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2007年12月24日 (月)

千駄木庵日乗十二月二十三日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午前十一時半、靖国神社に昇殿参拝。午後十二時より、靖国会館にて、「天長節を祝ふ会」開催。小生が司会。国歌斉唱・教育勅語奉読・天長節の歌奉唱、會長式辞(森田忠明実行委員長が代行)、来賓祝辞(田中舘貢橘・半本茂両氏)などが行われた。

この後、「記念講演」が行われ、田尾憲男氏(神道政治連盟政策委員)「皇室と憲法」と題して講演し、「今上陛下は、戦線の拡大、大東亜戦争へと、歴史の変わり目の時期に生誕され、御苦労の中でお育ちになった。昭和二十三年十二月二十三日、所謂『A級戦犯』七名の処刑が執行された。何故この日に執行されたのかは定かではないが、敢て、今上陛下のお誕生日に執行したという見方が出来る。『A級戦犯』指名開始は昭和二十一年四月二十九日で、先帝陛下のお誕生日であった。

わが国にとって『A級戦犯』は存在しない。不法な『東京裁判』という追撃戦で『侵略国家』という烙印を押され、その生贄が、『A級戦犯』である。『A級戦犯』などと絶対に言ってはならない。歴史の根本を失っては、先祖と子孫に申し訳ない。侵略国家の汚名は晴らさねばならない。

守屋前防衛政務次官が取り調べ中だが、『防衛省の天皇』という言葉がマスコミで踊っている。このような言葉の使い方はあってはならない。犯罪者に対して『天皇』と言うのは許しがたい大手紙は天長節に関する記事は第二三面で小さく扱っているのみ。しかも敬語は一切使っていない。『皇室典範』という法律で、皇族には敬語を使うことを命じている。天長節奉祝の社説もない。『サンケイ』のみは敬語を使っている。

日本国は、尊皇と愛国とがビシャとつながる国。ご歴代の天皇の御心が積み重なって大御心となる。天皇の御心はご歴代の天皇の大御心に忠実でなければならない。そういうお気持ちで、お祭りをされ、国事行為を行っておられる。

『日本国憲法』は『帝国憲法』を改正したものである。再び改正する場合は、『帝国憲法』から出発し、そこから改正すべし。現行憲法を改正するのではなく、『帝国憲法』を改正すべきである。『日本国憲法』の第一条から四条、第九条、第二十条の三つは、國體にかかわる条項である。『帝国憲法』に基づくべきである。」と語った。

この後、直会が行われた。

帰宅後は、書状執筆、資料整理など。

            ○

天長節には毎年、皇居参賀に行かせていただいていたのですが、今年は午前中父母のお世話をしなければならず、それがかないませんでした。朝は雨が降っていましたが、天皇様がお出ましになる直前に雨が上がりました。陛下がお出ましになる皇室行事ではこういうことが起こります。それからどんどん晴れて来て、午後には、所謂「天皇晴れ」となりました。天皇さまの御稜威を畏むばかりでございます。

靖国神社境内で、板垣正先生とご家族にお会いしまた。父君・板垣征四郎元陸軍大臣の命日であるので、参拝に来られたとのことでした。板垣先生のご家族のお姿を拝して涙を禁じ得ませんでした。東京大空襲が三月十日の「陸軍記念日」に行われたことを考え合わせれば、田尾先生の言われた通り、アメリカは将来天長の佳節になる「十二月二十三日」に意図的に処刑を執行した可能性は非常に高いと思います。

「自主憲法制定」「憲法改正」「帝国憲法復元」という三つの主張がありますが、『現行憲法』は、形式上『帝国憲法』を改正したことになっているのですから、憲法を変える場合は、再度『帝国憲法』に立ち還ることが正しいと思います。それが事実上『現行憲法』を失効させることにも破棄することにもなると思います。また、「天皇」「国防」「国家と宗教」に関する条項は、『帝国憲法』の精神に則るべきと思います。憲法に関する田尾先生の卓見に敬意を表します。

田尾憲男先生は、葦津珍彦先生の門下であられるとともに、東京大学合気道部に所属しておられました。文武両道に秀でた方であります。

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