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2008年1月29日 (火)

千駄木庵日乗一月二十八日

午前は父母のお世話。今日は何とか病院に行かないで済みました。

午後二時より、内幸町の日本プレスセンターにて、「マスコミ総合研究所研究會」開催。阿部穆理事長が挨拶した後、平沼赳夫衆院議員が講演し、「一昨年十二月脳梗塞で倒れた。刺客に勝って当選した十二人は後援会が強いということで参院選挙対策で自民党の方から復党要請があった。最初は無条件復党と言ってきた。私が党との窓口になったが、中川秀直幹事長が『誓約書を出せ』と言いだした。『それなら私は戻れない』と言って拒否した。しかし私以外の十一人の人は復党させた。それ以来私は無所属を貫いている。

郵政民営化法案採決の時、私の足を跨いで議場から出て行ったのが古賀誠・高村正彦両氏だった。彼らには刺客は立てられなかった。料理屋で十一人の人々の復党祝賀会を開き、私が挨拶している時に脳梗塞の発作が起きた。

日華議員懇談会にはみんなが中国に靡いている時に入った。蒋介石総統は、①天皇制を守ってくれた。②賠償請求を放棄してくれた。③大陸に出征していた同胞五百万人を日本に送り返してくれた。④わが国の分割統治に反対してくれた。この話を民進党の人にするといい顔をしない。日本人はこの事を言わなくなった。時代は変わった。以前は、台湾に行くと台北市内に入る前に、蔣総統の御墓にお参りするのが礼儀であった。

中国が一方的に妨害している台湾のWHO加盟に味方して助けなくてはならない。

私は拉致議連の会長もしている。去年十一月に訪米して、『米政府が北朝鮮をテロ指定国家から解除する方向になってきているのはおかしい』と上下院議員や政府筋と談判した。私が拉致議連会長としての原則は①多くの人命にかかわることだからスタンドプレーはしない。政府間の交渉で解決する。②関係各方面が結束して解決しようというのなら、私は地の果てまで行く。③拉致問題を選挙に利用しない。私はこの前の選挙で横田夫妻の選挙応援の申し出を丁重にお断りした。

拉致事件が解決しない限り北のテロは今も継続している。テロ指定国家解除は間違っている。北との国交正常化によって、日本から一兆円の援助が行われるといわれているが、その利権を狙う政治家がいるのではないか。日本の安全と平和は日本自身が守る気概がなければならない。アセアン諸国は日本化東アジアの盟主になることを望んでいる。」と語った。

この後、懇親会が開かれた。

帰宅後は資料の整理。

             ○

平沼氏のお話を久し振りで聞いて、信念の政治家であることを再認識しました。筋を通す人です。郵政民営化問題でもゴタゴタがなければ、今頃総理大臣になっていた可能性が高い人です。真正保守政治家の大立者です。出席者には、「平沼新党」への期待が高かったようです。今の自民党・民主党の幹部クラスの政治家に平沼氏のような人はいません。平沼赳夫・安倍晋三・西村眞悟の三氏など真正保守政治家の今後一層の活躍を祈ること切であります。

蒋介石氏の対日姿勢については、色々な見方があります。蒋介石氏にどんな意図があったとしても、日本にとって大変有難いことをしてくれたことは事実でしょう。私の高校時代、テレビのインタビューで、御手洗辰夫氏という評論家が蒋介石氏に「戦争後、『以徳報怨』の精神で日本に対して寛大な対処してくれたことに感謝する」と言ったら、蒋介石氏は、「それは私に感謝すべきではありません。私は日本留学時代に学んだ日本武士道精神に則ってそういうことをしたのです。あなた方が感謝すべきは私に対してではなく日本武道精神に対してです。」と答えました。私はこれに大変感激しました。

しかし、蒋介石・国民党はかつての同胞台湾民衆を数万人虐殺したことも事実なのです。ある支那問題の専門家はかつて私に「中国の権力者は聖人君子のような振る舞いをしていても、ある日突然極めて残虐になる」と言った事があります。

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