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2008年1月13日 (日)

千駄木庵日乗一月十二日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して、諸雑務・書状執筆など。

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昨夜お通夜に参列させていただきました故宇野精一先生は、我が国を代表する漢学者・儒学者であられました。皇太子殿下に漢学をご進講されました。昔でいえば、東宮侍講というお立場でした。昨日のお通夜には、皇太子殿下からの御供花が祭壇に置かれていました。

今日、中国哲学・中国文学という言葉はありますが、漢学という言葉は死語に近いようになっています。宇野先生は最後の漢学者と申し上げていいと思います。

私は幸いなことに昭和四十年代前半、二松學舎において、那智佐傳先生・濱隆一郎先生という当時八十歳・九十歳の漢学者に漢学を少し教わりました。

わが国の国学とは、日本の伝統的な哲学・文学・国語学・歴史学・宗教学・神道學などを総合して研究する学問です。今日は、国文学者・国語学者・神道學者というように細かく色分けしますが、江戸時代は国学者という学問で総合されていたと思います。漢学も同じです。支那文学・支那文字学・支那思想などを総合して漢学と言っていたと思います。

西洋では学問を細分化してしまう傾向があります。近代の大学では、漢学とか国学という科目はなくなりました。最初からなかったと言っていいと思います。国学院という大学はありますが、国学科と言う科目はありません。

「人格識見ともにすぐれた人」という言葉がよく使われますが、宇野精一先生はまさにそういう方でした。国語問題や歴史問題などで正論を吐露されました。私のこともお心にかけて頂き色々ご指導を賜りました。またお世話にも相成りました。

宇野先生は、中華民国との交わりが深い方でしたが、「こういう運動もあるのだよ。読んでみなさい」と言って、台湾独立運動機関誌「台湾青年」を私に下さいました。私が台独運動を知るきっかけつくって下さったのは宇野先生でした。

一月七日に九十七歳の天寿を全うされました。漢学者は長生きするといわれますが、全くその通りです。心よりご冥福をお祈りいたします。

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