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2007年12月16日 (日)

千駄木庵日乗十二月十五日

午前は父母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、「政治文化情報」発送作業。発送完了。購読者の皆様には月曜日にお届けできると思います。

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我が國は古来、東方の君子國といわれ、我が國民は、道義心篤く、勤勉であり、建國以来統一國家を保ち、隆々と発展して来た。しかるに、今日の我が國は、國民の道義心が頽廃し、祖國への愛も、親への尊敬心も、國民同士の信頼感も喪失しつつある。そして自國の歴史と傳統を軽視あるいは蔑視している。まさにわが國は亡國の危機に瀕している。

 今日の日本は、昭和二十年までの日本がしてきたことは全て悪かったというとんでもない歴史観が偏向したマスコミや学者文化人によって宣傳されている。そして与野党政治家があっちこっちの國を謝って歩くという状況である。最近は、民主党代表・小沢一郎が共産支那に朝貢外交を行った。

 「戦前の日本は悪かった。日本は侵略國家・犯罪國家だった。日本は戦勝國の言いなりになっていればいい」というのが戦後體制である。冷戦體制が崩壊したと言っても、こうした戦後體制は全く変わっていない。むしろますますひどくなっている。「戦後レジームからの脱却」を唱えた安倍前総理の辞任は痛恨事であった。

 我々日本人は歴史観を正しいものにしなければならない。神代以来そして神武天皇御即位以来、第百二十五代・今上天皇までの祖國日本の光輝ある歴史と傳統を正しく認識し把握することが現代日本を変革するために最も大切であると信じる。

 現代日本は文字通り内憂外患交々来るといった状況である。同じようなことは過去にもあった。幕末期すなわち明治維新前夜である。大きな外圧が幕末に起こった。そしてそういう危機的状況を打開し祖國を救った大変革が明治維新であった。

今日の日本において、「改革」ということがうるさいくらいに言われている。しかし、如何なる理念・精神を根本に置いて「改革」を行うかが問題なのである。

 明治維新が「尊皇攘夷」を基本理念にして戦われたように、現代維新においても、「尊皇攘夷」の精神を根底に置いて戦われなければならない。「尊皇」とは萬世一系の天皇を中核とする國民的統一・道義心の高揚を図る事であり、「攘夷」とは國家民族の自主独立を回復することである。内憂外患交々来るといった状況にある今こそ、尊皇攘夷の精神が必要な時であると言える。

 民族の傳統への誇りを忘却した民族には未来はない。民族の歴史の流れ、民族の道統に立脚した変革が行われなければならない。日本國體精神こそが永遠の維新の原理である。

 天地自然に神の命が生きているという信仰が日本の傳統信仰である。そしてその祭祀主が天皇であらせられる。天皇を祭祀主とする信仰共同體が日本國の本姿である。それを現代において回復することが、大切なのである。これが道義の頽廃が根本原因である現代の様々な危機的状況を打開する唯一の方途である。

 我々日本國民は誇るべき國體精神を恢弘してわが國の革新と再生そして世界の真の平和実現に邁進しなければならない。 

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