« 千駄木庵日乗五月三十日 | トップページ | 千駄木庵日乗六月一日 »

2008年6月 1日 (日)

千駄木庵日乗五月三十一日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して、資料の整理・書状執筆など。

         ○

昨日に引き続きペリー来航について書いてみたい。ペリーの軍艦は、江戸湾に侵入し、大砲をぶっぱなして示威行動を行った。また、ペリーは大統領の國書のほかに、一通の書簡を白旗と共に幕府に提出した。その書簡には「……通商是非に希むに非ず。不承知に候はば干戈を以て天理に背くの罪を糺し候につき、その方も國法を立て防戦いたすべし。左候はば防戦の時に臨み必勝は我らに之有り。その方敵対なり兼ね申す可く、もしその節に至りて和睦を乞ひたくば、このたび送り置き候ところの白旗を押し立つべし」(どうしても開國通商をしてくれと希望しているのではない。承知しないなら武力に訴えるまでだ。我々は必ず勝つ。その時にはこの旗を掲げて降伏しろ、という意)とあった。これほどの恫喝外交・砲艦外交はない。これがアメリカをはじめとした「先進文明國」たる欧米のやり方なのだ。今日のアメリカのやり方も大體これと同じであると言っていいだろう。

 西郷隆盛は後に『大西郷遺訓』において、「文明とは、道の普ねく行はるゝを言へるものにして、…世人の西洋を評する所を聞くに、何をか文明と云ひ、何をか野蠻と云ふや。少しも了解するを得ず。真に文明ならば、未開の國に對しては、慈愛を本とし、懇々説諭して開明に導くべきに、然らずして残忍酷薄を事とし、己を利するは野蠻なりと云ふべし」と欧米を批判したが、アメリカの日本への恫喝はまさに西郷が指摘した通りのやり方だった。東方への進出即ちアメリカが誇りとするフロンティア精神とは東方への侵略そのものなのである。

 現にアメリカはメキシコを侵略し領土を奪った。今日のニュー・メキシコ州とカルフォルニアはもともとメキシコの領地だった。以前、ジョン・ウェイン主演の『アラモ』という映画が好評を博したが、これはアメリカのメキシコ侵略の原因となったアラモ砦の攻防戦を描いている。アメリカはアラモ砦を先にメキシコに攻めさせ、アラモ砦が全滅すると、「リメンバー・アラモ」を合い言葉にメキシコに侵攻したのだ。

先の大戦においても日本に先に真珠湾を攻撃させて、「リメンバー・パールハーバー」を合い言葉に日本に襲いかかったのと全く同じやり方である。独立國家に対してすらこういうやり方を行うのであるから、他の地域に対してはもっと暴虐な方法を用いた。アメリカはまた、「残忍酷薄を事とし、己を利する」野蠻な方法でハワイやフイリッピンを侵略した。

 さらにペリーは、安政元年(一八五四)の二度目の来航の時には、幕府に油絵を贈り物として持って来た。その油絵はアメリカのメキシコ侵略を描いた戦争画であった。これは文字通り視覚による恫喝である。    

 アメリカのやることは正義であり、それに刃向かうものに対しては容赦のない攻撃を加えるというアメリカのある意味の身勝手さは、今日ただ今に至るまで基本的には変わっていない。大東亜戦争はそうしたアメリカとの戦いであったのである。

          

 歴史は繰り返すと言うが、今日の日本も幕末当時と同じように、内憂外患交々来るといった状況になっている。支那や朝鮮から侮りを受け、國家としての自主独立性は失われている。しかも、國家防衛はアメリカに依存しているからアメリカの言いなりになるしかない。対内的には、政治家は与野党を問わず政権争い権力争いのみに狂奔し、正しき國家の進路を指し示す事ができない。偏向マスコミは相変わらずエセ平和思想と自虐史観を鼓吹してわが國の自尊と安全と独立を國の内部から脅かしている。

 こうした状況を打開するためには、明治維新の精神に回帰し、明治維新と同じように、日本的変革の原理たる「天皇中心の國體の明徴化」の理念を基本とした大変革即ち平成維新を断行しなければならないと信ずる。

|

« 千駄木庵日乗五月三十日 | トップページ | 千駄木庵日乗六月一日 »