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2008年2月11日 (月)

千駄木庵日乗二月十日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して資料の整理など。

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明日は「紀元節」である。神武天皇の御名前は、神日本磐余彦火火出見尊(カムヤマトイハレヒコホホデミノミコト)と申し上げる。磐余とは現在の奈良県桜井市の天の香具山の北東麓地域の古地名である。「火」は「ホ」と読み、「日」及び「稲穂」の意である。この御名前は、「神の國大和の磐余の君主である日の神の御子で稲穂が拓さん出て来る命」というほどの意である。

つまり、神武天皇は、邇邇藝命と同じように太陽神たる天照大神の神霊と稲穂の霊の體現者なのである。そして神武天皇は、邇邇藝命が天照大神から受けた「日本國の統治」と「稲穂をたくさん地上に実らせる」という御命令を実現するために、九州より大和に来られて橿原の地に都をお開きになり、天皇に即位されたのである。これが日本國家の確立である。

『教育勅語』に示されている「皇祖皇宗」の「皇祖」とは、天照大神及び邇邇藝命の御事であり、「皇宗」とは神武天皇をはじめとした御歴代の天皇の御事である。

なお、『日本書紀』には、「辛酉年(かのとのとりのとし) の春正月(はるむつき) の庚辰(かのえたつ) の朔(ついたち)、天皇橿原宮に即帝位(あまつひつぎしろしめ)す」と記されている。『書紀』が神武天皇即位の日を正月朔日(むつきついたち)としているのは、むつき(正月)の始めにおいて、神も天地も人も新生するという上古以来の日本人の信仰の上に立っているのである。祭祀的統一によって成立した大和朝廷の最初の天皇が神武天皇である。

稲作日本の祭祀的・信仰的統一、そして祭り主・天皇を中心にした國民の精神的共同體の成立を體現する御方が神武天皇なのである。つまり、神武天皇の御東征の物語は稲作文化(弥生文化)が西(筑紫)から東(畿内)へと移って来たことを象徴しているのである。

大和朝廷による祭祀的統一によって、日本民族が狭い部族的あるいは地縁的な共同體の分立から、今日の日本國の原形である全體性を確立した。その中心にあったのが<天皇の祭祀>である。これが「祭」と「政」の一致なのである。かかる意味において、日本國は天皇を中心とした信仰共同體なのである。

わが日本は、欧米の権力国家とはその成り立ちが全く異なるのである。したがって、欧米の契約国家論・権力国家観を根底に置いた「現行占領憲法」は一刻も早く破棄して、日本國體精神に基づく正統憲法に回帰すべきである。

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