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2008年5月 7日 (水)

千駄木庵日乗五月六日

未明、父の容態に変化があり、朝まで看病。

午前、父に付き添って病院に赴く。診察と治療を受け、小康を取り戻したので帰宅。

帰宅後は、原稿執筆。

            ○

福田総理は来日した胡錦濤主席と日比谷の松本楼で夕食を共にした。なぜ松本楼が選ばれたかというと、松本楼が孫文ゆかりのレストランだからとのことである。

松本楼の社長夫人の祖父である梅屋庄吉氏が孫文を援助し、武器・弾薬・飛行機など換算したら2兆円にも及ぶ私財を投じたそうである。孫文は大正4年に梅谷邸で宋慶齢とめぐりあい、梅谷庄吉夫妻の仲立ちで梅谷邸で結婚式を挙げたという。また宋慶齢が弾いたピアノが松本楼のロビーに置いてあるという。

共産支那は、日本が満州を侵略したなどと言っている。わが国にもそう思っている人は多い。しかし、孫文らが起こした辛亥革命・国民革命は「反清復明」「滅満興漢」(清朝を滅ぼし明朝を復興する。満州民族を滅ぼし漢民族を起こす。)を合言葉にして戦われたのだ。孫文は「わが国にとって満州は外国であり、革命の成功後は満州問題は日本に一任する」と公言していた。

漢民族・支那人にとって満州は北狄(北の野蛮人)であり、侵略者であり、外国だったのである。だから万里の長城という城壁を築いたのだ。満州が漢民族固有の領土でないことは明らかだ。

我が国が、満州に五族協和の独立国家を建設した事は、決して支那に対する侵略ではないのである。福田首相も胡錦濤主席もこういうことを正しく認識したうえで、松本楼で夕食を共にしたのであろうか。

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