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2007年12月 2日 (日)

千駄木庵日乗十二月一日

今年もあと一カ月になりました。国事多難の年でありますが、小生にとっても今年は大変苦労の多い年です。しかし、あと一ヶ月頑張っていきたいと思います。

午前は、父の付き添いで病院へ。父と一緒に乗っていたタクシーの車窓から、上野公園の黄葉が見えました。初冬の朝の光に照らされた木々の葉は実に美しいものでした。

病院から帰宅し、種々雑事を処理した後どうしても、もう一回黄葉が見たくなり、上野公園へ赴きました。大噴水・奏楽堂のあたりをしばらく散策して、黄葉を楽しみました。やはり、夕日よりも朝日に照らされる紅葉の方が美しいように思いました。

そして、日本近代洋画の父ともいわれる黒田清輝を記念した黒田記念館を参観しました。黒田清輝が、大正十三(1924)年に没する際、遺産の一部を美術の奨励事業に役立てるよう遺言したことをうけて建てられたのが黒田記念館だそうです。黒田清輝の有名な「湖畔」「智・感・情」など作品や写真や日記などの自筆文献などが展示されていました。

東叡山寛永寺参拝。境内も銀杏や桜の木の黄葉が見事でした。寛永寺は、上野戦争で灰燼に帰し、明治新政府が上野山を公園としたために、江戸時代当時から比べると、十分の一の規模となってしまいました。

谷中墓地に到り、重野安繹(江戸末期から明治初期に活躍した漢学者。薩摩出身。大久保利通と親交があった)の墓を仰ぐ。大きな墓碑銘(島津忠重篆額・小牧昌業撰・内藤虎次郎書)が建てられていた。

さらに大原重徳(江戸後期から明治の尊攘派公卿)の墓を仰ぐ。巨大な神道碑(高官などの生涯の業績を称えるため墓の近くに建てられる碑。閑院宮戴仁親王篆額・股野琢奉勅撰・北村信篤奉勅書)を仰ぐ。

谷中銀座裏を通って帰宅。

夜は、資料の整理。

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