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2007年12月19日 (水)

千駄木庵日乗十二月十八日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、諸雑務。

夜は、明日の会合でのスピーチおよび明後日の「しきしまの会」での講義の準備。

          ○

防衛庁の汚職問題は、国家安全と独立を守るという使命感・責任感が希薄になっていたところにその根本原因があると思う。さらに言えば、自衛隊に真の国軍・皇軍としての名誉が与えられていないところに根本原因があると思う。

三島由紀夫氏の「檄文」に次のように示されている。

「われわれは今や自衛隊にのみ、真の日本、真の日本人、真の武士の魂が残されているのを夢みた。しかも法理論的には、自衛隊は違憲であるのは明白であり、国の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釈によつてごまかされ、軍の名を用ひない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頒廃の根本原因をなして来ているにを見た。

もつとも名誉を重んずべき軍が、もつとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負ひつづけて来た。自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与えられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず、その忠誠の対象も明確にされなかった。われわれは戦後のあまりに永い日本の眠りに憤った。

自衛隊が目覚める時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。自衛隊が自ら目ざめることはなしに、この眠れる日本が目ざめることはないのを信じた。憲法改正によって、自衛隊が建軍の本義に立ち、真の国軍となる日のために、国民として微力の限りを尽くすこと以上に大いなる責務はない、と信じた。」

「日本の軍隊の建軍の本義とは、『天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守る』ことにしか存在しないのである。」

「日本を日本の真姿に戻して、そこで死ぬのだ。生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。生命以上の価値なくして何の軍隊だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。これを骨抜きにしてしまった憲法に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか。もしいれば、今からでも共に起ち、共に死のう。われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として蘇えることを熱望するあまり、この挙に出たのである。」

三島氏の訴えは、今日ますますその価値を高めている。自衛隊・防衛庁に職を奉じる人々が、武官・文官を問わず「真の日本人、真の武士の魂」を保持することが大切である。さらに言えば、天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守る即ち國體を護ることが建軍の本義であるという根本精神の回復、すなわち皇軍の再建が断行されねばならない。

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