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2008年3月 9日 (日)

千駄木庵日乗三月八日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後二時より、渋谷道玄坂のフォーラムエイトにて、「日台関係研究會」開催。浅野和生平成国際大学教授が司会。「南京大屠殺記念館」を視察したビデオを放映。

続いて北村稔立命館大学教授が「『南京事件』の虚像と実像」と題して講演し、「ビデオを見て、『中国人はようやるなあ』と思う。南京大虐殺が嘘であるという声が日本国内であまりあがらない。政治家が行って花を捧げたりするからである。『南京大虐殺』は明らかに虚構であり、『大虐殺』を否定する資料が中国側にある。『大虐殺』が行われている真っ最中といわれる一九三八年一月十四日に、日本軍は安全区にいた市民に米を配給している。安全区以外に地域でも配給した。三十万人の市民を殺したことなどあり得ない。

占領の際に混乱があったことは事実。しかしナチのホロコーストは全く異なる。即ち計画的な市民虐殺などあり得ない。このことはいくらでも証明できる。

南京問題は事実の問題ではなく、歴史観の問題になっている。中国人にとって歴史は自己を正当化する手段。自分たちの都合の悪いことは隠す。敵にダメージを与えるためなら嘘を本当という。文革の時も冤罪ばかり。政治的に叩くためならある事ない事言い立てる。嘘をついても敵を攻撃することは正しいという考え。中国人は虚言を弄する。『愛国虚言』は正しいとされる。

そこでまずいのは、日本人が謝罪好きであるということ。外国人に対しては謝ったら駄目。突っ張ることが大事。弱みを見せたら絶対駄目。『こんなに謝っているのに許さないのはおかしい』というのは島国で平和だった日本人の感覚。河野洋平のような責任ある立場の人が謝るからおかしくなる。『三十万も虐殺したなんてどうして証明できるんだ』と言うべきなのに謝ってしまう。花輪を捧げる。

中国人は宣伝と政治力に長けている。こういう国に対しては自己主張すべし。真理の検証の立場から南京事件を考えるべし。日本軍による農村における徴発は、日本兵だけでなく都市部の住民に食糧を供給するためだった。」と語った。

この後、懇親会が行われ、中村勝範平成国際大学名誉学長が挨拶し、「日中友好を言いながらあんな記念館をつくるのは日本に對する宣戦布告と同じ。黙っていたら『大虐殺』を事実と認めることになる。戦争には混乱と虐殺は当たり前」と語った。

帰途、知人と懇談。

帰宅後は、たまった資料の整理。

            ○

確かに、中村勝範氏が言うとおり、「戦争とは混乱であり虐殺」である。混乱や虐殺のない戦争などあり得ない。極論すれば戦争とは混乱であり虐殺なのだ。また、日本は、ナチの行ったような計画的な一般市民の大量虐殺はしていない。広島・長崎への原爆投下、東京など各都市への無差別爆撃こそ、計画的な大量虐殺である。敵国の首都攻略の際の戦争行為は決して計画的な大量虐殺ではない。

支那は、自分にとっての都合の悪いことは隠し、虚構によって日本を責め立てている。しかるに、日本の反日メディア・歴史学者は日本の粗探しばかりやる。そればかりではなく、媚中政治家はわざわざ南京や盧溝橋に行って花輪を捧げたり謝罪をする。全く狂っているとしか言いようがない。まさに利敵行為であり、売国の所業である。アメリカ大統領や駐日大使が、広島・長崎そして東京で、大虐殺の犠牲者に花輪をささげたことはない。「勝てば官軍、負ければ賊軍」という言葉を想起する。

支那がいかにウソつきの国であり、自分の都合の悪いことは開き直ってまで白を切る国であるかは、毒入り餃子問題で明らかではないか。支那に対してはもっともっと強硬な姿勢を示すべきである。そうしないと日本は「中華帝国主義」の餌食になり、支那の属国になってしまう。

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