« 千駄木庵日乗二月二十五日 | トップページ | 千駄木庵日乗二月二十七日 »

2008年2月27日 (水)

千駄木庵日乗二月二十六日

午前、父の容態に変化があり、病院に付き添っていく。治療を受け、小康を取り戻し帰宅。時々こういうことがありますので、午前中は必ず父母の家に行って訪問看護師さんと共に父のお世話をすることにしています。齢八十九歳になろうとする父は、肉体的に衰えると、精神的にも弱くなります。出来得る限り励まして、一日でも長生きしてもらいたいと念願しております。お陰様で父は認知症の兆候はほとんどありませんので助かります。母は少し物忘れをするようになっています。しかし、昔のことは実によく覚えています。

午後は、世田谷の梅が丘に赴き、ある法律家の同志と羽根木公園の梅園を散策。今年はまだまだ寒い日が続いているせいか、梅はまだ五分咲きといったところでした。小田急沿線は、中河与一先生ご夫妻がご健在の頃は成城学園に、三潴信吾先生がご健在の頃は経堂によく行きましたが、最近は行く機会が減っておりました。

その同志の方の事務所にお邪魔して懇談。この方は、私とほとんど同年代の方です。維新運動の現状と今後について語り合いました。三島由紀夫氏が憂えていた状況がますますひどくなっているということで一致しました。三島氏は「檄文」で「われわれは戦後の日本が経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力慾、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を瀆してゆくのを、歯噛みをしながら見ていなければならなかった。」と訴えました。

今日の日本はまさにこうした状況が深刻になっています。そして経済的繁栄すら失われようとしています。何とかしなければなりません。何とかするために何を為さねばならないか、それが問題であるということでも意見が一致しました。また、かつて青嵐会に属し、憂国の発言をしていた政治家の堕落と変質も話題になりました。山拓がその典型です。山拓よりは小沢一郎の方がまだましなのではないかとさえ思います。

三島氏はまた「檄文」で「法理論的には、自衛隊は違憲であるのは明白であり、国の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釈によつてごまかされ、軍の名を用ひない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頒廃の根本原因をなして来ているのを見た。もつとも名誉を重んずべき軍が、もつとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負ひつづけて来た。自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与えられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず、その忠誠の対象も明確にされなかった。」と訴えました。このことが、防衛庁・自衛隊に不祥事が起こる根本原因であると考えます。

帰宅後は、明日の「萬葉古代史研究會」および明後日の「敷島の会」の準備。国家の危機的状況においてこそ、日本傳統精神の原点を学ぶことが大切であると信じます。「本立ちて道生ず」「復古即革新」であります。それがわが国の維新の歴史であります。

|

« 千駄木庵日乗二月二十五日 | トップページ | 千駄木庵日乗二月二十七日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/40284671

この記事へのトラックバック一覧です: 千駄木庵日乗二月二十六日:

« 千駄木庵日乗二月二十五日 | トップページ | 千駄木庵日乗二月二十七日 »