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2007年8月23日 (木)

千駄木庵日乗八月二十二日

起床後、林社長のご案内にて、林養魚場を見学。

その後、白河市南湖県立自然公園に鎮座する南湖神社に参拝。御祭神は、白河藩主・松平定信公(白河楽翁公。江戸後期の白河藩主。御三卿の一つである田安家に生まれる。父は田安宗武、祖父は八代将軍・徳川吉宗。老中となって、財政の整理、風俗の匡正、文武の奨励、士気の鼓舞、倹約を実施して寛政の改革を実行。御創建は大正十一年六月十一日。

松平定信の父・田安宗武は、荷田在満や賀茂真淵から国学を学び、「天降言(あもりごと)」という歌集もあり、有職故実に関する著書ものこした。徳川吉宗も歴代将軍の中では尊皇精神が旺盛の人であった。父及び祖父の影響を受けてか、松平定信は尊皇精神篤く、天明八年十月に第十一代将軍家斉に奉った上書で「六十余州は禁庭より御あづかり遊ばされ候御事に御座候へば、仮初にも御自身の物とはおぼし召され間敷候御事に御座候」と論じた。

戦前の「小学国史教師用書」には「天明京都の大火に禁裏・仙洞の烏有に歸するや、家齊は松平定信を奉行としてこれが造營に當らしむ。定信素より尊朝の志篤く、古制を調べ故實を尋ねて、力めて王朝宮室の規模に復せんとせしに、奉公の至誠遂に空しからず、紫宸・清涼の両殿を始め、殿舎門廡悉く古制に則りて竣功し、至尊の叡感斜ならず、御製の詩歌を將軍に賜ひ、將軍また感激措く能はざりしが如き、いづれも尊朝の美績ならざるなし。」と記されている。

尊王の大義は江戸期の武家政治体制下に於いてもすたれることはなかったのである。

定信が築庭した日本最古の公園といわれる「南湖」をめぐる。

新幹線で帰京。林慎平氏の御厚志に感謝します。

         ○

河野洋平衆院議長に対する批判の声が高まりつつあります。当然のことです。

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