« 千駄木庵日乗十一月十五日 | トップページ | 千駄木庵日乗十一月十七日 »

2007年11月17日 (土)

千駄木庵日乗十一月十六日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

お昼は、ある雑誌記者の方と懇談。

午後は、「政治文化情報」発送準備。

夜は、知人と懇談。

帰宅後も発想準備。

            ○

最近の政治家と官僚の質の低下は目を覆いたくなる。その根本原因は、彼らの道義心・正義感・使命感の欠如にあると指摘されている。わが國の道義心・倫理観の根本は天皇への忠節の心と國を愛する心である。現下日本の政治・行政の腐敗の根本原因は、政治家や官僚に「尊皇愛國の心」が希薄になっているからである。

 政治家や官僚は、日本國の神聖なる君主であらせられ日本國民の道義心の鏡であらせられる日本天皇へのかしこみの心が基本になければならない。政治家や官僚に「天皇の臣下」という自覚があれば、極悪非道なことはできない。今日の政治家・官僚のみならず一般國民にも、天皇の臣下・天皇の民としての自覚の回復が大切である。

 昭和二十七年十一月十日、今上天皇が立太子の礼の時、当時の吉田茂総理大臣は寿詞(お祝いの言葉)で、自らを「臣 茂」と読み上げた。

 さらに、吉田茂氏は、昭和二六年のサンフランシスコ講和条約調印式出席前後の心境について、「唯奉敕使萬里外 五洲視聴聚一身」と揮毫した。

 占領憲法には「主権在民」と規定され、曲學阿世の憲法學者の中には「日本の元首は内閣総理大臣だ」などと論ずる輩もいるのに、吉田氏は天皇の臣下としての自覚と矜持を持っていた偉大なる政治家であり、まさに昭和の忠臣と言って良いであろう。

 だからこそ、昭和天皇は昭和三十年に次のような御歌を詠ませられているのである。

「 小田原に往復の折、吉田茂元首相の家の前を通りて詠める

往きかへり枝折戸を見て思ひけりしばし相見ぬあるじいかにと」

 昭和天皇と吉田茂元総理との関係はまさに、「君臣水魚の交わり」に近い麗しい関係だったのではないかと、小生は考える。

|

« 千駄木庵日乗十一月十五日 | トップページ | 千駄木庵日乗十一月十七日 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/17095298

この記事へのトラックバック一覧です: 千駄木庵日乗十一月十六日:

« 千駄木庵日乗十一月十五日 | トップページ | 千駄木庵日乗十一月十七日 »