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2008年5月24日 (土)

千駄木庵日乗五月二十三日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後、北区にある菩提寺に参詣。先祖の墓を掃苔。

午後一時より、法話。僧侶の「人としてまぬがれられない四つの苦しみを『生老病死』と言う。『苦』とは自分の思い通りにならない事を言う。現代では、ボケが加えられ、『五苦』になってゐる。坊さんがお経を忘れたらどうにもならない。カラオケはボケ防止に良い。お経をあげるのも良い。お経をあげるとその響の中に仏が出現する。『音聲説法』という。『一人では登れぬ山も仏が手を引く背中押す』という言葉がある。床の間のある家が少なくなっているが、床の間のトコとは永遠を意味する。神佛の宿るところ。」という話が印象に残った。

午後二時より、「お施餓鬼法要」執行。

いったん帰宅し、諸雑務。

午後六時半より、文京区春日の文京区民センターにて、「平成維新懇話会」開催。尾崎幸広氏が司会。

魚谷哲央「維新政党新風」初代代表が『國體護持と戦後体制打破』と題して講演し、「父が下関で漁業関係の会社を経営してゐた。その会社に所属する漁船が韓国によく拿捕された。戦後体制を打破して本来の日本の姿を回復すべきと思った。同志社大学に入り、日學同の運動に参加した。三島由紀夫氏の義擧に衝撃を受けた。主体的な政治勢力をつくらねばならないと決意した。昭和五十年代に維新懇話会を発足させた。平成の御代になり、各地に有志懇話会をつくり、それを連合させて、平成四年に『維新政党新風』を結成した。継続が第一。國體意識を明確にした政党である。思想は行動であり、体の中に蓄積されたものが行動に出てくる。念じることはいずれ達成できるというプラス思考で生きてゐる。」と語った。

帰宅後は、原稿執筆。

           ○

魚谷氏とは永い付き合いである。初志を貫徹せんとする意志と行動は凄まじいものがある。維新を目指し日本の本來の姿を開顕するために、本格的な政党を結成し選挙で議席を獲得し政権を目指さなければならないというのが魚谷氏の基本的信念である。基本的に正しい。真正保守とは維新である。現状を変革してこそ、本来の正しいものを保守することが出来るのである。

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