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2008年3月28日 (金)

千駄木庵日乗三月二十七日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。この頃は、父の容態が比較的安定し急遽病院に行くことが少なくなったので助かっています。しかし、まだまだ安心はできません。

午後一時半より、荻窪の教育創造研究所にて、「敷島の會」という歌会開催。参加者が自作を持ち寄り互、互いに批評し合い、楽しくも有意義なひと時を過ごしました。

帰宅後は資料・郵便物の整理など。

           ○

明治天皇は、

「鬼神も泣かするものは世の中の人のこころのまことなりけり」

「まごころを歌ひあげたる言の葉はひとたび聞けば忘れざりけり」

と詠ませられてゐる。

『古今和歌集』の「仮名序」には、「力も入れずして天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせ、男女(をとこをんな)の中をも和(やは)らげ、猛(たけ)き武士(もののふ)の心をも慰むるは歌なり。」(力を入れないで天地を動かし、目に見えない鬼神をも感動させ、男女の間をも和ませ、猛々しい武士の心をも慰めるのが歌である)と書かれてゐる。

和歌は「人のこころのまこと」を歌はねばならない。自分の本当の心・素直な心・そのままのこころ・まごころを歌はねばならない。それが「五・七・五・七・七」と形式で表白され、読んだ人・聞いた人の魂を動かすといふのが「やまとうた」の本質である。

「古今和歌集」「天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせ」といふのは決して誇張ではなく、古代・中古においては本当にそう信じられてゐたのである。

つまり歌を詠むのは、魂鎮め・鎮魂の行事である。和歌は、ふつふつと湧きあがってくる素直なる心・色々な思ひ・魂の叫びを三十一文字にして固め成して鎮める働きをする。人間のまごころを表白する抒情詩である。日本民族の人智のさかしらを超えたまごころの調べである。

自分の本当の心・素直な心・そのままのこころ・まごころを、歌ひあげる文藝が和歌である。荒廃した今日のような時代こそ、和歌に回帰することが大切であると信ずる。

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