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2008年2月 2日 (土)

千駄木庵日乗二月一日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、民族運動の歴史と今後についてある研究者の方と懇談。

その後、『月刊・日本』に連載中の「萬葉集に歌われた日本の心」の原稿執筆。完成。送付。

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我が国は対支那問題となると及び腰になるのは何故なのだろうか。明らかに支那の衛生管理体制・防疫体制の不備から起った事件なのに、政府もメディアもそのことを厳しく糾弾しない。政府は「中

国が『風評被害だ』と反発する可能性もある。慌ててはいけない」と言い、メディアは「この問題で中国製品=危険というのは好ましいことではない」などと言っている。

もしも日本から輸出された食品が支那で同じような問題を起こしたら、大変な騒ぎになっているであろう。そして日本のメディアも支那の代弁者となって日本企業を糾弾しているであろう。

支那人が靖国神社で無法な暴力行為を行ったことも、日本のメディアは全くと言っていいほど報道しない。もしも日本人が北京天安門広場の「革命犠牲者」の「慰霊碑」とやらのそばで同じようなことをしたら大変なことになっていたであろう。

昔から支那人の衛生観念がきわめて劣悪なのである。支那国内の各地で、残留農薬などによる大規模な食品中毒が頻発していることによってそれは明らかなのだ。支那全体が「食の安全」をあまりにも軽視している。その姿勢が改まらない限り、根本的な解決にはならない。

わたしは十日間ほど支那大陸を訪問したことがあるが、支那人の衛生観念の低さを嫌というほど実感した。汚い話で恐縮だが、南京のホテルの廊下に置かれている痰壺の上には、「痰壺に糞をするな」という張り紙があった。喫茶店ではトイレの床に仕入れた食品材料が置かれていた。水洗トイレは流れないから、糞が山のようになっていた。とても跨いで用をたす気にはなれなかった。

今回の問題は、「日本と支那の文化の違いだ」などとのんきなことを言ってはいられない。わが国民の命にかかわる問題なのだ。「中国製品=危険」という警戒感を国民全体が持つことが必要であり、好ましいことなのだと思う。「本是神州清潔の民」にとって支那は正反対の国なのである。

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