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2007年10月13日 (土)

千駄木庵日乗十月十二日

午前は父のお世話。訪問看護師と共なり。

午後は原稿執筆。

午後六時より、「九段下沙龍」開催。木村三浩一水会代表がスピーチし「大東亜戦争における戦没者はまだマリアナ海溝に眠っている。また満州・朝鮮半島にも多くの方々が眠っている。遺骨が収集できない。満洲の民衆の被害者意識を刺激するということが日中間の取り決め。ハルピンなどに遺族が行ってホテルの中で慰霊をしている。平成四年からロシアでは出来るようになった。朝鮮には七十数か所の日本人墓地があったが、今は移葬されて何処に移されたか分からない。北朝鮮では価値のないものという扱いを受けている可能性あり。日本政府は問い合わせを行っていない。満州・朝鮮での慰霊碑建立を日本政府は交渉すべし。今年二月、民族派の訪朝の話があった。拉致された人々の安否などについて進展があるのなら訪朝する価値はある。日本が開発し発展させた満州・朝鮮に対して今日の国際情勢の中でどういう位置付けをするのか。日本を愛し日本の文化伝統に誇りを持つ我々に何が出来るのか。満州は民衆レベルでは親日。日本人を『東洋の鬼』と言いながら残留孤児を育てた満洲の人々と、十五年戦争は日本の侵略だったのかどうかを話し合えれば良い。ベトナム独立戦争に二・二六事件に参画した将校と陸士同期の日本軍人が参加した。」などと語った。

この後、侃侃諤諤の討論そして懇談。

帰宅後も、原稿執筆。

             ○

渡部はま子さんの「いとしあの星」という大陸に渡った日本人の望郷の思いを主題にした歌に「いとしこの身は どこまでも 決めた心は 変りゃせぬ」「骨も命も この土地に みんな埋めよと 笑い顔」(サトウ・ハチロウ作詞)という歌詞がある。当時の日本人は大陸の土にになる覚悟で渡ったのである。

しかし、野ざらしになっているのならやはりわれわれ日本人の手できちんと埋葬し、慰霊碑を建立すべきである。

ただし、共産支那・北朝鮮の政治的思惑や対日謀略に利用されないように十分に注意しなければならない。

北朝鮮を訪問すると金日成の銅像に拝礼させられるという。とんでもないことである。朝鮮戦争で何十万という同胞を殺し、批判した人々多数を残忍な手段で投獄粛清し、何十万という自国民を飢餓と餓死に追い込んだ人物の銅像を拝むなどということは真っ平御免である。

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