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2007年11月30日 (金)

千駄木庵日乗十一月二十九日

午前父母のお世話。

午後一時半より、荻窪の教育創造研究所にて、「しきしまの会」開催。小生が和歌文学について講義。今回は、和歌創作の心得について、先人の作品に学びつつ話しました。

終了後、東日本鉄道にて、熱海へ。午後六時より、「日本を糺す会」開催。同志多数と討議懇談。全体会議の後、明け方近くまで各分野別の討議が行われた。

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2007年11月29日 (木)

千駄木庵日乗十一月二十八日

午前は父と母のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、諸雑務。

午後六時半より、駒込地域文化創造館にて、「萬葉古代史研究會」開催。萬葉集東歌を講義。

帰宅後は、資料整理。

            ○

萬葉集東歌とは、古代東国即ち今の中部地方以東の庶民が歌った歌であります。次の二首のように、天真爛漫にして明るくおおらかな歌が多いのです。

「多摩川にさらす手作りさらさらに何ぞこの児のここだ愛しき」(多摩川にさらす手作りの布のサラサラしているように、どうしてこの娘さんはこんなに可愛いのだろう)

「信濃なる千曲の川のさざれ石も君し踏みてば玉と拾はむ」(信濃の千曲川の小石も、愛するあなたが踏んだのなら宝石として拾いましょう)

中古・中世の貴族の戀歌よりもずっと清々しくおおらかです。まして、現代短歌には何を言っているのか分からないような歌が多く、こういう歌はありません。近代以後の短歌には。暗くじめじめした愚痴めいた繰り言のような歌が多いように思います。

萬葉集の歌を読むと、現代は、萬葉時代よりも文明・科学技術が進歩発展し、人々の生活が便利になり物質的には豊かになったとしても、精神生活は萬葉時代の方がよほど大らかで豊かで清らかだった実感します。

最近の我が国の政治事件、社会事件の醜さ・凄惨さを見るとつくづくそう思います。時代の進歩といわれますが、精神的には決して進歩していない。むしろ退化しているというべきでしょう。

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2007年11月28日 (水)

千駄木庵日乗十一月二十七日

未明、今度は母が転倒し体を痛めました。九十歳を目前にした両親が病床に伏すという状況となりました。

午前は、介護の方に来ていただき、父と共に病院に行ってもらいました。小生は、母の看護、そして、近くの診療所に赴き医師と相談。高齢のため注射はせず、薬の投与と張り薬で治療することとなりました。

午後からは、両親を気遣いつつ明後日の「和歌勉強会」の講義準備など。

            ○

両親は二年くらい前まで比較的元気に過ごしてきただけに、急にこういう状況になりますと本当に困ります。何とかこの危機を乗り切らねばならないと思います。年齢も年齢ですので、完全に回復するというのはなかなか難しいとは思いますが、あまり苦しまずにいてほしいというのがせめてもの願いであります。

体力の衰えと共に精神的に衰えて来るのが本当に気の毒です。父の約半年間の入院生活における苦労と哀れさを見ていましたので、あまり施設というところに入ってもらいたくはないのです。なんとか二人とも自宅にいてほしいと思っております。今日は私事ばかり書き連ねてしまいました。

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2007年11月27日 (火)

千駄木庵日乗十一月二十六日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、父の用事で診療所・薬局へ。

帰宅後は、諸雑務。夜は、二十九日に行われる和歌勉強會「しきしまの会」における講義の準備。

            ○

「うた」は「訴へる」と同系語です。「やまと歌」とは、人の感動をそのまま素直に訴へるものであり、その歌を鑑賞する人もまた感動を覚へるものです。目で見、耳で聞き、あるいは手で触れることによって触発された感動を定型に集約して表現する文藝が「やまと歌」です。

「やまと歌」とは、「書く」ものでもないし、「つぶやく」ものでもありません。「訴へる」ものであり「歌ふ」ものです。そして鑑賞する人に感動を与へるものです。

「萬葉集」などの古典は、訴へる歌ばかりなのですが、近代短歌と言はれるものには、つぶやく歌が多くなってゐます。愚痴や繰り言のような歌が多いと小生には思へます。やはり傳統精神の衰退ということでせうか。

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2007年11月26日 (月)

千駄木庵日乗十一月二十五日

未明に、父の具合が悪くなり、共に病院へ。治療を受け帰宅。

午後一時より、神田学士会館にて、「日本学協会講演会・日本再生の基本問題」開催。三輪尚信氏が司会。永江太郎常務理事が挨拶。

川口雅昭人間環境大学教授が「吉田松陰先生の人づくり」と題して講演し、「『教育』『勉強』という二つの言葉は漢語。『教える』の語原は『愛しむ』。わが民族には学問の目的は立派な人になればいいという思想があった。松陰先生は、ペリーを刺す目的で黒船に乗り込んだ。松陰先生は、さむらいは『他人の悪口を言う。遊芸奢侈に走る。権門勢家に奔走する』という生き方をしてはいけないといわれた。また、さむらいの一日は、『武芸を習う。学問をして義とは何かを学ぶ。刀の手入れをする』の三つを以て過ごすといわれた。また『さむらいは一瞬も怠らず学問をする。それが忠孝だ』といわれた。日本人としてまともな生き方をすることがそのまま忠となる。松陰先生は安政六年の違勅条約調印以後、討幕から倒幕に移った。」と語った。

森山和夫東京大学教授が「『格差問題』から見る日本社会経済の課題」と題して講演し、「格差拡大の根拠となるデータは一つもない。格差拡大論はデータ上も説明図式においても誤り。OECDの国際比較で、勤労所得だけを見ると、日本の不平等度は高くない。人口減少は二十年間進行している。人口減少という構造的現象は深刻。産業の足腰が非常に弱っている。工場の閉鎖・海外移転がその原因。生産性の高い製造業を地方に展開していく必要あり。現在の企業の新規採用方法の改善が望ましい。中途採用を増やすべし。今の学生は偏差値は高いかもしれないが、勉強が足りない。」と語った。

帰宅後は、二十八日の「萬葉古代史研究會」における講義の準備。

            ○

昨日と今日の会合に出席中、睡魔に襲われるのは、夜中に父の具合が悪くなり、お世話をしなければならないためだと思います。

森山和夫先生に休憩時間中、共産国家は格差社会だと思いますと申し上げたら、その通りだと言われました。共産主義国家は構造的にそうなると言われました。

私が同志数人と共産中国を訪問した時、北京で購入した人民服を着て、鄧小平がよく来るという北京ダックの店に入ろうとしたら、現地の人と間違われ受付の人に「お前たちの来るところではない帰れ」と怒鳴りつけられました。私たちがパスポートを見せたら、態度がガラッと変わって「失礼しました。どうぞお入り下さい」と言われました。水戸黄門になったような気分でした。

またデパートに入ろうとしたら、彭真人民代表大会常務委員長が視察に来るというので、市民たちが虫けらのように追い払われていたのを見ました。交通機関も党幹部が優先で、予約していた国内線の飛行機も党幹部が乗るためということでキャンセルになりました。共産支那の「人民平等」「人民のために服務せよ」というのは大嘘であり、大変な格差社会・差別社会であります。

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2007年11月25日 (日)

千駄木庵日乗十一月二十四日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後二時より、高田馬場のホテルサンルートにて、「三島由紀夫・森田必勝両烈士追悼・野分祭」執行。祭詞奏上・玉串奉奠・檄文朗読などが行われた。

午後三時より、アルカディア市ヶ谷にて、「財団法人日韓文化協会設立五十周年記念シンポジウムおよび記念祝賀会」開催。

 シンポジウムの登壇者の発言は次の通り。

〈倉田信靖氏〉「日韓が儒教で共通理解が出来るというのは困難。」

〈田久保忠衛氏〉「世界の中で日韓がどういう位置にあるかを認識すべし。大局を見なければならない。米韓・日米には軍事的結びつきがあるが、日韓には無い。新しい世界秩序が出来つつある。韓国の反米感情が心配。日韓関係を感情ではなく理性でコントロールしようとする人が増えてきている。ライス国務長官が小池防衛大臣との会談で、『あまり民主主義を言うと中国を刺激する』と言った。ライスは変心したのか。以前は『中国は潜在的脅威』と言っていたのに、最近はパートナーと言い出した。アメリカ外交は弾力的だが、そのギリギリのところまで来ている。」

〈呉善花さん〉「世界の中で日本は極楽浄土。日本料理は素材の味を大事にするが、韓国料理は素材の味は大事ではない。韓国人はどんな生き方が正しいかに重点を置く。日本人はどんな生き方が美しいかに重点を置く。『わび・さび・もののあはれ』は他のアジア人にはわからない。日本人は素朴さを大事にする。韓国人は素朴さを消して技巧をこらすことに価値を置く。」

〈徐賢燮氏〉「外交官は正直な人間だが、たまには国家のために嘘をつく。日本人は勉強熱心であり、韓国人より柔軟性・多様性がある。韓国人の反日は口だけ。韓国に行った日本人が韓国人に殺されたということは一回もない。欧米は遠い国そして文化の異なる地域を植民地にした。日本は隣の国で儒教文化圏の国を植民地にした。韓国の図書館で貸し出される本は日本関係の本が一番多い。本屋で売れる本も日本関係の本が一番多い。日本の映画・相撲・アニメが定着している。韓国はオリンピックがターニングポイントになって変化した。中国もオリンピックの後に変わる。日本はノーベル賞受賞者が多い。韓国には一人もいない。日本は先進国。」

この後の祝賀会では、奥野誠亮元衆院議員、秋元司参院議員、清水信次ライフコーポレーション会長などが祝辞を述べた。奥野先生の矍鑠としたお姿に感銘しました。

帰宅後は、二十八日に行われる「萬葉古代史研究會」の講義準備。

        ○

今日のシンポジウムでは、なぜか猛烈な睡魔に襲われまして、メモが極めて不完全なものになっております。

祝賀会で清水信次氏に「先生の会社はヤオハンのように大陸には進出しないのですか」と伺ったところ、清水氏は、「大東亜戦争の敗北によって、満州・朝鮮の日本人の資産はことごとく失ってしまった。そういう歴史を見ているので進出はしない」と語られました。卓見であると思います。ヤオハンは支那大陸に進出して身ぐるみ剥がれました。

私も過去十数回韓国を訪問しましたが、反日感情をぶつけられたことは一度もありません。むしろ、歓迎されました。反日運動が起って日本人はタクシーに乗せてくれないなどと日本で報道されていた時期に訪韓した時も、ホテルの前でタクシー運転手が日本人客を取り合ってケンカしていました。三一独立運動発祥の地パゴダ公園を訪れた時も、日向ぼっこをしていた老人の方々に「日本の方ですか。よく来てくれました」と歓迎されました。

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2007年11月24日 (土)

千駄木庵日乗九月二十三日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

お昼は、知人と懇談。

午後は、皇居東御苑にある三の丸尚蔵館にて開催中の「祝美(いわいのび)──大正期皇室御慶事の品々」展拝観。大正天皇の御大礼・皇太子(昭和天皇)立太子礼・ご成婚・、秩父宮家ご創立などの慶事に際して制作され献上された美術品が展示されていた。

箱型雲鶴文ボンボニエール(キャンディーなどの砂糖菓子を入れる小箱)、諌鼓鶏置物、住吉神像置物、東京名勝図・萬歳楽図衝立、歌絵蒔絵文台・重硯箱などを拝観。大正期という関東大震災はあったが平和で栄えた時代の皇室のみやびの世界を拝することが出来た。わが国傳統美の麗しさに感動した。

三の丸尚蔵館は度々拝観させていただいていますが、その規模のまことに質素です。しかし、宮廷に伝えられた優雅な美術品を目の当たりにすることが出来ます。ありがたいことです。

帰宅後は、資料整理。たまりにたまっていてなかなか大変です。

そして、水曜日に行われる「萬葉古代史研究會」の講義準備。

         ○

「祝美(いわいのび)──大正期皇室御慶事の品々」に展示されていた置物には、高村光雲の作が多くありました。高村光雲は、上野の西郷隆盛像を制作した彫刻家です。千駄木に住んでいました。私が育った家の前の道から大給坂という坂を登って少し行ったところの屋敷です。子息の高村光太郎(詩人・彫刻家)・高村豊周(鋳金家)も住んでいました。

高村家の隣には、宮本顕治・百合子夫妻が住んでいました。駒込林町にはこのほか児玉希望(日本画家)、大平正芳(政治家)、宝井馬琴(講釈師)などが住んでいました。旧町名は駒込林町と言いまして、お屋敷町でした。

そして我が家のあった大給坂の下は旧町名は駒込坂下町と言いました。長屋が並ぶ典型的な下町でした。林町と坂下町は、山の手・下町という区分けの典型と言っていいと思います。

そして駒込林町から団子坂上の道を渡ると、森鴎外の家がありました。私の小さい頃は息子さんの森類氏が古本屋さんを営んでいました。類氏のお嬢さんは小学校の同級生でした。自慢話で大変恐縮ですが、文化の薫り高い千駄木の町に育ったことを誇りに思っています。呵々。

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2007年11月23日 (金)

千駄木庵日乗十一月二十二日

午前は、父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後三時より、衆議院第二議員会館にて、「時局戦略懇話会」幹事会開催。当面する諸課題について討議。

この後、同志議員事務所訪問。懇談。

          ○

今日は議員会館が混んでいました。連休前の週末だからでしょうか。工事の音が聞こえましたが、新議員会館の建設工事が進んでいるようです。このことは与野党共反対の声はあがっていません。確かに議員の事務所は狭いようです。来客が数組重なると入りきれなくなります。秘書の部屋はぎゅうぎゅう詰めです。

議員の日常も大変で、地元と東京をとんぼ帰りしています。よほどの体力と精神力がないと務まらないと思います。何万人という人に日曜日にわざわざ学校の投票所に行ってもらって、自分の名前を書いてもらうのですから、大変な苦労がいると思います。自分こそが日本を良くすると訴え、支持を獲得するということはやはり常人にはできないことです。肉体的にも精神的にも相当頑健でなければ務まりません。

ともかく政治家・国会議員というのは、健康が非常に大切であることは、安倍前総理の辞任劇を見れば明らかです。安倍氏が健康でさえあったら、「戦後レジームの脱却」という国家的課題が忘却されることはなかったかと思います。ある学者の方が、「福田政権は左翼政権である」と言われるのを聞いたのでなおさらそう思いました。

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2007年11月22日 (木)

千駄木庵日乗十一月二十一日

 

午前は父のお世話。

午後二時より、ある会合に出席。スピーチ。

帰宅後は、原稿執筆、完成、送付。

            ○

今日は次のようなことを話しました。

戦後日本は、「平和と民主主義」「人権尊重」「生命尊重」「個の尊重」を最高の価値として押し戴いた。「平和と民主主義」は、弱者の思想である。國のために戦うという強者の思想を否定し、武力は放棄する、軍隊は持たない、國家の独立・平和・歴史・伝統が侵略者から蹂躙されても、「戦争は無い方が良い、人命尊重だ」と言って、戦うことを忌避する弱者の思想である。

弱者であるから徒党を組む。即ち集團で運動をせざるを得ない。「赤信号みんなで渡れば怖くない」式の生き方しかできないのである。弱者は弱者なるがゆえに、常に「不安、嫌惡、憎惡、嫉妬」の対象を常に見つけ出し、あるいは作り出さずにはおれない。これが「いじめ」である。

「戦後民主主義・平和主義」の「守り手」・「弱者の味方」を以て任ずるマスコミは、「知る権利」「知らせる義務」とやらを振り回し、カメラやマイクを持って「不安、嫌惡、憎惡、嫉妬」の対象となっている特定の人物を追いかけ回して責め苛む。これまで、こういうやり方でどれだけ多くの人々が血祭りにあげられ、「魔女狩り」の対象になってきたであろうか。小學生・中學生のいじめは、大人のこうしたやり方を真似しているに過ぎないのである。

武を否定し、「生命の尊重」が最高の道徳とされ、「平和と民主主義」を謳歌している今日の日本において、戦前どころか有史以来見られなかったような凶悪にして残虐なる犯罪、殺人事件が続発している。

魂の腐敗は、軍國主義國家であったという戦前の日本にはあり得なかったような、人命軽視という言葉すら空しくなるような、残虐なる殺人が日常茶飯事の現代社會を現出させた 

崇高なる道義精神である「國家を生命を賭けて守る使命感・義務観念」を喪失し、利己主義・利益至上主義に陥り、自分さえよければ他人はどうなってもいいという考え方に陥っている青少年によって、凶悪無比なる犯罪が繰返されている。

われわれ神洲清潔の民は、強者の立場をとらなければならない。「一人立つ」の精神がなければならない。眞の独立自尊の精神がなければならない。「不安、嫌惡、憎惡、嫉妬」の精神を払拭し、祓い清めなければならない。そして、日本精神の清明、闊達、正直、道義的な高さを回復しなければならない。須佐之男命・日本武尊そして防人以来の武士道精神・もののふの心に回帰しなければならない。 

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2007年11月21日 (水)

千駄木庵日乗十一月二十日

午前は父のお世話。

午後からは在宅して、原稿執筆、明日の会合でのスピーチの準備など。

            ○

憲法改正或いは自主憲法制定は國家緊急の課題である。しかし、ただ憲法を改正すればいい、新しい憲法を作ればいいといふことではない。現行占領憲法の欠陥を根本的に正さなければ改憲の意味はない。現行憲法の最大の欠陥は、その原理にある。

『現行占領憲法』の三原理の一つとされる「國民主権・主権在民」といふ思想は、君主と國民が絶対的に対立し、権力を奪ひ合った歴史を持つ欧米で生まれた思想である。祭祀國家であり君民一體の國柄であるわが日本にはまったく適合しない思想であり、革命=國體破壊につながる思想である。

「國民主権論」「主権在民論」は「人類普遍の原理」を詐称しているがさうではない。欧米における革命・政治変革から生まれてきた思想であり、日本國體とは相容れない思想である。「國民主権」といふ原理は全面的に否定されるべきである。

日本天皇の國家統治の本質は、権力・武力による國家・國民支配ではない。天皇の祭祀主としての神聖なる権威による統治(すべおさめる。しろしめす。きこしめす)である。むしろ、天皇の神聖なる権威が権力者・為政者の権力濫用を抑制するのである。それがわが國の建國以来の國體であり歴史である。

日本國は信仰共同體であり國民が契約を結んで人工的に作った國ではない。そして祭祀主である天皇は國民と対立してこれを力によって支配する御存在ではない。天皇と國民と國土の関係は、対立関係・支配被支配の関係にあるのではない。契約関係・法律関係にあるのでもない。精神的一體関係にある。これを「君民一體の國柄」といふ。これが日本肇國以来の國柄であり國體である。

つまり、日本の歴史と傳統そして日本國體は、西洋の契約思想や人間不信を基盤とした国民主権論や西洋近代の成文法とは基本的に相容れないのである。

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2007年11月20日 (火)

千駄木庵日乗十一月十九日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後一時より、九段会館にて、「忠孝塾愛国連盟結成三十周年記念会」開催。藤元正義會長が挨拶。若手活動家の挨拶などの後、盛宴が行われた。

終了後、同志と懇談。

帰宅後は、原稿の執筆など。

          ○

政治がいかに混迷しようとも、世の中は特に変わったこともなく。普通に動いているように見えます。大連立だ、選挙による政権交代だなとと言っても、国家国民のために日本はどうあるべきか、日本の現状をどう改革すべきか、ということが政党からも政治家からも、我々国民が納得できるような提言やビジョンは全然提示されていません。ただ、その場しのぎの政策論が示されるだけです。私が不勉強のせいでしょうか。

そして、メディアが作り出した「風」なるものによって選挙の結果が決まるというまことにおかしな事態になっています。国民の真の政治選択を行っているとはとても思えません。このままズルズルと進んで行けば、日本は益々おかしくなります。

自民党は政権維持のために必死になっていますが、ボロばかりでてきます。一方、民主党も、自民党の政策に反対するだけでのように見えます。そもそも、選挙や国会で大げんかしている相手と連立するなどということがあっていいはずがありません。しかし、どうも実態は、与野党の対決は全くの茶番だということなのかもしれません。ついこの間まで不倶戴天の敵としていた相手と手を結ぶということはこれまでも繰り返されてきたことです。

大体、政治理念・国家観がそれぞれ全く異なる人が同じ政党に属しているのです。小選挙区制というのはどう考えても、よくないと思います。政治政策や理念・国家観がたった二つの政党に色分け出来るはずがありません。

民族運動には、維新という大目標があります。それは、天皇を君主と仰ぐ道義国家の建設であります。そして歴史と伝統の国日本の再建であります。日本の国柄を蔑ろにし、日本の光輝ある歴史と伝統を破壊する者共に対して厳しく対処するということであります。

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2007年11月19日 (月)

千駄木庵日乗十一月十八日

午前は、父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、「政治文化情報」発送作業。夕刻完了。発送。購読者の皆様には火曜日にお届けできると思います。

夜は、資料整理。

          ○

たまりにたまった新聞・雑誌などを整理し、切り抜きを行っています。そうした資料を読んでいて感じた事を書かせていただきます。やはり何とも残念なのは、福田内閣になってから、「戦後レジームからの脱却」ということが全く言われなくなったことです。民族運動は、「戦後体制打倒」「ヤルタポツダム体制打倒」を目標として戦ってきました。安倍信三氏はそれを言葉を柔らかく表現したのだと思います。

アメリカなどの戦勝国による弱体化政策、そして左翼革命勢力による祖国解体策謀が功を奏し、わが国は亡国の危機に瀕しています。この危機を打開するには、戦後体制打倒が大前提なのであります。

戦後体制・ヤルタポツダム体制は、戦勝国アメリカが、日本が二度と再びアメリカに立ち向かうことのないようにするため、日本を徹底的に弱体化しようとして押し付けた体制のことであります。憲法・教育・文化・経済・宗教など万般にわたっております。そしてそれは今日においていよいよ功を奏してきています。

戦後体制打倒という主張の延長線上には、アメリカに対する反発が出てきます。当然のことであります。民族運動には潜在的に反米感情があることは事実です。拉致問題・対北朝鮮政策を見ても明らかな通り、アメリカは日本の安全や要求を自国の国益よりも優先させることはありません。

こうしたことが、「テロ特措法」問題で、民族運動が活発な動きを示さない理由であると思います。日本はアメリカの属国から脱却するということが戦後体制打倒なのですから…。

しかし、今日唯今、日本は、国家の安全上、アメリカとの関係を断ち切ったり、今以上悪化させることはできません。ここが難しいところであります。戦前、大東亜解放という正義のために反英米の姿勢をとり、戦争に突き進み、日本が敗北し、結果的にソ連と中国共産党の勢力を伸張させてしまったという歴史を繰り返してはなりません。

私は、やはり当面の敵は、共産支那であると思います。支那からの侵略から日本を守るためには、アメリカを敵に回す事は出来ないのであります。やはり自主独立の日本を建設する以外にないのであります。そして、日本の正義は正々堂々と主張する外交を樹立せねばなりません。少し矛盾した議論かもしれませんが、今日は以上のようなことを考えました。

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2007年11月18日 (日)

千駄木庵日乗十一月十七日

午前は父のお世話。

午後から在宅して「政治文化情報」発送準備。

         ○

「敬神崇祖」は日本人の道義の根幹であるが、それを身を以て実践して来られたお方が、「祭祀」を最大の使命とされる日本天皇であらせられる。「祭祀」とは、自己を無にして神に奉仕する(つかへまつる)ということである。そして祭祀によって神と人とが合一する。天皇の「祭祀」そして「無私の大御心」が、日本國民の道義の規範なのである。

人間の限り無い欲望・闘争心を抑制せしめるには、天皇の無私にして神ながらなる「みまつりの心」=大御心に回帰する以外にない。日本國の生命・歴史・伝統・文化・道義の体現者たる天皇の大御心・御意志にまつろう(服従し奉仕する)ことが日本國民の道義心の根幹である。

そして天皇の大御心・天皇の國家統治の基本は、天照大神の御命令である「高天原の理想を地上に実現する」ということである。神の意志を地上において実現する使命を持つお方が天皇であらせられる。

最近の日本は誤れる「民主主義思想・人権思想」によって人と國家の神聖性・道義性の破壊してきた。人間の尊厳性はその人間の生活する國家の尊厳性と不離一体の関係にある。國家をあしざまに罵り続け、天皇の神聖性を隠蔽し、自分さえ良ければいいという観念が横溢したところに、今日の日本の頽廃と混迷の根本原因があると考える。 

日本民族の古代からの天皇尊崇の心・現御神信仰を回復し、祭祀国家の日本に回帰し、人間獣化=聖なるものの喪失から脱却することなくして、日本の再生はあり得ない。

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2007年11月17日 (土)

千駄木庵日乗十一月十六日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

お昼は、ある雑誌記者の方と懇談。

午後は、「政治文化情報」発送準備。

夜は、知人と懇談。

帰宅後も発想準備。

            ○

最近の政治家と官僚の質の低下は目を覆いたくなる。その根本原因は、彼らの道義心・正義感・使命感の欠如にあると指摘されている。わが國の道義心・倫理観の根本は天皇への忠節の心と國を愛する心である。現下日本の政治・行政の腐敗の根本原因は、政治家や官僚に「尊皇愛國の心」が希薄になっているからである。

 政治家や官僚は、日本國の神聖なる君主であらせられ日本國民の道義心の鏡であらせられる日本天皇へのかしこみの心が基本になければならない。政治家や官僚に「天皇の臣下」という自覚があれば、極悪非道なことはできない。今日の政治家・官僚のみならず一般國民にも、天皇の臣下・天皇の民としての自覚の回復が大切である。

 昭和二十七年十一月十日、今上天皇が立太子の礼の時、当時の吉田茂総理大臣は寿詞(お祝いの言葉)で、自らを「臣 茂」と読み上げた。

 さらに、吉田茂氏は、昭和二六年のサンフランシスコ講和条約調印式出席前後の心境について、「唯奉敕使萬里外 五洲視聴聚一身」と揮毫した。

 占領憲法には「主権在民」と規定され、曲學阿世の憲法學者の中には「日本の元首は内閣総理大臣だ」などと論ずる輩もいるのに、吉田氏は天皇の臣下としての自覚と矜持を持っていた偉大なる政治家であり、まさに昭和の忠臣と言って良いであろう。

 だからこそ、昭和天皇は昭和三十年に次のような御歌を詠ませられているのである。

「 小田原に往復の折、吉田茂元首相の家の前を通りて詠める

往きかへり枝折戸を見て思ひけりしばし相見ぬあるじいかにと」

 昭和天皇と吉田茂元総理との関係はまさに、「君臣水魚の交わり」に近い麗しい関係だったのではないかと、小生は考える。

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2007年11月16日 (金)

千駄木庵日乗十一月十五日

午前は、父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後一時半より、豊島区立千早地域文化創造館にて、「萬葉会」開催。磐姫皇后の御歌を講義。

帰宅後は、「政治文化情報」の発送準備など。

          ○

国会で守屋前防衛事務次官の証人喚問が行われた。率直に言って、私はこの証人喚問というのが大嫌いである。北朝鮮など共産国家・独裁国家で行われる公開処刑・人民裁判と同質であると思う。

政府与党は、守屋氏を生贄・スケープゴートとして差し出したのである。民主党などの野党は、党利党略のために守屋氏を責め立てたのである。

要するに一人の人間を極悪人と断罪し、寄ってたかって懲らしめているということだ。しかも、テレビで生中継する。すなわち江戸時代に行われた市中引き回しを全国規模で行ったということである。

大勢で追いまわしたり待ち伏せたり自宅前に押し掛けたりして、カメラやマイクを突き付けつるしあげ、国会で公開人民裁判を行うのは、まさにイジメであり魔女狩りである。大人たちのこういう残虐な行為を子供たちが「正しい行為だ」として真似をするのは当然である。こういうことが平気で行われる日本の国は本当に異常になっている。

守屋氏程度のことで証人喚問という公開人民裁判・魔女狩りが行われるのなら、世の中にはもっともっと悪い奴らが沢山いる。国家民族のためにならない亡国政治家どもをみんな公開人民裁判にかけ、市中引き回しの刑に処すべきである。

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2007年11月15日 (木)

千駄木庵日乗十一月十四日

午前は、父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、明日の「萬葉会」における講義の準備。

午後六時より、永田町の村上正邦事務所にて、「日本再生 一滴の会」開催。講演者の発言は次の通り。

村上正邦氏「平沼赳夫は、自民党へチャンスがあれば帰りたい。それを断ち切らなければ駄目。ダイナミックな政治家ではない。

小沢は『一緒に寝てみなければ学会の怖さは分からない』と言っていた。言葉は政治家の命。口下手では政治家は務まらない。小沢は演説はうまい。一言に重みがある。

自民・民主を解党して国民に分かるような政治にすべし。民主党は次の総選挙で逆立ちしても過半数は取れない。小沢は金の問題で恐怖感あり。不動産を買った金はどこから出たのか。

私はかつて山田洋行と田村秀昭との関係を国会で追及した。」

佐藤優氏「いま日本で、アメリカの企業が外国公務員を接待したら罰せられる法律である『外国公務員腐敗防止法』のことで各国の諜報員が情報収集している。GEが国防総省への入札が停止になる可能性あり。

DNAで萬世一系を説くのは近代主義でありおかしい。高天原に起こったことが地上に反映するという感覚を蘇らせることが大切。神が上にいる事は近代以前は常識。

まことごころ・真理は心の中にあることを日本人は昔から知っていた。直近の衆院選挙の結果が民意。左右の対話は重要だが、理念の共有はできない。

『南北正閏論』はどちらが主流でどちらが傍流かという話。正統か異端かではない。多元性を取り入れるべし。

フィクサーはマスメディアの人がなってはいけない。必ず自家中毒を起こす。いったん辞めると言ったのに辞めなかった小沢はおかしい。

強い者が勝ち、弱い者が負けるのは当たり前という発想は日本國體と伝統に全く合致しない。

沖縄には革命思想がある。革命とは長いものには巻かれろという思想。天命が変われば新しい強い奴が天下を取る。

沖縄から『日本軍も沖縄県民を共に一生懸命戦った』という意見が出て、本土から『全体的雰囲気としては強制があった』という意見が出ると、国としての一体感が出てくる。

憲法は構築するものではなく、発見するもの。ヒースロー空港のチェックは相当うまくいっていて、イギリスではまだ本格的なテロは起こっていない。」

帰宅後は、明日の萬葉集講義の準備など。

            ○

「自決を軍が強制した」という時の、「軍」とは一体誰を指すのか、「強制」とは一体どういう定義であるかが問題だと思う。沖縄の日本軍が県民に命令して自決を強制したことは全くなかった。

あの大戦争のさなか、東條陸軍大将名で出された『戦陣訓』の「生きて虜囚の辱めを受けず」という言葉が日本国民の共通認識になっていたことを、「軍の強制」というのではあれば、沖縄県民のみならず日本全国民がそういう雰囲気になっていたことはあるであろう。しかしそれは、沖縄県民のみが「強制」されて「死地に追いやられた」ということでは絶対にない。

昨日も書いたように、沖縄県民は、日本国民として戦争を果敢に戦い、散華されたのである。この誇るべき事実に対して、感謝と慰霊の誠を捧げ、永遠に顕彰するべきである。

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2007年11月14日 (水)

千駄木庵日乗十一月十三日

午前は父の付き添いで病院へ赴く。

午後は上野の東京藝術大学美術館で開催中の「岡倉天心展」参観。

午後六時半より、「虚構の『軍命令・強制』説の復活を許さない!国民決起集会」開催。

小生の印象に残った登壇者の発言は次の通り。

小田村四郎氏「熾烈な攻撃の中で追い詰められて自決を選んだ。国に殉じた人々に慰霊感謝するのは世界共通。日本だけが違うのは悲しい。軍の強制というのは虚構。国民は被害者、国家は加害者という図式を定着させようとする企みに屈してはならない。」

赤池誠章衆院議員「自民党の部会で沖縄選出の先生方が『検定意見は県民感情を逆撫でする』という声をあげたことに反論できなかったことを反省する。」

恵忠久氏「捕虜になるより自決せよという軍司令部の命令があったとする大江健三郎の証言は真っ赤な嘘。軍は県民を北部に避難させたが、避難しなかった県民が十数万亡くなったということ。軍の命令・強制があったという間違った記述を削除したのを、集団自決そのものそを削除したかのごとく報道した。軍の強制は無かった。むしろ自決しようとした人々を助けた。米占領軍は沖縄と本土との分離政策をとった。『沖縄新報』と『沖縄タイムズ』に逆らったら議員は当選しない。」

恵隆之助氏「内務省も陸海軍も沖縄県民保護のために努力した。疎開命令を出し、北部及び県外に疎開させ、十六万の命を救われた。『ひめゆり部隊』を引率した将校は『生き延びて国のために尽くせ』と言った。戦後、米軍は反日教育・侮日教育をした。沖縄県民に戦前からある被害者意識とひがみが左翼に見事に利用されている。沖縄に変な憐れみをかける必要は無い。」

古賀俊昭氏「今回の問題は、『日本軍は国民を守らない、虐殺する』という宣伝であり亡国運動。」

土屋たかゆき氏「政治家が言葉を失ったら国は滅びる。保守政治家が歴史の捏造を文科省に要請するのは国賊的行為。」

渡部昇一氏「沖縄だけが被害を蒙ったのではない。東京では沖縄の戦以上の死者が出た。全国の都市も然り。特攻隊は沖縄を守るために死んだ。」

田久保忠衛氏「自主独立の精神が沖縄県民にはあるのか。しかし、沖縄県に行った内地の財界人が『沖縄日本人会を作ろう』と言ったり、『唯今日本から到着しました』と言ったり、沖縄の人に『日本語がうまいね』と言ったりする、内地の人間にも責任がある。原則なき譲歩は全面降伏。『沖縄は一人前の県になってくれ』と言うべし。」

中村粲氏「自決に追い込んだのは軍ではない。命令を出していない。手榴弾を配ったのは防衛隊が勝手にやったこと。沖縄の人は当時の戦時道徳を立派に実践した。強制があったなどと言うのは沖縄にとって不名誉。」

秦郁彦氏「『強制』というのはあいまいな概念。手榴弾は自決用の兵器ではない。攻撃用の兵器。」

徳永信一氏「大江健三郎氏の考えは一般人の常識とはかけ離れている。歴史問題という事実の問題をレトリックの問題にしている。」

藤岡信勝氏「沖縄の左翼の人が軍の命令がなかったという真実を一番よく知っている。軍の命令とは司令官の命令である。それ以外の定義はない。軍の強制・関与も同じ。住民を追い詰めたのは米軍であって日本軍ではない。」

帰宅後は、諸雑務。

           ○

前にも書きましたが、沖縄県民が敵と勇敢に戦い、最後に自決した人が多かったことは、沖縄県民の誇りであります。これを軍の強制だとか命令によって嫌々行ったなどというのは、散華された沖縄県民に対する冒瀆であります。

反日勢力は、日本国転覆のために、沖縄県民の歴史的な感情を利用しているのです。戦後は、アメリカは占領をやりやすくするために反本土意識を煽ったのです。今日、沖縄県と本土との離間を狙っているのは、共産支那です。その手先となっているのが国内の反日勢力であります。この策謀は断じて許してはなりません。

また、沖縄県民はもちろん、日本全国民が祖国防衛のために命をかけて戦い、散華した歴史は、日本民族の誇りあります。散華した御霊に対し感謝の誠を捧げるべきです。

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2007年11月13日 (火)

千駄木庵日乗十一月十二日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後一時より、九段會館で開かれた全愛会議全国大会に出席。

この後、父がお世話になっている病院にて今後のことについて相談。

帰宅後は、深夜まで資料整理、書状執筆。

          ○

現行占領憲法は、大日本帝国憲法の第一条から第三条に成文化された最も大切な国体法を抹消した。占領憲法は、大日本帝国憲法には無かった「国民主権」を明示した上「天皇の神聖性」の規定を削除した。

 ゆえに、大日本帝国憲法を改正した憲法であるとする現行占領憲法は、大日本帝国憲法の改正限界を大きく超えて國體の基本を隠蔽してしまったのである。その上、日本の國體に全く合致しない西洋の悪しき普遍主義に毒されている。

 成文憲法が国家の存立の基本を破壊もしくは否定するのであれば、これを破棄しなければならない。現行占領憲法はまさしくそういう憲法である。

 現行占領憲法に貫かれている「国家=権力支配組織」とする西洋法思想は、日本の国柄とは絶対に相容れない。なぜなら日本国は権力国家(統治権力組織)でも利益国家でもなく天皇を祭祀主と仰ぐ祭祀国家・信仰共同体であるからである。

現行占領憲法を改正するというのでは、國體隠蔽という根本的欠陥を是正することはできない。やはり、帝国憲法復元改正が正しいと信ずる。

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2007年11月11日 (日)

千駄木庵日乗十一月十一日

朝は、父のお世話。

午前十一時より、『古事記』の勉強会。終了後懇親会。

帰宅後は、諸雑務。

          ○

『古事記』冒頭には、「天地初發の時、高天原になりませる神の名は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)。次に高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、次に神産巣日神(かみむすびのかみ)。この三柱の神は、みな独神になりまして、身を隠したまひき」と示され、「天地の生成の本源神」たる天之御中主神の次に高御産巣日神、神産巣日神の名が示されてゐる。そして「この三柱の神は、みな独神になりまして、身を隠したまひき」と示されている。

「造化の三神」が「天地初發の時、高天原になりませる神」(天地宇宙の生成と共になりませる神)と仰がれてゐるのは、「造化の三神」が天地宇宙開闢以来天地宇宙と共に存在する神、天地宇宙の中心にまします根源神であるということである。

天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神の三神は、独神(ひとりがみ)すなわち“唯一神”であり、宇宙の根源神である。この「造化の三神」は、宇宙根源神・絶対神の「中心歸一」「多即一・一即多」「むすび」の原理を神の名として表現しており一体の御存在である。

天之御中主神は、天地宇宙の根源神であると共に八百萬の神々の「御親神」であられる。天之御中主神は、天地生成の根源神であられるが、「唯一絶対神」として他の神々をと対立しその存在を許さない神ではない。八百万の神と申し上げる天地の神々を包容される神である。

天之御中主神は、<一即多・多即一>の神であり、最高の根源神であるとともに萬物・萬生包容の神である。無限の可能性を有する大いなる宇宙主宰神・宇宙本源神が天之御中主神である。八百萬の神々は天之御中主神が無限の姿に現れ出られた神々である。

 闘爭戰爭絶え間なき現代において、日本的思惟である<中心歸一の原理><結びの原理>そして<多即一・一即多の原理>によって、分割する精神=神と人・神と被造物は絶対的に隔絶された関係にあり、人間などの被造物は神に支配され神に裁かれ神に復讐される存在であるという二元論を克服し、さらに唯一絶対神の排他独善性からも解放し、永遠の闘爭から人類を救済すべきである。

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2007年11月10日 (土)

千駄木庵日乗十一月十日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後三時より、目白の椿山荘にて、「「國體文化一千号記念祝賀会」開催。河本学嗣郎日本國體学会理事長が式辞を述べ、多くの方々が祝辞を述べ、盛宴が行われた。

帰宅後は諸雑務。

              ○

昨日、隼町のグランドアーク半蔵門にて開催された「集会・冤罪と国策捜査」における登壇者の発言を報告します。シンポジウム形式のため、どの発言はどなたが言ったのか確実にメモできませんでしたので、印象に残った発言のみを記します。詳しくは、「政治文化情報」で報告します。

「志布志事件冤罪事件の指揮を執ったのは、黒健治という志布志警察署長と磯部一信という県警捜査二課の警部。この二人は同期で、以前から二人で組んで事件を扱っていた。」

「中山信一県議は三九五日も拘留された。容疑を認めれば早く出すと言われたが、やっていない事を認めるわけにはいかなかった。」

「拘留期間を延ばすために、事件を一つずつ分けて二十一日拘留を繰り返す。」

「裁判所は安易に逮捕令状や家宅捜査令状を出し過ぎる。令状の自動販売機と揶揄される。検察・警察だけでなく裁判所にも問題あり。警察は令状を発行してくれる裁判官を選ぶ。家庭裁判所の裁判官に令状を出してもらうという手も使う。」

「取り調べは、連日、朝の八時から夜の十時頃まで行われた。妻が容疑を認めたという嘘をつかれた。弁護士からそんなことはないと言われて騙されないで済んだ。これは『切り違え』という手口。情報を遮断してお互いに相手は認めたと思い込ませて,自白をさせようとする。」

「留置場では番号で呼ばれる。肛門の穴まで調べられて、人格を否定される。」

「留置場は一時的に身体を拘束する所であって、未決の取り調べ期間は拘置所に拘留するのが原則。留置場だと日記やメモまで警察に把握され、人格までコントロールされる。代用監獄制度は、国連人権委員会から改善を勧告されている。」

「悪い事をする取調官は偽名を使う。」

「メディアは、事件を作り上げた張本人・黒健治志布志警察署長と磯部一信県警捜査二課警部、起訴した検事正の名前を公表すべきだ。」「三九五日の身柄拘束で失ったものは大きい。事件を捏造した黒健治志布志警察署長と磯部一信県警捜査二課警部は責任をとっていない。これまでの冤罪事件で捜査員が責任をとったことはない。警察という隠れ蓑の中で定年を迎えている。そういう仕組みが冤罪を生み出す。」

「取り調べの可視化が行われるべし。」

「この事件以降、鹿児島県警本部長は四人代ったが、『適正に捜査した』の一点張り。権力犯罪はきちんと罰すべし。」

「特捜部の捜査はすべて国策捜査。主任検事がシナリオを作り、それに沿った操作をする。」

「特捜部は、出過ぎ・やり過ぎ・儲け過ぎを狙う。特捜部は政治家を摘発するために存在する。」

「特捜部の検事は『俺が正義だ。悪い奴に人権なんか無い』という意識。被疑者の人権なんか頭の片隅にも無い。」

「特捜部は『国が滅びても正義を貫くべし』という意識。法務省上層部はそれでは困る。」

「若い主任検事は、経験豊富で年配の警察官に説得されると、押さえるのが難しい。鹿児島の事件も検事がだらしなかったから起きた。」

「刑事部の事件には良心が痛む事件は無い。特捜部の事件にはある。」

「警察官が起こした刑事事件は、かなりの確率で在宅起訴。判決も甘い。その理由は『公務員の地位を失って社会的制裁を受けた』というもの。この国は官僚国家。量刑に関しては警察官の犯罪は五割安。」

「警察の監察官室は、襟を正すためにあるのではなく、事件が広がるのを防ぐためにある。スケープゴートには天下り先まで準備する。」

            ○

私は、志布志冤罪事件の捜査の指揮をとった当時の稲葉一次県警本部長と黒健治という署長と磯部一信という警部の処分はあまりにも軽すぎると思う。冤罪により地獄の苦しみを味わった方々と同じ苦しみを味わうべきであると思う。刑事告発できないのだろうか。そうしないと冤罪事件は根絶できない。権力による犯罪ほど悪い犯罪は無いのである。

川路利良はその著『警察手眼』において、「行政警察は予防を以て本質とす」と言った。「事件を作り出す事を以て本質とす」とは言っていない。

また川路大警視は、「警察官の心は総て仁愛補助の外に出でざるべし」と言った。罪を犯していない人を罪に陥れることは、「仁愛補助の心」とは全く逆である。

さらに川路大警視は「警察官は人民の為には其依頼する勇強の保護人なり」と言った。人民の迫害者とは決して言っていない。

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千駄木庵日乗十一月九日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後二時より、千代田区隼町のグランドアーク半蔵門にて、「集会・冤罪と国策捜査」開催。

川端幸夫氏(志布志事件被害者)中山信一氏(同・鹿児島県議)青木理氏(ジャーナリスト)鳥越俊太郎氏(同)田中森一氏(弁護士・元東京地検特捜部)鷲見一雄氏(司法ジャーナリスト)宮崎学氏(作家)による討論が行われた。

帰宅後は、「政治文化情報」原稿執筆・完成。

            ○

「集会・冤罪と国策捜査」は実に勉強になりました。警察権力・検察権力の恐ろしさがよく分かりました。チェック機能を正しく働かせねばなりません。集会のことを詳しく書きたいのですが、原稿執筆に時間がかかり、いささか疲れましたので、明日以降にあらめて報告します。申し訳ありません。今日の会場が警察共済組合の施設であったというのは面白いことでした。

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2007年11月 9日 (金)

千駄木庵日乗十月八日

午前は、父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは、在宅して原稿執筆。

            ○

 日本人の伝統的な<ものの考え方><生活態度>の基本的特質は如何なるものであろうか。

 日本には、「以心伝心」という言葉があり、「言わず語らず心と心」という歌謡曲の歌詞もある通り、日本人は、ちょっとした言葉の端・さりげない態度物腰から、その人の言いたいこと・思っていることそして人柄や教養までも判断する。

 日本人は理屈でいくら説得されても、「駄目なものは駄目」「嫌なものは嫌」という態度を取ることが多い。「腑に落ちない」という言葉があるようにどんなにうまい理屈を並べられてもそれだけでは絶対に納得しないところがある。つまり頭で理解できても五臓六腑では納得できないのである。この場合の五臓六腑とは、<情念><感性>と言い換えても良いかもしれない。

 家族共同体的な結合・仲間関係があるからこのような日本人の特有の生活態度が成立するのである。そしてその仲間関係の基盤は古代から今日まで伝承されてきた農耕生活より発しているといわれる。

最近のいろいろな事件や騒動を見ていると、そうした日本の家族的結合・共同体精神が希薄になってきているように思える。

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2007年11月 8日 (木)

千駄木庵日乗十月七日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

その後はずっと在宅して、「政治文化情報」の原稿執筆。水戸学と明治維新について勉強し、書いています。

              ○

明治維新の歴史を勉強している時に、今日唯今の政界の大騒ぎを見ますと、何とも言いようのない虚しさというか、馬鹿馬鹿しさを感じます。

歴史の回顧の中に逃避してはならないということは分かっています。しかし、余りにも今の日本の政治家という人たちが、劣化していることに憤慨せざるを得ません。そして、幕末の国難の時期に命懸けで戦った人たち、国事を論じた思想家たちの人たちの立派さを思い知らされます。

内憂外患交々来ると言った状況は幕末期と今日の日本がよく似ているだけに、出たり引っ込んだり、口下手だ不器用だ東北人気質だとか言って己の行動の誤りを糊塗する人物を見ていると悲しくなります。第一、小沢氏の発言は、東北人に失礼です。政治家の劣化は自民党の政治家にも言えることです。小沢氏だけではありません。

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2007年11月 7日 (水)

千駄木庵日乗十月六日

午前は父のお世話。

午後は、「政治文化情報」の原稿執筆。

お昼は、知人と懇談。

午後六時より、文京シビックセンターにて、十一月十三日開催予定の「虚構の『軍命令・強制』説の復活を許さない!国民決起集会」の実行委員会開催。引き続き午後七時より「時局懇幹事会」開催。同志諸氏と討議。

帰宅後は、原稿執筆。

          ○

「駄々っ子」という言葉があります。小沢一郎さんにはまさにこの言葉がぴったりです。こういう人に引っかき回されている今の日本の政界というのは全く困ったものです。特に、こういう人を党首にしておかなければやっていけない民主党には、政権担当能力は無いと思います。駄々っ子のご機嫌を取っている鳩山由紀夫氏も気の毒です。前原・岡田・枝野各氏などは腹の中では相当怒っていると思います。

民主党は、思想信条が全く異なる人々の寄り合い所帯なのですから、一つの政党を形成していること自体間違っているのです。今回、民主党所属議員たちが小沢氏に党首留任を懇願したのも、小沢氏の思想信条に共鳴し、人格識見に惚れ込んだからではありません。小沢氏が党首でなければ選挙に負ける、そうすると自分たちが議席を失うと思っているからです。それだけのことです。ある民主党所属議員が民主党を「難民キャンプ」と評していました。本当にそうだと今更のように思います。

小沢氏はもともと自民党なのですから、チルドレンを引き連れて新党を結成して自民と連立を組んで、衆参両院のねじれ現象を解消した方が、政治の安定につながると思いますが、いかがでしょうか。小沢党首続投のままで民主党がこれからうまくいくとは思えません。やがて党内抗争が激化し、バラバラになるのではと思います。

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2007年11月 6日 (火)

千駄木庵日乗十月五日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、原稿執筆。完成。送付。

午後六時半より、春日の文京区民センターにて、『國體政治研究會』開催。村山實實心館合気道會會長が「武道の日本の傳統」をテーマにして講演し、

「二歳半くらいの幼児から八十歳くらいの人々に武道教育を行っている。實心・實行・實力を養う。人間としての本来の生き方を確実に成就することが必要。地位や名誉があっても卑しい人は卑しい。武道は徳性を開発するための手立て。

次代を背負う若い人に理屈ではなく相共に体を使って行うことによって同じ認識を持ってもらう。心身が統一調和した時、真我が発現する。武道を通じて国を愛し、歴史・伝統・文化を大切する心を養い、日本人としての誇りを植え付ける。

健康とは健体康心ということ。健康に基づいた思想でなければ世を乱す。知行合一が誠。

剣は三種神器の一つ。剣・玉・鏡の三つを奉戴している国は日本のみ。剣は人を殺戮するものではない。創造化育するのが武の根本。天体は宇宙靈性・神の肉体。『武道は人生なり、人生は武道なり』である。

日本は素晴らしい国であるということを幼児に教育しないかぎり日本の再生は無い。」

と語った。

この後、活発な質疑応答が行われた。終了後、講師を囲んで懇親会。

帰宅後は原稿執筆。

           ○

私は小学校の頃から、体育は苦手でした。武道を習う機会はありませんでした。したがって、文弱の徒の誹りを免れません。大変残念です。

私の小中学校時代の体育の授業では、バレーボールやバスケットボールは教わっても、柔道・剣道は全く教わりませんでした。すなわち戦後教育の正式科目では日本の伝統的武道は教えなかったということであります。教育荒廃を正すためには、村岡氏が説かれたような真の武道教育が大切であると思います。

戦後日本は、「平和国家」にならなければいけないということで、武とか軍というものを蔑ろにしてきました。自衛隊は憲法上、軍ではありません。防衛省はあっても国防省はありません。天皇陛下が自衛隊をご親閲されることもありません。

真の平和を護り真の平和を作り出すのは武であります。武の精神の復興は、祖国再生の基であると考えます。

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2007年11月 5日 (月)

千駄木庵日乗十月四日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後三時、品川プリンスホテルにて開かれた「ピュアーライフ七周年記念感謝祭」に出席。菅家一比古社長、久保田信之アジア太平洋交流学会代表などと懇談。

帰宅後は、「政治文化情報」原稿執筆の準備。水戸学と徳川慶喜のことについて書こうと思っております。

            ○

小沢一郎氏が民主党代表辞任の意向を表明した。「一体、小沢一郎という人は何を考えているのか」というのが率直な感想である。このまま対決路線を貫いて、総選挙に持ち込めば、政権奪取の可能性があったのに、自らそれをぶち壊してしまった。壊し屋の面目躍如と言ったところである。

 以前、民主党議員が「民主党はチャンスをピンチに変える」と言っていたが今回もまさにそうなった。

自民党の伊吹幹事長は「民主党は(連立政権協議の)反対論のるつぼで、小沢氏の憂国の情の芽を摘んでしまった」と述べたが、本当に小沢氏は憂国の情で今回の行動をとったのか。陰に大きな謀略というか、ある種の動きがあるように思えてならない。

小沢氏の政界遍歴は破壊と離脱の繰り返しだ。しかし、いくら「壊し屋」の異名をとるからと言って、参院選大勝によって現実味を帯びて来た政権奪取の道を自ら壊してしまうということは何んとも愚かなことである。

「小沢氏は、原理原則を定め、その実現のためには手段を選ばない」と言う人がいるが、私にはいまだに小沢氏の「原理原則」が何であるか分からない。彼に「原理原則」があるのなら、小沢氏を「悪魔」と罵った野中広務氏と手を握ることなどなかったに違いない。

今回の連立騒動の陰に元共産党にして歴史問題で祖国を貶め靖国神社問題で反日姿勢をとる「読売のドン」といわれるいかがわしい人物の動きがあったと伝えられる。また防衛利権問題も絡んでいるといわれる。

ともかく、日本の政治は益々おかしくなっていっているのである。何とかしなければならないと切歯扼腕するばかりである。

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2007年11月 4日 (日)

千駄木庵日乗十月三日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して、書状執筆・資料整理など。

          ○

現行占領憲法に、「天皇は日本国の象徴である」「主権は国民にある」などと規定されているので、「天皇は元首ではない。内閣総理大臣が元首だ」「日本は君主国ではない」などと主張する者がいる。

これはまったく誤った議論である。わが国の元首は天皇であり、日本は立憲君主国である。

皇居宮殿の「松の間」で行われた文化勲章親授式の模様が報道されていた。天皇陛下から受章者に橘の花に勾玉をあしらった文化勲章が親授された。福田康夫内閣総理大臣が天皇陛下のおそばに侍立していた。あの光景を見れば、日本国の君主・元首がどなたであるかは明白である。

國会において多数を制した勢力の長が内閣を組織するが、彼らは天皇の「親任」を得ることによってはじめて「内閣総理大臣」以下大臣としての地位につき國務を執行することができるのである。

天皇陛下は、神話の世界から今日まで連綿として日本国の君主であらせられるのである。日本は神話時代から天皇国なのである。こんな当たり前のことが分からない憲法学者を法匪という。

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2007年11月 3日 (土)

千駄木庵日乗十月二日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後、衆議院議員会館に同志議員訪問。懇談。親孝行の大切さ、党首会談、防衛利権問題などについて語り合った。

この後、日本橋高島屋にて開催中の「村上三島展」参観。村上三島氏は書家である。私はこの人のことはあまり知らなかったが、篆・隷・楷・行・草の各書体の文字を書く人で、文化勲章受章者である。一昨年逝去された。楷書・行書は美しい作品であったが、草書は達筆過ぎて、よく読めない文字が多かった。私は、書芸術というものは大切と思うが、文字というものは読めなければ話にならないとも思う。また、新仮名遣い当用漢字の作品があったのも気になった。

帰宅後は、書状執筆など。

            ○

福田総理と小沢民主党代表とが党首会談を行い「大連立」について話し合った。そもそも民主党が受け入れるはずのない「大連立」を何故、福田氏が持ち出したのか、また、小沢氏はすぐに拒否しないで、反対されることはわかりきっているのに、党に持ち帰ったのか、大きな謎である。

小沢という人は、壊し屋だとかいわれ、本人も「改革」を唱えてはいるが、その本質は、まさに旧態依然たる旧自民党体質なのだと思う。

小沢氏は権力掌握を最大の目標にしている人だから、これまでの彼の政治行動は策を弄しすぎ焦り過ぎてみな失敗してきた。今回も、せっかく参院で野党が過半数を取ったのに、自民党との連立に色気を見せた。これは民主党内の小沢氏への不信を増幅させ大失敗だと思う。

今回の騒動の裏には、何か大きな動きがあると思う。防衛省利権に絡むことかもしれないとも言われている。

わたしは、大連立よりも政界再編が行われるべきと思う。思想・理念・政策を同じくする人々によって政党は構成されるべきである。民主党に自民党よりも右の人がいて、自民党に民主党よりも左の人がいるなどということは全くおかしいのである。

乱暴な分け方かもしれないが、政党は、保守右派・保守左派・公明・旧社会・共産というように色分けされなければならない。また小選挙区制は日本の風土に合わないと思う。

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2007年11月 2日 (金)

千駄木庵日乗十一月一日

午前は、父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

お昼は、ある雑誌記者の方と懇談。

午後からは在宅して、原稿執筆・書状執筆など。

          ○

今日は、サトウハチローの「おかあさん」という詩集を読みました。

この世でこよなく美しきもの

そは花なり そは花なり

この世でこよなく美しき心

そは母なり そは母なり

花も母も 種となる実を愛す

こよなく愛す

かなしくも 愉しきかな」

「この世の中で一番

美しい名前 それはおかあさん

この世の中で一番

やさしい心 それはおかあさん

おかあさん おかあさん

悲しく愉しく また悲しく

なんども くりかえす

ああ おかあさん      」

という詩に特に感動しました。

小生も、今年八十七歳になる老いたる母がいます。介護度「一」ですが、お陰様でなんとか元気です。これからは、父と母に孝養をつくさねばならないと自覚しています。父母ありての私ですから当然のことです。ともかく、元気で一日でも長く生きてほしいということです。

石川啄木の

「たはむれに 母を背負ひて そのあまり 軽きに泣きて 三歩あゆまず」

という歌は、何時思い出しても涙が出る歌であります。

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