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2008年6月15日 (日)

千駄木庵日乗六月十四日

未明、父の容態に変化があり、病院に付き添って行く。診察と治療を受け帰宅。

午前は、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後二時より、道玄坂のフォーラムエイトにて、「日台関係研究會」開催。浅野和生平成国際大学教授が「馬英九政権と日台関係」と題して講演し、「馬英九は、『両岸人民は同じ中華民族である』とし、『両岸関係は統一せず、独立せず、武力を用いず=現状維持』が馬英九政権の基本的立場としている。一九九一年の国民党の対中国基本政策に戻った。『中国が自由・民主・均富になったら統一する』と言う。ということは四年以内に統一しないということ。

また馬英九は『台湾は移民の地であり寛容の地である。私もその中に入れてもらっている。』と言った。外省人という見方で馬英九を見れば、彼は精一杯台湾色を出している。

『中国は共産党独裁だ』とは言わなくなった。六月四日の演説では中国の人権問題やチベット問題には全く触れなかった。

去年十一月の来日時には、『自分は知日派になる』と言った。南部のダムや感慨用水をつくった日本人の八田與一の慰霊祭に出席した。日本の台湾統治について『許せるが忘れない』と言った。烏来の『高砂義勇兵』の慰霊碑に公的資金を出して観光地指定をした。経済を良くするには日本との良好関係は必須条件。

尖閣諸島・魚釣島近海の日本領海内で十日に起こった、日本巡視船と台湾の遊漁船との接触事故で、わが国への強硬姿勢を主導している人物は、馬英九とは米国留学時代からの仲間。」と語った。

終了後、懇親会。

帰宅後は、諸雑務。

          ○

台湾の劉兆玄行政院長は十三日の立法院答弁で、日本との領有権をめぐる争いでは、問題解決の最終手段として「開戦の可能性を排除しない」という姿勢を示した。欧鴻錬外交部長も同じ日、日本側に拘留された遊漁船の船長が釈放されない場合、許世楷駐日代表を台湾に召還すると言明した。支那人主導の国民党政権の本性が今度の事故でいよいよ露出したということだ。

台湾の漁船が日本領海に侵入したためわが国の巡視船が追跡し、漁船はジグザグ航行で逃げようとしたが、巡視船が追いつき、船名などを確認した際、漁船が急に右側に方向転換したため、右舷船橋が我が国の巡視船左舷船首部と接触し沈没したのだ。台湾漁船が悪いに決まっている。むしろ、乗組員・乗客を救助したことに感謝されていいのである。

「開戦したいのならやってみろ」と言いたくなる。また許世楷駐日代表はすでに代表を辞職し、帰国する予定であった。送別会まで行われている。「召喚する」までもないのだ。

許世楷氏は、学生時代から台湾独立運動の活動家であり、日本に留学し、祖国へ帰ることができず、わが国で独立運動に長らく挺身して来た人である。そして日本の警察に逮捕されたこともある筋金入りの台独活動家である。また憲法学者でもある。許世楷氏は自分が支那人とは決して思っていない。馬英九政権下で働く気は毛頭ないであろう。召喚されたらそのまま辞職して、またまた台独運動・台湾共和国憲法制定に努力されるであろう。

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