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2008年1月28日 (月)

千駄木庵日乗一月二十七日

午前、父が不調を訴えたため、一緒に病院に赴き治療をしていただく。今日は日曜日のため救急外来に行って治療してもらった。

しかし体調をくずし痛みを訴えている齢八十九歳になる父が廊下の椅子に座らされたままで三十分ほど待たされた。医師が一人しかいないので、先に来ていた患者の処置が終わるまで何もしてくれないである。何とも困ったことで、最近問題になっている医師不足を実体験した。

先に来ていた患者さんは老婦人で、頭にケガをし、腰を痛めたという。痛ましい姿であった。そして父が治療を受けている時に救急車で運ばれてきた老人の患者が二人もいた。とても医師一人では対応できないのではないか。

東京のど真ん中の病院でもこんな状態なのである。これからますます老人が増える。今日の医療は本当に大変な事態になっていると思う。病院の対応に抗議しようと思っても、医師や看護師も気を使ってくれるし、医師が一人しかいないという事実を見ればとてもできない。父は何とか持ち直し帰宅した。

午後は、父母の世話。諸雑務。

午後六時半より、墨田区横網の両国第一ホテルで開かれた「錣山部屋千秋楽打ち上げ」に出席。母が錣山部屋の後援会に入っているのだが、老齢と病気のため出席できず、小生が代理で出席した。親方(元寺尾関)の挨拶、後援会会長挨拶、力士の表彰などが行われた。

パーティー会場ではあまりに人が多すぎて、おいしそうなものを食べる事が出来なかったので、帰途、知人と会食懇談。

帰宅後は、書状(色々な礼状や返信)執筆。

         ○

私は子供のころから相撲が大好きでした。贔屓の力士は、鏡里・三根山・松登などアンコ型の力士でした。しかし栃錦も好きでした。初代若乃花は現役の頃はよく鏡里を上手出し投げで倒したので大嫌いでした。

私の小学生のころの相撲は今よりもずっと面白かったし、迫力があったように思います。大内山と栃錦の相撲はすごいものでした。大内山の猛烈な突っ張りをかわし首投げで栃錦が勝ちました。東北・北海道出身が強いといわれましたが、その中で江戸っ子の栃錦が横綱となったのはうれしいことでした。

また私は行司が好きで、髭の式守伊之助の大ファンでした。この伊之助さんは「栃錦・北の洋戦」で検査役(今の審判)が差し違えの判定をしたら、土俵上で三十分も検査役と喧嘩をしました。今はこういう気骨のある行司はいません。翌日の新聞に載った写真では伊之助の軍配が正しかったことが明らかになりました。子どもの相撲遊びで私が常に行司を務めたのも懐かしい思い出です。

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