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2008年1月 2日 (水)

千駄木庵日乗一月一日

朝、起き出でて、太陽に拝礼。神棚に祝詞奏上。

そして、父母と新春を祝う。

この後、父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。訪問看護師が元旦から来てくれるので助かります。

根津神社に初詣。大変多くの人々がお参りに来ていました。出会った近所の知人と、神社近くのうどん屋で懇談。「根の津」という讃岐うどん屋さんで、大変うまいうどんを出してくれます。私が都内で食したうどんではここのうどんが一番のようです。

帰宅後は、テレビで中田ダイマル・ラケット、獅子てんや・瀬戸わんや、江戸家猫八、雷門助六などの懐かしい演芸を見つつ資料の整理など。そして年賀状執筆。

元旦も結構忙しい一日でした。こうしてまた新しい一年が始まりました。還暦を過ぎたなどということは忘れ、万年青年の気迫で今年も頑張ります。よろしく御指導・御鞭撻・御支援下さいませ。

         ○

「由来書き」によると、根津神社の由緒は次の通りです。

「根津神社は今から千九百年余の昔、日本武尊が千駄木の地に創祀したと伝えられる古社で、文明年間には太田道灌が社殿を奉建している。


江戸時代五代将軍徳川綱吉は世継が定まった際に現在の社殿を奉建、千駄木の旧社地より御遷座した。宝永二年五大将軍綱吉は兄綱重の子綱豊(六代家宣)を養嗣子に定めると、氏神根津神社にその屋敷地を献納、世に天下普請と言われる大造営を行なった。翌年(1706)完成した権現造りの本殿・幣殿・拝殿・唐門・透塀・楼門の全てが欠けずに現存し、国の重要文化財に指定されている。


明治維新には、明治天皇御東幸にあたり勅使を遣わされ、国家安泰の御祈願を修められる等、古来御神威高い名社である。

御祭神は、須佐之男命・大山咋命・誉田別命・大国主命・菅原道真公。」

私は、全国各地を旅行し、神社仏閣などにお参りをしましたが、日本武尊にかかわる伝説は全国に数多くあります。また、須佐之男命を御祭神にしている神社がもっとも多いようです。

この御二方は、英雄神であられるとともに、大変な苦難を経験した神であられます。また「やまと歌」を詠みになっておられます。

須佐之男命の 「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を」という御歌は、わが国の和歌の発祥と言われております。日本武尊は「倭は 国のまほろば たたなづく 青垣 山こもれる 倭しうるわし」など多くのお歌を詠まれています。剣魂歌心を身をもって実行された英雄神てあられます。

古来、わが国民はこの二神に特別の親しみと仰慕の念を持っていたと思われます。日本武尊が千駄木の地に須佐之男命を祀られたのが根津神社の発祥であるという伝承もそのことを証ししています。

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