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2008年1月17日 (木)

千駄木庵日乗一月十六日

午前は、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、ある会合に出席。スピーチ。

いったん帰宅して諸雑務。

午後七時より、ホテルサンルート高田馬場にて、「一水会フォーラム」開催。元朝日新聞ハノイ支局長・井川一久氏が「ベトナム独立戦争の陰に日本人の血涙」と題して講演し、「大東亜戦争開戦直後のマレー沖海戦ではベトナムから日本軍機が出撃し、英戦艦・プリンスオブウェールズ、レバルスを撃沈した。ベトナム戦争でアメリカが使った弾薬は第二次大戦でアメリカが使った弾薬の二・八倍。

ベトナムを植民地にしてゐたフランス軍は日本軍によってやっつけられた。終戦後、北から国民党軍、南から英軍がベトナムに入って来た。ベトナム独立運動諸派が武器を持って立ち上がった。ディエンビェンフーでベトミンがフランスをやっつけて休戦。しかしアメリカが介入して南にカトリック政権をつくった。

井川少佐など日本軍人がベトナム独立戦争に参加。アメリカとの戦争でベトナム人民軍の指揮を執ったベトナム軍人は日本軍人の教育を受けた人が多い。戦後、北ベトナムに出来たクワンガイ陸軍士官学校の教官四人はすべて日本軍人。フランス軍と白兵戦をしてベトナムの部落を救った日本軍人もいた。日本軍の『歩兵操典』などの軍事教科書をフランス語に翻訳してベトミンに配った。軍の編成なども日本軍人が教えた。中越戦争も日本軍的戦法で戦った。

ベトナム人は、宗教、思考形態、顔つきなどが日本人と似ている。主食はコメとうどん。終戦の時、フランスが戻ってきた。日本軍人は『ベトナム人が戦っている。これを見殺しに出来るか』という思いでベトナムに残り戦った人が多い。ベトナムの軍高官は何らかの形で日本軍人の指導を受けている。

近代日本はアジア主義と親欧米との二つの思考の間で悩み、解決できないで、対支那・対英米との戦争に突入した。ベトナム独立戦争に加わった日本軍人は身一つでアジア解放の理念を生き抜いた。」と語った。

帰宅後は、明日の「萬葉會」における講義の準備。

         ○

井川氏の講演は本当に勉強になりました。もっともっと興味深いことが語られたのですが、書ききれません。「政治文化情報」誌で報告します。

大東亜戦争の理念であった「大東亜の解放」は、実際に実現したのであります。日本は戦いには敗れましたが、戦争目的は達したと言えます。戦争ははっきり言って殺し合いですから、行き過ぎ・やり過ぎ・間違いはあったでしょうが、わが国がアジアを一方的に侵略したなどというのは全く嘘であります。

ベトナムは、フランス・アメリカ・支那・ポルポトと戦い、負けませんでした。本当に大したものです。反支那感情も強いようです。そして日本とは友好関係にある国です。以前は日本からベトナムが学んだのですが、今日においては日本がベトナムから国家意識・不屈の闘志を学ぶべきと思います。

日本は、台湾・ベトナムなどと連携して、共産支那のアジア侵略策謀を粉砕すべきであります。

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