« 千駄木庵日乗九月十三日 | トップページ | 千駄木庵日乗九月十五日 »

2007年9月15日 (土)

千駄木庵日乗九月十四日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、「政治文化情報」発送準備。

午後六時より、青山の大東会館にて、「時局戦略懇話会幹事會」開催。当面する諸課題について討議。

帰宅後も、発送準備。

            ○

西村眞悟氏はメールで安倍総理の辞任表明について次のような意見を述べられた。

『何故、安倍晋三は精神と肉体の限界を超えてしまったのか。それは、総理大臣として、自分の祖父の生きた時代を「誤り」と発言し、靖国神社への参拝を回避したからである。

この私の思いを冷笑するのが、近代合理主義であることはよく分かっている。しかし、ご自分の父親そして祖父を、人前で「間違ったことをしたやつだ」と公言して、読者諸兄姉は日々愉快ですか。さらに、その間違ったことをした者の子として孫として「生きる力」が湧いてきますか。理屈ではなく、まさに自分がそうすればどうなるかと思って頂きたい。安倍総理は、まさにそれをしたのだった。

 昨年秋、予算委員会における民主党の菅直人氏の「大東亜戦争開戦の詔書に大臣として署名している貴方の祖父の岸信介大臣の行為は正しいのか誤っているのか」との質問に対して、「誤っている」と孫の安倍総理は答えたのだった。私は愕然とした。祖父の存在とは当然ながら、自分が今ここに存在する命の連鎖のかけがえのない一つである。

 私は、とっさに、彼のために次のように言うべきだったと思い悔やんだ。「正しかったか間違っていたか、それは、歴史の評価に委ねられている。ただ、孫の私としては、あの祖父があの時に開戦の詔書に署名するという枢要な立場にいて歴史に名を刻んだことを誇りに思っている」

さらに、開戦が「誤り」だと発言した安倍総理は、靖国神社への参拝を回避したのだった。このことが、この度の辞任に至る淵源である。つまり、安倍総理は先祖と英霊のご加護を回避したということになる。

およそ人間は、物質的なこと合理的なことだけで説明できる存在ではない。チャーチルもドゴールもケネディーも、苦難に耐える使命感を母国の歴史と神秘の世界から得ていた。彼らは決して母国の歴史を誤っていたと公言はしない。むしろ、そこに自分を生かす霊を感じていたと思う。左翼や共産主義者や唯物論者でないのならば、洋の東西を問はず、之が人間としての政治家の素直でまっとうな姿であると思う。

しかし、我が国だけが、この精神の素直さを奪われている。そしてこの状況こそ、安倍総理がいう「戦後レジーム」そのものなのだ。従って彼は、この「戦後レジーム」に従って、祖父の行為を誤っていたと発言し、「戦後レジーム」に従って、靖国神社参拝を回避した。

つまり、「戦後レジーム」からの脱却を掲げた安倍総理は、「戦後レジーム」にしたがって精神の強さを失い、肉体を痛めたのである。 何たる皮肉か。』

全く同感である。やはり西村眞悟という人は、たいした人物である。これほどの深い歴史観・信仰精神を持つ政治家は現代日本では稀であろう。哲学を持っている政治家である。「先祖と英霊のご加護を回避」してしまっては、いかなる宗教・いかなる霊能者に頼っても駄目である。

福田氏は、今夜のテレビ番組で「靖国神社に参拝しない」と明言した。この人も、英霊のご加護を自ら拒否した。護国の英霊のご加護を受けられない人に日本国の総理になってもらっては困る。

ところで、今週の「週刊文春」に、「安倍氏がある宗教に凝っていて、安倍氏の重要な政治判断や人事もその宗教が大きな影響を与えていた」というような記事が載っていた。すべてが真実かどうかは分からないが、私も相当のキャリアを持ち知性も教養も人並み以上と思われる政治家が、霊能者・易者に色々相談をしている姿を実際にこの目で見たことがある。

人間は弱いものである。病苦・経済苦・精神的苦痛などに苛まれる。政治家は一般人以上にそういう苦悩が深いであろう。だから宗教や霊能者などに頼るのも分かる。私自身、信仰心は強いし、色々神仏に祈願することがある。

宗教は人を強くする。それは自爆テロを見て明らかである。そして凄惨な宗教戦争が続いているである。だから、宗教は怖いのである。「触らぬ神に祟りなし」とも言われるのだ。

しかし、神仏を敬い、先祖を尊ぶという信仰精神は絶対に大切である。敬神崇祖は、日本伝統精神の根幹であり、日本人の倫理観念の根底にあるものである。しかるに、「安倍総理は先祖と靖国神社のご祭神すなわち護国の英霊のご加護を回避した」のである。まことに残念であった。

まことに僭越な言い方であるが、安倍氏はまだ若いのだから、どうか立ち直ってもらいたい。このまま政治生命が絶たれてしまうのはまことに惜しい。立ち直ることが、今は亡き祖父君と父上の御霊に報いる道である。

|

« 千駄木庵日乗九月十三日 | トップページ | 千駄木庵日乗九月十五日 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/16450538

この記事へのトラックバック一覧です: 千駄木庵日乗九月十四日:

« 千駄木庵日乗九月十三日 | トップページ | 千駄木庵日乗九月十五日 »