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2008年2月20日 (水)

千駄木庵日乗二月十九日

午前は、父の付き添いで病院へ赴く。今日は定期的な治療です。

その後、処方箋を貰いに診療所と薬局へ行きました。

帰宅後、諸雑務。

午後六時半より、新宿花園神社にて「神道時事問題研究會」開催。片山文彦宮司が司会。宮家準慶応義塾大学名誉教授が「神仏習合」と題して講演し、「教祖のいる宗教が創唱宗教・世界宗教。生活の中から自然発生した宗教が自然宗教・民族宗教。世界宗教と民族宗教との習合は、世界中どこにもある。カソリックと土着信仰の習合がマリア信仰。

神道と道教と仏教が混ざり合うのが日本。神仏習合だけをピックアップすると、全体が見えなくなる。民間宗教は常民の生活の中に根付き生活を律している。普通名詞としての修験道は縄文時代からある。固有名詞としての修験道は平安末期に発生し室町時代に大成。八坂神社の祇園信仰は民衆の中に大きな力がある。

民衆の信仰は宗派にとらわれずに生きている。西行が『なにごとのおはしますかは知らねども……』と詠んだように、神は姿を現さない。姿を見せぬ神が姿を見せる事を権現という。自然物に潜む本源的な隠れた存在である『神』を修験者があらわし神格化したものが権現。エリアーデの言う『ヒエロファニー』。金剛蔵王権現は金峰山上の岩から現れた。熊野十二所権現は熊野本宮の大湯原の櫟の木に現れた。熊野権現の神々はインドの神々が日本に家族ぐるみでやってきたという伝承がある。精進潔斎して山の女神と一体になるという信仰がある。そのために霊山は女人禁制。

神を像に表すとその像に限定されてしまう。イスラム教は神像を拝まない。修験道は、本来姿を現さない神の姿を現し、人々を救う力を発揮せしめるという信仰。宗教の送り手は神社・寺院・教団。受け手は民衆。受け手が適宜に自分に必要なものを受け取る。そのために、送り手である神道は仏教と融合しないと生きていけないし、仏教は神道と融合しないと生きていけない。

行基も道鏡も葛城で修業した。行基は現代でいえば、池田大作のような人物。政治力と組織力があった。『吉野』『熊野』『高野』の『野』は、野合という言葉あるように神界と人界との接点。『野』が靈地になる。」と語った。

この後、質疑応答。小生が東照大権現について質問しました。

帰途、知人と懇談。

帰宅後は、木曜日に行われる「萬葉會」における講義の準備。

           ○

東照大権現とは、徳川家康のことです。徳川幕府は神道と皇室の宗教的権威を借り、模倣して、自己の権威を作り出しました。日光東照宮を造営し、家康の霊を東照大権現と称して神として祀りました。これは、伊勢の皇大神宮に皇祖天照大御神をお祭りしているのを模倣したのであります。京都の比叡山延暦寺を模倣して東の比叡山という意味の東叡山、そして寛永年間に造営したので寛永寺と称したのです。私に言わせれば、何とも不遜というか不敬であります。しかし、神代以来の皇室の神聖なる権威に、徳川幕府の皇室模倣の権威は全く太刀打ちできるものではありませんでした。

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