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2008年3月19日 (水)

千駄木庵日乗三月十八日

午前は父に付き添って病院へ赴く。定期的な診察及び治療です。

昼は、知人と懇談。

午後は、別の知人と春たけなわのような陽気の谷中墓地を散策。三間正弘(越後長岡藩士・維新後は憲兵本部長・石川県知事)、立浪彌右衛門(立浪部屋親方として双葉山・羽黒山・名寄岩を育てる)、福地源一郎(桜痴・明治期の新聞人・小説家・劇作家・政治家衆議院議員・歌舞伎座座主)、有馬道純(越前丸岡藩主・老中)・長谷川一夫(俳優)などのお墓を巡る。

長谷川一夫のお墓の前では、二人の老人が、花を供えお線香を焚き、「むらさき小唄」を正座して歌っていた。なんとも不思議な光景であった。「むらさき小唄」は佐藤惣之助作詞・安部武雄作曲で、東海林太郎が歌って大ヒットした。


「流す涙が お芝居ならば なんの苦労も あるまいに
濡れて燕の 鳴く声は あわれ浮名の 女形

嘘か真か 偽むらさきか 男心を 誰が知る 知るも知らぬも 人の世の 命さびしや 薄牡丹」

という歌詞である。

この曲は、昭和十年公開の長谷川一夫主演の松竹映画『雪之丞変化』の主題歌。私も大好きでよく歌う。今の歌謡曲にはこういう素晴らしい歌詞は全くない。

「平野富二君碑」(榎本武揚篆額・福地源一郎撰)、「初代花柳寿輔之碑」(吉田茂書)、「羽峯南摩先生碑銘」(徳川頼倫篆額・三島毅撰・日下部東作書)、「佐藤尚中之碑」(熾仁親王篆額・川田剛撰・日下部東作書)、「狩野芳崖翁碑」(濵尾新篆額・三島毅撰)などを仰ぐ。

三島毅は、小生の母校・二松学舎の創立者。重野安鐸・南摩羽峯と並んで明治三大漢学者と呼ばれた。宮中顧問官・東宮侍講・大審院判事を歴任。

日下部東作(号・鳴鶴)は、近代日本の書家の最高峰といわれる。青山墓地にある「大久保公神道碑」は、楷書のお手本とされている。私は、鳴鶴先生のお弟子の石橋犀水先生に書道を学んだ。

ともかく谷中墓地を散策すると色々勉強になるし、新たなる発見もある。

午後六時より、新宿の京王プラザホテルにて開催された「冒険家の集い」に出席。

帰宅後は、資料整理など。

          ○

馬英九が「ペキン五輪をボイコットするかもしれない」などと言ったが、選挙向けのリップサービス。支那の首相が、「ダライラマの策謀」と言った。これも嘘。毒入り餃子事件の時もそうだったが、支那人はどうしてこんなに平気で嘘がつけるのであろうか。ところで、その餃子事件はどうなったのか。支那はこのまま頬被り、日本もこのまま黙っているのか。

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