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2007年12月22日 (土)

千駄木庵日乗十二月二十一日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は諸雑務。

午後五時半より、ある忘年会に出席。妙齢のご婦人方が多く出席された忘年会でした。小生は「ああもンテンルパの夜は更けて」を熱唱しました。

帰宅後は、年賀状作成。光陰矢のごとしという言葉がありますが、本当にそう実感します。毎年毎年月日が経過するのが早くなります。

            ○

弥生文化と呼ばれるところの古代日本の農耕文化は、稲作生活によって成立している。ということは種まき・田植え・収穫という毎年同じことが繰り返される生活である。そして日本の気候は四季の変化が規則正しい。毎年同じことを同じ場所ですればいい文化である。弥生文化の特質が家族共同体的な結合・仲間関係を生んだのである。そして家族共同体的な社会は、何でも規則や法律で規制しなければ秩序や共同体が維持できないというような水臭い社会でないのである。稲作生活の祭り主である天皇を君主と仰ぐ信仰共同体国家がそこに成立したのである。

私が六十年間にわたって住んでいる東京文京区と隣の台東区の間には、今は暗渠になっているが、逢初川という小さな川流れている。古代、その川のそばに人が住み、水田が作られた。故に小生が生まれ育ち現在も住んでいる千駄木やその近くの動坂そして弥生町に貝塚が発見された。ゆえに古代日本稲作文化は弥生文化といわれている。明治一六年文京区弥生の貝塚で発見された古代稲作農耕文化時代の土器弥生式土器と呼んだことによる。そしてその時代を弥生時代と言うようになった。

私の住む千駄木周辺つまり弥生町・千駄木・動坂は、日本民族の中核精神となっている稲作文化と深い関わりのあるところなのである。千駄木の貝塚が弥生より早く発見されていれば、古代日本農耕文化は千駄木文化と呼ばれた可能性もあったのである。

 日本人の農耕生活・弥生文化から生まれた信仰は、天地自然を神として拝む信仰である。天も地も山も海も川も樹木も、神の命としてこれを尊ぶ心が日本人の根幹にある。天地自然に神の声を聞くのである。殊更に宗教教義を作り出してこれを遵守しなければ神の怒りにふれるなどという観念は日本伝統信仰には無い。日本の伝統信仰には、西洋的意味での神学もイデオロギーも無い。 

それは倉前盛通氏が、「『自然界の声』が、日本の伝統的な自然宗教の基本となっているので、『神学』や『イデオロギー』のような虚構論理とは全く異なった『自然神』の声が、日本人の思考と行動を抑制するのだと言えよう。」(艶の発想)と論じておられる通りである。

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