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2008年1月 6日 (日)

千駄木庵日乗一月五日

朝、宿舎を出発。近鉄線に丹波橋経由京阪線八幡市駅へ。中山峯雄氏と待ち合わせ。石清水八幡宮に参拝。国難打開を祈念し奉る。

中山氏のご令息の運転する自動車にて、宇治川・木津川・桂川三川が合流するところを渡り、対岸の山崎の地に鎮座する後鳥羽上皇御ゆかりの水瀬神宮に参拝。この後、櫻井駅跡楠公父子訣別の所・山崎聖天・天王山・離宮八幡神社(本邦製油発祥の地)・山崎聖天・一休寺・後小松天皇皇子宗純王(一休禅師)御墓・松花堂庭園などを経巡る。

夕刻、八幡市駅で中山先生父子とお別れし、京都駅より、新幹線にて帰京。

京都には、たびたび訪れていますが、八幡市・山崎の地はあまり来たことがありませんでした。今回中山先生父子にご案内頂き、本当にありがたいことでした。

山崎は、摂津國(現在の大阪府)と山城國山(現在の京都府)の国境がよぎるところです。東は木津・桂・加茂の三川が合流し、西は天王山が迫る狭隘の地であり現在も狭いこの地にJR線・新幹線・阪急線・名神高速道・西国街道が通っています。対岸は男山で、石清水八幡宮が鎮座し、国道1号線・京阪線が走っています。古くからの要衝の地であり、南北朝期の戦い・応仁文明の大乱では長期にわたり戦場となった地です。近世には有名な「天王山の合戦」(秀吉の光秀討伐戦)の舞台となり、また幕末には元治元年の禁門の変での掃討戦の地となりました。

また、橋本市は、戊辰戦争の戦場となりました。開戦以来敗退を重ね、淀から退いた旧幕府軍は、京と大坂の関門で軍事的要衝である橋本に布陣し、新政府軍の追撃に備えました。至近に旧幕府楠葉砲台、橋本陣屋など幕府施設もあり、迎え撃つには大変良い条件を備えていました。しかし、藤堂藩など幕府方の藩が官軍についたためここでも敗退しました。

今回の旅も、大変歴史の勉強になりました。詳しくは、「政治文化情報」でご報告します。ご案内頂きました中山峯雄先生父子に心より感謝の意を表します。また、留守中父母のお世話をしていただいた看護・介護の方々にも心より感謝申し上げます。

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