳優の石浜朗氏、動物学博士の吉村卓三氏が祝辞を述べ、市村氏が謝辞を述べ、小生の音頭で乾杯を行い、盛宴に移り市村氏の居合が披露された。市村美就夫氏は、日本作家クラブ理事長と日本映画俳優協会理事などを務めておられる。

帰宅後は、原稿執筆。

             ○

北朝鮮という国はまさにテロ国家である。無防備の女性を射殺しても謝罪するどころか、韓国側に謝罪を求めるなどというのだから、お話にならない。このような國はまともな國ではない。まさに国際テロ国家である。

こんな国に妥協するアメリカというのもどうかしている。また、北朝鮮に拉致され、やっと日本の戻って来た方たちをいったん北朝鮮に戻すべきだったなどと主張する加藤紘一という男もどうかしている。誘拐犯から取り戻した被害者をもう一度誘拐犯に戻すべきだと言っているのと同じである。被害者自身そしてその家族の事を考えればこんなことは口が腐っても言えないはずである。加藤紘一は厳しく批判されなければならない。

小沢一郎は、「アメリカは拉致のことなんか考えていない」と言ったが、そんなアメリカや共産支那が拒否権を持つ国連に国家の安全を任せるという考え方なのだからこれまたお話にならない。ただしいわゆる「首相公選反対論」は首肯できる。

加藤紘一も小沢一郎も日本の将来をゆだねるべき政治家ではない。ともかく北朝鮮とは一切の妥協をしてはならない。

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2008年7月13日 (日)

千駄木庵日乗一月十二日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後二時より、渋谷のフォーラムエイトにて、「日台関係研究会」開催。浅野和生平成国際大教授が司会。張茂森自由時報東京支局長が「政権発足五十日の馬英九政権」と題して講演し、「馬英九政権一期目は大人しいが、二期目から日本へ圧力をかけると予測していたが、政権発足直後、行政院長が『日本との開戦を排除しない』などと発言した。これは台湾にとって非常に不利な発言。馬英九もかつて『尖閣問題で、日本との一戦も辞さず』と発言した。

台湾はアメリカと日本に頼るしかない。民進党はアメリカを敵に回し、国民党は日本を敵に回した。中国は台湾に武力侵攻しようとしている。それなのに、日本と開戦したいなどと言ったらどうなるか。深刻な問題。十日たって、ようやく馬英九が『平和的に解決しよう』と言った。

日本外務省は『台湾は日本にとって重要なパートナー』と言った。私は有り難いと思った。台湾の政府の役人は日本人の気持ちがよく分からない。日本の事が正しく伝わっていない。馬英九政権の閣僚が強硬発言するのは対日関係がよく分かっていないからだ。

歴史的に、台湾にいる中国人が政権を握れば、中国に傾くのは当然。馬英九は、『台湾の将来は台湾人が決める』と言った。また、『私の骨は台湾に埋葬する。私は骨になっても台湾人だ』とも言った。しかるに政権を取ったら中国一辺倒。軍隊では朝礼での『蒋介石遺訓』の朗読を復活した。その遺訓には『三民主義を実践せよ、国民政府を擁護せよ』とある。国家よりも国民党優位の訓示である。中国は日台分断を願っている。台中関係は中国がテイクするばかりで、ギヴはない。」と語った。

この後、小田村四郎拓殖大学前総長の発声で乾杯を行い、懇親会が開かれた。小田村先生のお元気なお姿に接し、大変うれしく思った。

夕刻、知人と懇談。帰宅後は、書状執筆、原稿執筆。

          ○

「文藝春秋」と「WiLL」という雑誌を購入した。皇室について色々書かれている。私はまだ熟読していないが、小田村先生は「福田和也氏の論文が良い、彼を見直した」と言っておられた。西尾幹二氏の論文については、批判が多いようである。皇室に関する論文は、國體護持を願う立場であるのならば、慎みとたしなみを大切にすべきである。「自分の意に反する皇室はなくなった方がいい」などという主張はもはや國體護持の主張ではない。

また、この二つの雑誌には、矢野絢也元公明党委員長の論文と対談が掲載されている。池田氏の指令によるとされる矢野氏への迫害・脅迫の実態が詳しく述べられている。興味深い内容である。私は毎日「聖教新聞」を読んでいるが、創価学会による日蓮正宗及び造反した元幹部に対する非難攻撃は常軌を逸している。悪口雑言・罵詈讒謗の限りをつくしている。慈悲を根本とする仏教系の教団とはとても思えない。困ったことである。

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2008年7月12日 (土)

千駄木庵日乗七月十一日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は「政治文化情報」の原稿執筆・完成・送付。

午後六時より、「九段下茶龍」開催。

犬塚哲爾氏が還暦を迎えられたので、全員で祝意を表す。

犬塚氏とは、四十年来の同志。同じ生長の家出身で、昭和四十年代前半から、ほぼ同じ道を歩んでいると言っていい。犬塚氏は、尊皇敬神愛国の念篤く、これまで文字通りいろいろ苦労を重ねつつ一所懸命運動に挺身して来られた。また、大変義侠心の強い人物で、歌の文句ではないが「人のためなら喧嘩もなさる」というタイプの人物である。

そして、同志諸氏と当面する諸課題について討議・懇談。小生が、月刊誌などで行われている所謂「皇室批判」の問題について少し話させていただいた。

帰宅後は、諸雑務。

午後十時半より、МXテレビで放送された石原都知事の記者会見の模様を見る。

「皇太子殿下に五輪大会の東京招致の旗頭になっていただくことを森元首相から皇太子殿下お願いしてもらう」などという皇室の尊厳性を蔑ろにし、常軌を逸した石原氏の計画に反対を表明した宮内庁官僚(東宮太夫といわれている)を石原氏は口汚く罵った。

石原氏は、妙に興奮し、「国民の多数は賛成している」だとか「そんな官僚が国を滅ぼす」だとか言っていたが、全くそんなことはない。第一、国民の圧倒的多数は五輪大会の東京招致などに関心はない。皇太子殿下にお仕えする立場の東宮太夫が、石原氏の理不尽な要求、不敬な計画に反対するのは当然である。

石原氏はこの記者会見で、「皇太子殿下」とは全く言わなかった。「殿下」という尊称を使わなかった。まことに以て不敬千万である。そして森元総理には「森君」とか」森さん」という敬称を使った。不届き千万である。

           ○

藤田裕行氏より、次のようなメールをいただいた。

「各位殿

下記の情報提供を頂きました。 チャンネル桜や日本世論の会、正論の会などの同志です。

昨日、たまたま食事をしていたら、隣にフジテレビ報道局取材センター政治部の女性がいたので「放送された問題の番組を見れるか」尋ねてみたが、簡単にはいかなそうであった。

政治家やジャーナリストからの猛烈な問題提起などが必要なのだろう。

しかし、「そのようなニュース番組はなかった」とフジテレビジョンが回答したというのは、新たな問題を生じている。

一方で、「そのような番組が報道されたのを見て憤った人」がいる。フジテレビジョンの回答は、この我々の同志は、「妄想を見ていたと言っているからだ。

だとすれば、さらに事実を知りたくなった。 ほんとうにフジテレビは、「そのようなニュース報道」はしなかったのか?

もし、「そのようなニュース報道」をしていたとしたら、これは隠蔽工作の謗りは、まぬがれまい。

それとも、「安藤優子:洞爺湖サミットのテロ対策訓練も行われております。」という報道に、なんらかの勘違い(誤報)のようなものがあったのか?いずれにしても、真相を追及する必要があろう。

藤田裕行 拝

* 放映された模様は次の通りです。

安藤優子:洞爺湖サミットのテロ対策訓練も行われております。

映像:その放映された画面は、観た瞬間に少し違和感を感ずる画面であった。
即ち、テレビ画面の中の縁取りの掛かった画面にテロ取締り訓練の映像が流された。仮想テロ犯は日の丸の鉢巻を締め、乗用車の窓から日の丸の国旗を手にして身を乗り出し、画面の左から右方向に走り去って行くものであった。機動隊員の姿も映った。この間20秒足らずの短い時間であった。

なぜ縁取りされた画面であったのか?視聴者から抗議が出そうな場面をマスキングで隠したのか?仮にそのような場面があったとしても、フジテレビに責任の及ぶ問題ではな

いと思うが。この間、誰からのコメントも一切無かった。同じようにテレビ

スタッフもおかしいと感じ、批評のしようも無かったのではないかと思った。


安藤優子:次です。(と言って、次の話題に移行)

*7月7日午後4時5分頃に「フジテレビ視聴者センター」に電話をし、「サミットのテロ対策訓練」を報道した《スーパーニュース》の視聴依頼を行った。(TEL:03-5531-1111)


*
サミットのテロ対策訓練を報道した《スーパーニュース》を観たいと申し入れたところ、そのようなことは行っていないため出来ないとの回答であった。


*
目的を聞かれたため、放映された内容を説明し、警察に抗議するための再確認をしたい旨を伝えた。個人的な発言は出来ないといった。(当然と思う)


*
6月26日か27日のニュース番組にサミット警備に関する報道の有無の調査を依頼した。


*
暫く待たされ、「警察への抗議のためであれば教えられない。」との回答があった。その理由を質すと、そのようなニュース番組は無かったと回答が変わった。上司と相談していたものと思う。


*
6月19日と20日についても調査を依頼したら、「できません」と言われた。その理由を質しているうちに、「電話を切りますよ」と言われて電話は切られた。

以上が交信の経緯であります。

追伸:今回のフジテレビの対応には、何故このように警戒するのか理解に苦しみます。これは、フジテレビに責任の及ぶ問題ではないからであります。(捏造以外は)     」

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2008年7月11日 (金)

千駄木庵日乗七月十日

午前は父母の世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、「終戦直後の歴史を尋ねる半日ツアー」(村田春樹氏主催)に参加。十二時半、第一生命館(本社ビル)の連合国軍総司令部(GHQ)跡地見学。マッカーサー記念室(マッカーサーの執務室・応接室跡)を見る。第一生命館は昭和二十年九月から同二十七年七月まで、連合軍に接収されGHQが置かれていた。執務室の広さは十六坪。ここに吉田茂総理(当時)などが訪れ、マッカーサーと討議し、その意向を聞いた。また、この建物で、「現行占領憲法」の草案が作られ、日本に押し付けられたのである。敗戦後の屈辱の歴史を刻む館である。

村田氏の説明によると、マッカーサーは、フィリッピンの軍事総督時代に巨万の富を築いたという。五十歳で米陸軍参謀総長に就任。この時の副官がアイゼンハワーで、後にマッカーサーを罷免したトルーマンは二等兵だったという。マッカーサーはアメリカによるフィリッピンへの植民地支配・搾取の張本人であり、彼こそ犯罪者である。日米開戦直後、本間正晴指揮下の皇軍によって、フィリッピンを追われた。戦後その報復で本間雅晴中将を処刑した。

また、彼がトルーマンに罷免され帰国する時、畏れ多くも、昭和天皇のお見送りを望んだが、宮内庁が「わが国には、天皇陛下が退役将校を見送る前例はない」といって断ったという話を、故清瀬信次郎先生(東京裁判の弁護人・清瀬一郎氏の御子息)から聞いたことがある。

また、マッカーサーの執務室は、終戦前は、東部軍司令官室として使用されていた。東部軍司令官・田中静一大将は、青年将校による宮城占拠事件を解決した後、この部屋で見事な割腹自決を遂げられた。自決の際は、「観音経」と共に生長の家の「甘露の法雨」というお経もそばに置かれていたという。

この後、麻布の韓国文化院内にある「在日韓国人歴史資料館」見学。在日韓国人の我が国への渡航の事情、生活実態、反抗活動などの資料が展示されていた。韓国側の歴史観によって展示されているので、日本のしたことはすべて「悪」という考え方の展示であった。そうした展示を見ながら、村田氏などからこの展示の間違っている点についての説明があった。

この後、韓国文化院会議室で開催された「日韓文化講座」に参加。中村富江さんが「生きて帰れよ!死線を越えて、そして今」と題して講演した。中村さんは、十九歳の時、北朝鮮咸鏡北道慶興で終戦を迎え、そこから途中で父母を亡くしながらも、三十八度線を越えて、ソウルを経て、帰還した悲惨なる体験を語った。何んとも筆舌に尽くし難い苦難の連続の体験である。中村さんは「ソ連兵」とは言わず「ロスケ」と言われた。ロスケは、日本人婦女子を強姦した。強姦された日本女性は木に綱を懸けて自殺した人も多かったという。中村さんも危うく強姦されかかったという。中村さんのお話はとてもここには書くことはできない。後日、あらためて報告したいと思う。

今日の催しに参加し、ご自分もシベリアに抑留された方は、「戦争は良くない。しかし、ロシアにだけは復讐に行きたい」と漏らしておられた。

有意義な催しを企画し、主催された村田春樹氏に感謝する。

帰宅後は、原稿執筆など。

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2008年7月10日 (木)

千駄木庵日乗七月九日

午前、父の容態に変化があり、病院に付き添って行く。医師の診察・治療を受け帰宅。老齢の父が病と戦う姿を見るのは大変つらいものです。

午後からは在宅して原稿執筆など。

         ○

午後、警察庁の広報に電話をして、昨日の本欄で指摘した「警察庁が、洞爺湖サミット『テロ』対策の演習で、テロリストに想定した人物に国旗『日の丸の鉢巻きをし、国旗『日の丸』を掲げさせた』とのフジテレビの報道について、質問し抗議しようとしたら、広報の係官は、役職・姓名も名乗らず、「ご意見はご意見として承るが、回答はできない」の一点張り。「回答の出来る人に電話をつなぎなさい」といっても実行しない。しかも同じ答えをテープレコーダーみたいに十回も二十回も繰り返すのみであった。こんなことなら、電話に係官がわざわざ出る必要はない。留守番電話にしておいて、「ご意見はご意見として承りますから、どうぞお話し下さい。回答はできません」と流しておけばいいのである。

国旗日の丸を冒瀆しても恬として恥じず、国民の質問に対してもまともに答えようとしない警察庁の姿勢まことに許し難いものがある。

また、都議会自民党に電話して「2016年夏季五輪東京」招致の為に皇太子殿下に招致活動の『旗頭』として活動いただきたいと表明していた石原慎太郎東京都知事が7月1日、福田康夫首相を訪問し、政府を通じての奏請を正式に要請したことについて、都議会自民党の見解を問いただしたところ、「そういうニュースは聞いているが、都議会自民党としては見解は出していない。」との返答であった。これもまことにおかしい。都議会民主党は、反対の声明を出している。自民党も早急に態度を明らかにすべきである。

ともかく、皇室をお護りするべき立場の政府自民党そして警察に、皇室に対する尊崇の念が薄くなっていることは実に憂えるべきことである。

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2008年7月 9日 (水)

千駄木庵日乗七月八日

午前は、父に付き添って病院に赴く。今日は定期的な診察と治療。

午後は、上野公園の東京国立博物館平成館で今日から開催された「対決・巨匠たちの日本美術展」参観。

「日本美術の歴史に燦然と輝く傑作の数々は、時代を代表する絵師や仏師、陶工らが師匠や先達の作品に学び、時にはライバルとして競い合う中で生み出されてきました。優れた芸術家たちの作品を比較すると、興味深い対照の妙を見出すことができます。『國華』創刊120周年を記念して開催するこの展覧会では、『國華』誌上を飾ってきた名品・優品を、作家同士の関係性に着目し、中世から近代までの巨匠たちを2人づつ組み合わせ、「対決」させる形で紹介いたします。国宝10余件、重要文化財約40件を含む、計100余件の名品が一堂に会し、巨匠たちの作品を実際に見て比較できるのが本展の最大の魅力です。」との趣旨(案内書による)で開催された。

次のような展示が行われていた。「運慶 vs 快慶人に象る仏の性雪舟 vs 雪村画趣に秘める禅境永徳 vs 等伯墨と彩の気韻生動 長次郎 vs 光悦楽碗に競うわび数寄の美宗達 vs 光琳画想無碍・画才無尽仁清 vs 乾山彩雅陶から書画陶へ円空 vs 木喰仏縁世に満ちみつ」「大雅 vs 蕪村 詩は画の心・画は句の姿若冲 vs 蕭白画人・画狂・画仙・画魔応挙 vs 芦雪写生の静・奇想の動歌麿 vs 写楽憂き世を浮き世に化粧して鉄斎 vs 大観温故創新の双巨峰

実にボリュームがあると言うかすぐれた作品を一堂に見ることがてきた。すべて歴史に残る作品ばかりであったが、私は光琳・若冲・大観の作品が好きである。初日のためかやや空いていたので助かった。

帰宅後は原稿執筆。

           ○

畏友・藤田裕行氏から次のようなメールが送られて来た。

「警察庁が、洞爺湖サミットにおける『テロ』対策の演習を行った。その想定のテロリストは、『日の丸の鉢巻きをし、日の丸を掲げて、車両の窓から乗り出す』という姿であった。

その様子は、フジテレビに木村太郎氏、安藤優子氏のニュース番組で、先週か先々週の木か金に、ちょっと報道されたという。

『テロリスト』に対しての演習としては、各国の沿岸警備隊が参集して、相模湾であったかで、『テロ対策』の国際演習を行ったことがあるが、その際の『想定』での『テロリスト』は、髑髏マークの旗を掲げていた。これは、良いではないか。 各国の沿岸警備隊(警察)も、文句はなかろう。

しかし、日本の警察庁が、『サミット』の警備における、想定『テロリスト』に、『日の丸の鉢巻き、日の丸の旗を掲げた、想定、テロリスト』とは、警察庁はどういうつもりだ!?

このメールは、国会議員にも送信させて頂く。

私は、およそ、このような『テロ対策演習』は、異常である!!!と問題提起したい。(実は、血が逆流するかと、思ったほどである。)

これは、『 異常 』な感性だと私は素直に思う、警察庁は、いや、日本の国家のために働く、場合によっては、殉職も、国家指導者という要人警護に、自らの命を失うことも当然との立場にあるSPの方々は、直に演習に臨めるような演出なのか!?

せめて、国際演習で使われた(前述の)『髑髏マーク』の鉢巻きと旗では、不十分であったのか!!??

私は、異様なおどろおどろしい怨念のようなものすら、そこに感じたというのが、直な感想である。

  テロリスト対策の演習を、『サミット』前に、警察庁が実施することは、大いに結構。だが、なぜ、その『想定・テロリスト』が、『日の丸の鉢巻きをし、日の丸を掲げる』という演出が、必要であったのか!?なぜ国旗を『テロリスト』の『マーク』に使用しなければならないというような必然性が、あったのか!? 

私は、警察庁やその監督にある国家指導者に、このような『自虐的な行為』に、正気で取り組んだのでしょうか!?と、そう問質し、問題提起もしたいのである。」

           ○

全く正しい指摘である。テロは犯罪であり、テロリストは犯罪者であることは言うまでもない。その犯罪行為おこなうテロリストがなにゆえ、日本の国旗である「日の丸」の鉢巻きをし、「日の丸」を掲げる必要があるのか。これはわが国の国旗に対する重大な冒瀆である。北朝鮮や共産支那の警察がそうしたことをしたというのではない。わが国の警察がわが国の国旗を冒瀆したのである。絶対に許されざることである。警察庁長官・警察庁警備局長の責任は重大である。即刻罷免されるべきである。ともかく今の警察はここまで堕落しているのだ。自分の國の国旗を冒瀆することは自分の国を冒瀆することである。自分の国を冒瀆する者どもに國の治安を守る資格はない。

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2008年7月 8日 (火)

千駄木庵日乗七月七日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して「政治文化情報」の原稿執筆。

           ○

渡辺はま子という歌手がおられた。『支那の夜』『蘇州夜曲』『愛国の花』『サンフランシスコのチャイナタウン』『ああモンテンルパの夜は更けて』というヒット曲を飛ばした大歌手である。戦前は支那大陸の戦地の慰問、戦後はフィリッピンのモンテンルパに収容されていた日本人戦犯者の釈放運動に挺身した文字通り<愛国の花>である。

ところが渡辺はま子女史の最大のヒット曲『支那の夜』はテレビなどで歌うことはできなかった。「支那という呼称は蔑称であり『中国』といわなければ国際問題になる」というのがその理由であったという。今日も放送されない。日本人の誤った観念がこの名曲を歌ったり聞いたりする機会を奪っているのだ。

 マスコミ・出版界では支那という呼称は禁句である。ところが、なぜ支那が蔑称となるのか納得のいく説明はない。というよりもできないのだ。支那が蔑称であるのなら、支那そば・東シナ海・インドシナ半島という呼称も蔑称になる。そもそも何処の国もそして国連などの国際機関も支那のことを支那(China)と呼称している。

支那とは、秦帝国(始皇帝が周および六国を滅ぼして天下を統一した王朝)の「秦(シン)」の音変化に由来し、サンスクリット語の仏典を漢訳した時から漢字では支那と書くようになった。以来、支那人自身が用いてきた言葉である。だから諸外国も支那と呼称するようになり、英語・フランス語・スペイン語・ポルトガル語などでも支那と呼んでいる。英語ではChina(チャイナ)と呼称した。

支那は歴史的名称であり、わが国も支那と呼称するようになったのである。何故にわが国民が支那を支那と呼称すると差別・蔑視になるのか。支那という呼称をわが国およびわが国民が用いたとて支那及び支那人を蔑視したことにはならない。

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2008年7月 7日 (月)

千駄木庵日乗七月六日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、日本橋三越で開催中の「平野千里木彫展―極彩色の美」を参観。平野千里氏は小生の中学校の一年後輩。極彩色の木彫家である。イタリアに留学し、ローマ・アカデミア美術学卒業。彩色木彫の第一人者といわれる平野富山を父に持つ。帰国後父上の跡を継いだ。地蔵菩薩・吉祥天・七福神・熊野など楠木を使った美しい作品を見る。長くイタリアにおられたので会う機会がなかったが、近年再会した。一体百万円以上する作品ばかりなので購入することはできなかった。

帰宅後は、原稿執筆。

           ○

平野謙などによる中河与一に対する悪質なる誹謗と迫害について書いています。学者・文化人・作家・知識人などといわれる人々が人格識見ともに立派な人ばかりかというと全くそうではありません。実に以て汚らわしい人物、卑怯な人物、傲慢な人物がたくさんいます。むしろ知識や学問があるだけに、まさに知能犯的な悪事を行います。「これがまああんなに立派なことを論じている人のすることか」というようなことをします。困ったことです。

人に迷惑をかけても平気、人の不幸に無関心などというのはまだいい方で、自己の立場をまもるために他人を陥れる人もいます。そうした人物の被害に遭ったのが中河与一なのであります。

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2008年7月 6日 (日)

千駄木庵日乗七月五日

午後は、原稿執筆。

午後六時より、神田学士会館にて、「憲法懇話会」開催。高乗正臣平成国際大学教授が座長。「憲法試案作成に向けてー三潴信吾著『日本憲法要論』から学ぶ」とのテーマで、日本文化大学の村松伸治氏、松陰大学の高乗智之氏が研究発表。「憲法の地位」「憲法の任務」「憲法の権限」「立国法」「成文憲法と不文憲法」などについて論議が行われた。

「憲法とは国民精神・道徳的伝統の顕現としての立国法に基づく政務法の最高法規」「立国法は国家の成立と共にできる」「國體護持が憲法の第一の任務」「国家は自然なものでなければ国家に非ず。」「立国と建国とは異なる」「日本は古代から国民の人権は大事にされて来た」「日本には天皇が宗教の弾圧した歴史はない。ゆえに政教分離などということはあり得ない」ということが語られたことが印象に残った。

また憲法とは直接関わりはないが、ある人が、「アメリカ大統領は、プロテスタントでなければならないという伝統がある。だからカソリックのケネディは暗殺された。オバマもイスラム教徒であるとしたら、暗殺される危険が高い」ということが語られた。

帰宅後は、原稿執筆。

            ○

 アメリカ製の現行占領憲法が、諸悪の根源になっていることは、多くの人々が指摘する通りである。それは現行憲法が、日本の傳統や文化とは相容れない西洋政治思想(主權在民論・契約國家思想・權力國家思想・西洋的君主論・個人主義・物質主義)に基づいており、日本國體・日本傳統精神を隠蔽しているからである。

憲法は成文化されたもののみではなく、歴史、伝統として形成されているが成文になっていないものがある。不文憲法といわれるものである。不文法とは、國體法と言い換えても間違いではないと思う。

國體法は憲法の一番基礎を成している部分であって、「立國の基本たる法」とも、「國家の根本法の根本法」とも定義づけることができる。これに対して政體法とは、國體法の基礎の上に定められた國家の統治組織や國家活動の原則や國民の権利義務などに関する基本的な定めを総称する。

 日本國に成文憲法が必要であるならば、その成文憲法は、日本國の「國柄」に合致し、日本の傳統的な言葉で言えば日本國の「國體」を正しく表現していなければならない。つまり日本の傳統と文化と歴史に即した憲法でなければならない。

わが國は、立国の基本=不文憲法として君主國家である。これを共和制に変革することは革命によってのみできることである。成文憲法の表現・条文を戦勝國の圧力によって変えることで國體を変更し、君主制を共和制にすることなどできるものではない。君主國家が立国の基本であるわが國で、成文憲法に共和制ともとれるような表現がある場合、これを正すことが絶対に必要なのである。

日本の伝統的國家観・君主観とは絶対的に相容れない原理で成り立っている現行憲法が長く続けば続くほど、麗しい伝統的な日本の國柄が隠蔽され破壊され続けることとなる。これが現代の混迷の根本原因である。現行占領憲法は、日本を永久の弱體化しておくために戦勝國=アメリカ占領軍が日本に押しつけた憲法である。今日における日本の変革とは、現行憲法を破棄し、正しき憲法を回復することなのである。現行占領憲法は一刻も早く破棄し、日本國の建國以来の國柄へ回帰し、現代の混迷を打開しなければならない。

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2008年7月 5日 (土)

千駄木庵日乗六月四日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午前十一時半より、東京都庁第一庁舎正面玄関前にて、「皇太子殿下を『東京五輪招致』に利用する石原“変節”知事を糾弾!緊急行動」開催。西村修平・瀬戸弘幸・笹井宏次郎の各氏そして小生が演説。ビラを配布。

この後、東京都東京オリンピック招致本部企画部総務課長という長い肩書の方と面会、抗議文を手交。

帰宅後は、原稿執筆。

          ○

田中良都議会民主党幹事長は、昨日次のような見解を表明した。  

 「本日、石原慎太郎知事が二〇一六年夏季五輪招致組織の名誉総裁として、皇太子ご夫妻に就任を要請する意向を明らかにしたことが報じられました。

 過去の東京、札幌、長野五輪の際、大会の名誉総裁に天皇陛下が就任された例もあり、二〇一六年東京オリンピックが決定した場合に、大会の名誉総裁にご就任いただくのは光栄なことであります。しかし、各国の立候補都市と競い合い招致活動を行う委員会に皇室の関与を求めるのは大いに疑問があるところです。このようなことは、過去に例がありません。

 しかも、自らがオリンピックのために東京都知事選挙に出馬するとして、オリンピックと出馬を関連づけて政治課題とした中で、その当事者が、『招致』委員会の名誉総裁就任を皇太子ご夫妻に要請すると発言するのは、あまりにも不謹慎と言わなければなりません。

 私たちが確認したところでは、今回の知事発言は招致委員会においても、都招致本部においても何ら具体的な論議があったわけではなく、知事の独断、『思いつき』発言であると言わざるを得ません。

 オリンピック招致に全力を挙げることに異存はありませんが、軽々に皇室を利用するかのごとき発言は厳に慎まれるよう求めるものです。」

                   

また、土屋たかゆき都議からは次のようなメールが送られて来た。

「知事は、招致に『皇室』を利用する奇策に出た。皇室は言うまでもなく宮中祭祀を司り、国民の安寧、国家の安泰を祈念するお立場にある。その延長線に外国へのご訪問があり、国内のご巡幸があるはずだ。


それを「オリンピックを誘致するため」に皇室に『お願い』するとは一体どんな了見なのかお聞きしたいものだ。


皇室は、そうした政治向き、経済向きのこととは一線を画している。従って、雅子妃殿下がご希望されていると言われる、『皇室外交』は憲法に違反し、恐れながら実現は将来共にない。


皇室は、陛下をはじめに、ひたすらに国民の福祉、国家の安泰を静かに祈るお立場にある。


外国に行って、数々問題の指摘されているオリンッピックの誘致に一役かっていただくとは、皇室のあり方を根本から誤解し、或いは、皇室を危うき立場に追い込む可能性のある逆賊行為である。」

どちらも正論である。自民党はどういう態度なのか今のところ分からない。石原氏の第一回目の都知事当選の時はあれほど敵対し、怪文書まで流したのに、今は石原氏べったりで何の批判もしない。何んともおかしな政党である。

一日、総理官邸で石原都知事が、福田総理と会談し、皇太子殿下に招致活動に協力していただけるよう政府に正式要請した席に、森元総理も同席していた。そして森総理が、皇太子殿下の公務に「同席」した際、直接、殿下にお願いするということにしたという。

皇族と臣下が「同席する」などという表現は全く不敬である。伺候すると言うべきである。また、元総理といえども、皇太子殿下に何か別のことについでに、物事をお願いすることも重大な不敬行為である。皇室軽視も甚だしい。そういうことを元総理からお願いされた皇太子殿下は拒否されることもできず、さりとて容認されることもできず、大変にお困りになるであろう。

とにかく、いまの政治家は、皇室への慎みの心、尊敬の心が希薄になっている。保守と言われる政治家にしてこの体たらくである。國の乱れの根本はこういう所にあると思う。

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2008年7月 4日 (金)

主張

石原氏の國體観について

四宮正貴

石原慎太郎氏の國體観・皇室観・歴史観については、かねてより大きな疑念を抱いていた。

小生は、本年二月二十五日の「千駄木庵日乗」に次のようなことを書いた。

「昨日、新聞雑誌などの資料を整理しつつ、八年前に録画したビデオを見ていたのですが、八年前の都知事選に立候補した石原慎太郎氏が、テレビのインタビューに答えて、『君が代は含蓄のある歌だか、歌詞は良くない』と言っていたのには驚きました。石原氏は、ナショナリストではありますが、尊皇精神は希薄であるということをあらめて認識しました。」

また、昨年二月二十二日の「千駄木庵日乗」には次のようなことを書いた。

「資料整理をしていましたら、昨年十二月二十一日の『朝日新聞』に、石原慎太郎都知事が、『二〇一〇年の夏季五輪招請組織の名誉総裁に皇太子同妃両殿下にご就任をお願いする』意向を示したという記事が載っていました。その後、このことがどうなったか知りませんが、私はそういうことをお願いすべきではないと思います。もしも万一、招請できなかったら、皇室にご迷惑がかかる事態になるのではないでしょうか。こういう先行き不透明な問題、しかも、他の国との競争をしなければならない事、まして、都知事選の争点にもなる問題に、皇室にお関わりいただくのは慎むべきであると思います。

石原氏の都知事としての実績は大いに評価しますし、彼の国防問題・外交問題などに対する姿勢は高く評価します。民主党推薦の変な人が都知事になるよりは石原氏の三選の方がよっぽど良いと思います。しかし、石原氏の皇室への姿勢はいささか問題があると思います。

私は、天皇・皇室は神聖不可侵のご存在であると思っております。政争や国際競争のただ中に皇室・皇族を巻き込むのは厳に慎むべきと思います。」

 石原氏は、本年二月六日号の『サンケイ新聞』に掲載された「日本よ」というエッセイ次のように論じた。

「天皇は本質的に宗教というよりも、宗教的しきたりも含めて日本の文化の根源的な資質を保証する祭司に他ならない。過去の歴史の中で天皇はさまざまな形で政治に組みこまれ利用もされてきた。武士台頭以前の時代には公家支配の核とされ、近代にいたり軍閥跋扈の時代には大元帥として軍事の統帥者とされ、太平洋戦争時には人間ながら現人神(あらひとがみ)にさえされてしまった。

 それらの時代を通じて天皇に関わる事柄として日本人が一貫して継承してきたものは、神道が表象する日本という風土に培われた日本人の感性に他なるまい。そして天皇がその最大最高の祭司であり保証者であったはずである。

 私がこの現代に改めて天皇、皇室に期待することは、日本人の感性の祭司としてどうか奥まっていただきたいということだ。戦後からこのかた皇室の存在感の在り方は、宮内庁の意向か何かは知らぬが、私にはいささかその本質からずれているような気がしてならない。たとえば何か災害が発生したような折、天皇が防災服を着て被災地に赴かれるなどということよりも、宮城内の拝殿に白装束でこもられ国民のために祈られることの方が、はるかに国民の心に繋がることになりはしまいか。その限りで私にとって天皇が女性であろうとなかろうと関わりないことと思われる。

 その故にも、以前にも記したが天皇陛下には是非々々とも靖国神社にお参りしていただきたい。それは『靖国』が決して政治問題などではなしに、あくまで日本の文化神髄の事柄なのだということを内外に示す決定的なよすがとなるに違いない。」

皇太子殿下に「オリンピック招致活動の『旗頭』として活動いただきたい」と表明し、政府を通じて、皇太子殿下に「要請」するなどいうことは、石原氏自身のこの主張と全く正反対の行為である。石原氏は一体何を考えているのであろうか。

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千駄木庵日乗七月三日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して原稿執筆。萬葉集評釈の原稿完成、送付。

その後、「政治文化情報」に掲載する原稿執筆の準備。テーマに関する書籍や資料を探す。

       ○

数名の同志からのメールで、石原慎太郎東京都知事を糾弾するメールをいただきました。小田内陽太氏からのメールを掲載します。

「同志の皆様

皇室の政治利用と血塗られた虐殺の祭典・北京五輪に反対するあらゆる同志に至急回覧願います。団体所属の方は組織的抗議・街宣等展開下されば幸甚です)

かねてより2016年夏季五輪東京招致の為に皇太子殿下に招致活動の「旗頭」として活動いただきたいと表明していた石原慎太郎東京都知事は7月1日、福田康夫首相を訪問し、政府を通じての奏請を正式に要請しました。

石原の行為は一自治体の首長・政治家としての目論見に国民統合の象徴である御皇室を利用し奉る不敬な行為です。またもしこの要請が実現すれば、チベット・東トルキスタン・南モンゴル等で多くの民族浄化と人権抑圧を行い、わが国に対して数々の敵対行為を重ねてきた中国共産党政権の国威発揚の祭典でしかない北京五輪への皇太子殿下行啓につながる恐れが多分にあります。皇室の尊厳と日本の長期的な国益を大きく損なう可能性(日本は五輪招致の為に世界人道への敵対者・中共に阿る為皇族まで派遣したとのイメージ定着)が大きいといわざるをえません。

心ある日本国民は、4日に行われる都知事定例記者会見に合わせて、石原都知事に大きな抗議の声をぶつけ、不敬な皇室の政治利用をやめさせましょう。

「一行抗議」(例:皇太子殿下の血塗られた虐殺の祭典北京五輪行啓につながる政治利用をただちに中止せよ!、政治家の目論見に御皇室を利用するとは何事だ、許さない!等)でかまいません。石原知事にがんがんファックスを送りましょう。また抗議の電話を掛けましょう。

<石原知事への抗議>

東京都知事秘書室

FAX03-5388-1200

東京都知事本局 第一庁舎11F北

TEL:03-5388-2101(局長席)

<担当部署への抗議>

東京都オリンピック・パラリンピック招致本部企画部総務課
第一庁舎15F北

TEL:03-5388-2219(課長席)

FAX:03-5388-1224

東京都庁(代表)

TEL:03-5321-1111                 」

展転社の藤本隆之氏からのメールを掲載します。

「かねてより2016年夏季五輪東京招致の為に皇太子殿下に招致活動の「旗頭」として活動いただきたいと表明していた石原慎太郎東京都知事は7月1日、福田康夫首相を訪問し、政府を通じての奏請を正式に要請しました。

これはご皇族(ましてや皇太子殿下)に対する「政治利用・商業利用」以外の何ものでもなく、仮に招致に失敗した場合に起るであろう、自身への批判非難の“隠れ蓑”に殿下を利用せんとするものではないでしょうか。或は「新銀行東京」の破綻など自身の失政を逸らす目的があるのかもしれません。

また、この策謀は噂された北京五輪開会式への殿下ご臨席が“ダミー”であったことを示しています。これが消えた段階で今般の策謀が出てきたことを考慮すると、五輪中に開かれるIOCの会議にご出席いただき、折角ご訪中されたのだから五輪のご観戦、ないしは閉会式へのご臨席へと道を開くものと見なければなりません。

この大掛かりな仕掛けは、知事ひとりで出来るものではありません。福田首相はじめ政府首脳、外務省、財界等が一体となって念入りに計画を練ってきたと判断すべきです。同憂同士の皆さん、斯様な企みは断固粉砕しなければなりません。そこで都知事が毎週金曜日の3~4時に定例記者会見を開いていることに鑑み、明日の昼休みに合わせて街宣及びビ

ラ配りを実行します。ご都合のつく方は、11時半に都庁正面にお集まりください。友人知人への呼びかけもお願いします。

また当日無理な方は、4日に行われる都知事定例記者会見に合わせて、石原都知事に大きな抗議の声をぶつけ、不敬な皇室の政治利用をやめさせましょう。

「一行抗議」(例:皇太子殿下の血塗られた虐殺の祭典北京五輪行啓につながる政治利用をただちに中止せよ!、政治家の目論見に御皇室を利用するとは何事だ、許さない!等)でかまいません。石原知事にがんがんファックスを送りましょう。また抗議の電話を掛けましょう。

<石原知事への抗議>

東京都知事秘書室

FAX03-5388-1200

東京都知事本局 第一庁舎11F北

TEL:03-5388-2101(局長席)

<担当部署への抗議>

東京都オリンピック・パラリンピック招致本部企画部総務課

第一庁舎15F北

TEL:03-5388-2219(課長席)

FAX:03-5388-1224

東京都庁(代表)

TEL:03-5321-1111     

同憂同士各位

7月4日(金)午前11時半都庁正面玄関集合。1時まで街宣及びビラ配布。その後、代表者により抗議文を都担当部署に手交します。

皇室の「政治利用・商業利用」に反対する会

102-0093 東京都千代田区平河町2-16-5-302

高池法律事務所気付 電話080-5086-2965(藤本)                         」

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2008年7月 3日 (木)

千駄木庵日乗七月二日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

昼、ある法律家の事務所訪問、懇談。ブラジル日本移民百周年のこと、新渡戸稲造及び武士道のこと、明治日本の偉大さと現状の日本のこと、そしていわゆる国策捜査の事などが話題になった。

午後は、三番町の山種美術館にて開催中の「日本画満開―牡丹・菖蒲・紫陽花・芥子」展を参観。

「日本画の世界では『花鳥風月』や『雪月花』のテーマのもとに、それぞれの画家が豊かな感性によって、花に自らの思いを託してきました。本展覧会では、特に春から夏の花を描いた日本画約50点を通して、その美しさと魅力が、それぞれの画家によってどのように表現されてきたかを探ります。」(案内書)というテーマの展覧会。

奥村土牛・速水御舟・福田平八郎・小林古径などが描いた花の絵を鑑賞した。同じような絵が多かったが、杉山寧と伊東万燿の絵が良かったと思う。

帰宅後は、「月刊日本」に連載している萬葉集評釈の原稿執筆。

          ○

今日は、都心部の地下鉄駅を利用したが、警備の警察官が異常なくらいに多かった。改札口・階段のそば、ホームなどに立っていた。警察官の数は相当多いと実感した。サミットに対するテロが行われる危険性が余程高いのであろうか。秋葉原での事件も影響しているのかもしれない。ともかく、治安の維持は国家存立の基本である。

私の乏しい海外旅行体験から言っても、その国がしっかりしているかどうかは、その國の治安を司る官庁がしっかりしているかどうかで分かる。共産支那・タイ・フィリピンは、警察・検察が正しく機能しているとはとても思えない。相当ひどい状況である。ある国では、現職の警察官がピストルを携帯したまま酒場で酒を飲んでいた。また、警察幹部がキャバレーを経営していた。

今日の法律家の方との懇談でも、「三権分立」のまともなあり方を近隣諸国に学んでもらう必要がある、そのために日本が協力するべきだということが話題になった。わが国は、政治権力と検察・警察との関係は緊張関係を保ちつつ正常に機能しているとの見解であった。

昨日も書いたが、凶悪なる犯罪を防止するためには、精神論で言えば、武士道精神を回復しなければならないと痛感する。ともかく、明治の日本は偉大であった。

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2008年7月 2日 (水)

千駄木庵日乗七月一日

午前は父母のお世話。

午後からは在宅して、書状作成、諸雑務など。

        ○

何回読み直しても勉強になる本がある。新渡戸稲造氏の「武士道」という本もその一つである。

新渡戸稲造氏は、吉田松陰の「かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂」という歌を引用して、「武士道は一の無意識的なるかつ抵抗し難き力として、國民および個人を動かしてきた」(武士道)と論じている。

新渡戸稲造氏はさらに、「(注武士道」については)精々口傳により、もしくは数人の有名なる武士や學者の筆によって傳えられたる僅かの格言があるに過ぎない。むしろそれは語られず書かれざる掟、心の肉碑に録されたる立法たることが多い。不言不文であるだけ、實行によって一層強き効力が認められているのである。……道徳史上における武士道の地位は、おそらく政治史上におけるイギリス憲法の地位と同じであろう。」(『武士道』)と論じている。

 日本武士道の教義書はないが、新渡戸稲造氏の言う「心の肉碑」=日本人の魂の奥底の思いを表白する文藝である「和歌」によってもののふの心が傳えられてきた。萬葉歌は飛鳥奈良時代のもののふの道=武士道を傳えている。

 理論・理屈を好まない日本人らしい道徳律が武士道なのである。日本の傳統の根幹たる和歌も祭祀もそして武道も理論・理屈ではない。「道」であり「行い」である。そして一つの形式・「型」を大切にし「型」を學ぶことによって傳承される。學ぶとはまねぶである。理論理屈ではないがゆえに「道」(歌道・武道・茶道・華道)という。

人権重視・人命尊重が声高に叫ばれ、武道は封建道徳・軍国主義といわれて排除されて続け六十年以上を経過した今日の日本は、軍国主義時代だったといわれる戦前の日本ではとても考えられないような凶悪なる青少年犯罪が日常茶飯事になっている。これは武の精神・武士道を否定した戦後日本が如何に間違った道を歩んだかを証明している。

 武士道は、忠誠・名誉・尚武・勇気などを重んずる。武士の倫理観は、忠孝、廉恥(心が清らかで、名を惜しみ恥を知る心がつよいこと)、義勇、侠(一身を顧みずに弱い者を助けること)、自己の責務を果たすこと、といわれている。

 今日の日本に一番欠けているのが、このような武士道精神ではなかろうか。わが国はグローバルスタンダードなどと言っていたずらに外国の真似をして外国と同じになるのではなく、日本人としての倫理観に磨きをかけるべきである。わが国の伝統的倫理精神たる武士道を今に生かさなければならない。

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2008年7月 1日 (火)

千駄木庵日乗六月三十日

午前は、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

衆院議員会館に同志議員訪問。懇談打ち合わせ。

長く病気と闘っていた同志議員と久しぶりに会いました。苦しいリハビリに打ち勝ち、議員活動にほとんど支障のない状態にまで回復したようです。何んとか頑張って邦家のために活躍していただきたいと祈るのみであります。

夕刻、小学校の先輩と懇談。

帰宅後は書状の執筆など。

         ○

台湾新総統の馬英九氏は、蒋経国氏を深く尊敬しており、蒋経国氏の霊前で泣きながら勝利を報告したという。そして今台湾では蒋介石・蒋経国父子に対する再評価熱が高まっているという。

蒋介石は、日本がアメリカとの戦いに敗れた結果、支那大陸での支配権を回復したが、すぐに、共産軍によって台湾に追い出されてしまった。そして、国民党政権の強圧政治に反抗した台湾人に対して凄惨なる弾圧・殺戮を行った。蒋経国も白色テロといわれる台湾人迫害を行った。台湾人とりわけ独立派の人々にとって蒋介石・経国父子は不倶戴天の仇敵である。

蒋介石の遺言は、「光復大陸国土・実践三民主義・堅族守民主陣容・復興民族文化」である。大陸を支配する共産政権を打倒し、三民主義の国家を実現し、自由民主陣営に属し、民族文化を復興せよ、というのが蒋介石の遺言である。蒋介石は、共産党との統一とか妥協などということは頭の片隅にもなかったのである。実際彼は国共合作によって二回も煮え湯を飲まされたのである。

馬英九新総統がそれほどの蒋介石・蒋経国父子を尊敬するのなら、蒋介石の遺言に背く支那共産政権との統一などということは決して考えてはならないのである。

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