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2007年10月16日 (火)

千駄木庵日乗十月十六日

午前は、父の付き添いで病院へ。介護の方と共なり。

午後は、上野公園の東京藝術大学美術館で開催中の「岡倉天心ー藝術教育の歩み」展参観。岡倉天心を描いた絵画・彫刻、岡倉天心の美術に関する講義録、岡倉天心と関係の深かった高村光雲・横山大観・菱田春草・平櫛田中・下村寛山などの作品を見る。

岡倉天心は、芸大の前身である東京美術学校の創立に深く関わった人物で、日本近代美術の発展に多大な貢献をしたのみならず、日本文化を世界に紹介することにも大きな貢献をした人物である。東京美術学校長を辞した後、谷中に日本美術院を設立した。日本美術院の跡地は現在岡倉天心記念公園になっている。

私宅の近くなので時々訪れる。岡倉天心作詞の『日本美術院院歌』を横山大観が碑にして建てている。

「谷中うぐいす初音の血に染む紅梅花 堂々男子は死んでもよい 奇骨侠骨開落栄枯は何のその 堂々男子は死んでもよい 録天心先生作日本美術院院歌 大観」

と刻まれている。 美術学校の校歌とは思えないような意気盛んな歌詞であり、私も時々口ずさむ。この公園には、六角堂が建てられ、堂内には平櫛田中作の天心坐像が安置されている。

帰宅後は、諸雑務。

            ○

民主党の石井一氏が、公明党創価学会の政教一致問題について参院予算委員会で追及した。論旨はほとんど賛成である。しかし、公明党創価学会を政権内部に引き入れ細川政権を作ったのは小沢一郎氏であることを忘れてもらっては困る。小沢氏が自民党を脱党し、理念も思想も政策も全く異なる政党を野合させて細川内閣を作ってから、日本の政治が混迷した。小沢氏の責任は大きい。中曽根康弘氏は「禁じ手を使った」と小沢氏を批判した。

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