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2007年8月19日 (日)

千駄木庵日乗八月十八日

朝、父のお世話。午前は、「政治文化情報」発送作業。午後、発送完了。購読者の皆様には月曜日にお届けできると思います。

その後、書状執筆など。

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「産経」の十七日の「正論」で、八木秀次氏は、「(アメリカ下院の謝罪要求決議や、支那による南京事件に関する日本非難の映画が作られるという状況下に於いて安倍内閣の閣僚が一人しか靖国神社に参拝しなかったのは)参拝反対の国内外の圧力に屈した形だ。少なくともそのようなメッセージを国際社会に発したことは間違いない。またもや安倍内閣は対応を誤ったようだ。」と論じ、「安倍首相は就任前、『一国の指導者が、その国のために殉じた人びとにたいして、尊崇の念を表するのは、どこの国でもおこなう行為である。また、その国の伝統や文化にのっとった祈り方があるのも、ごく自然なことであろう』(『美しい国へ』)と書いたほか、様々な場面で靖国神社参拝を約束していたではないか。英霊への公約でもあったはずだ。首相は最後の支持基盤をも失う間違った選択をしたのではないか。」と論じている。

まさに正論である。八木氏は安倍総理のブレーンの一人と言われてきた人物であるが、とうとう堪忍袋の緒を切ったのであろう。内閣総理大臣に、在野の我々と同じ立場に立て、同じ行動をしろと言うのは無理であることは分かっている。しかし、「靖国神社」に対する姿勢は、総理就任以前の主張を貫いてもらいたい。基本がぶれると他のことも余計おかしくなる。小泉前総理の歴史観は全く受け入れることが出来ないものであったが、年一回の靖国神社参拝は如何なる批判や妨害かあっても貫き通した。こういう姿勢が多くの国民の支持を得た。今からでも遅くはない。安倍氏には何としても靖国神社に参拝してもらいたい。それは政治権力行為ではないし、政策公約の実行という次元の問題ではない。八木氏の言う通り、英霊との「約束」である。そして何よりも日本国民としての踏み行うべき「道」なのである。

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