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2008年3月21日 (金)

千駄木庵日乗三月二十日

午前は父母のお世話。午後は資料の整理。

夜は、来週の萬葉集講義の準備。

今日は、午後から菩提寺にお墓参りに行く予定でしたが、天候が悪いので延期しました。

         ○

思い出話を二つ。私宅から中学校に行く途中に大平正芳氏の大きなお屋敷がありました。小生が中学二年の頃だったと思いますが、朝の八時ごろ、登校のために大平邸の前を通りかかりますと、当時官房長官をしていた大平氏の屋敷に、自動車に乗った春日一幸氏(当時は民社党の国会対策委員長だったと思います)が入っていきました。野党の幹部議員が官房長官の私宅に来るのかと不思議に思いました。

私は昭和四十年代前半、二松学舎大学で学びましたが、ある日大学に行く途中、九段上にあったある有名な料亭に、まず岸信介氏が入っていき、その後すぐに西尾末広氏が入っていくのを目撃しました。当時は知らなかったのですが、この二人は極めて緊密な関係にあり、確か第一次安保のすぐ後、西尾後継首班という動きがあったと聞いています。

健全野党とか、二大政党制とか言われますが、民社党が大きくなっていればそういうことも可能だったかも知れません。社会党が民社党を批判して、「第二自民党」と言っていたのもまんざら嘘ではないと、その当時は思いました。岸氏も西尾氏も、憂国の士であった事は確かであります。

今も二大政党制の時代になっているのでしょうが、民主党はどうも健全野党とは言えません。旧社会党のような「何でも反対党」になり下がって、政治を混乱させているだけです。しかも、政治思想・理念に基づく「反対」ではなく、何でも反対して政府与党を窮地に陥れ、政権を奪取しようというのですからタチが悪いのであります。そもそも民主党も自民党も、理念も政治思想も国家百年の大計も持ち合わせていないのではないでしょうか。

さて、昨日も書きましたが、何かというと「正義の味方面」をして大騒ぎをする日本の「人権屋」「平和屋」共は、何故チベットにおける共産支那の暴虐に抗議しないのでしようか。「人権屋」「平和屋」どもは、共産支那の飼犬・手先・第五列なのであります。支那や北朝鮮はどんなに悪いことをしても黙っていて、祖国日本の歴史を貶めることしかしない連中は、まさに国賊・売国奴であり、アジアのと世界の真の平和を破壊する輩であります。

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