千駄木庵日乗八月三十日
午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。 昼、同志の事務所訪問。懇談。 帰宅後は、原稿執筆など。 ○ 今日訪問した同志事務所で、支那大陸から来日している方と話し合いました。私が支那大陸を訪問した時のことを話しました。私が大陸に行ったのは、文革が終わり、天安門事件が起こる前で、ちょうど、民主化が進行している時でした。石平氏が「最も良き時代だった」と言っておられる時期です。庶民大衆はみな明るい顔をしていました。 その時の旅行で印象に残ったのは、百万ドルの夜景といわれる香港から広州に入ったのですが、ネオンサインがなくなり、真っ暗な街に来たということです。そしてその暗い町を多くの人々がぞろぞろ歩いていました。 広州から北京へ国内線で行ったのですが、広州と北京とでは全く雰囲気が異なり、歩いている人の背が高く、表情も厳しく、気候も寒く、別の國に来たように思いました。 飛行機が遅れて真夜中に着いたのですが、飛行場からタクシーで北京市内に入ろうとしたら、銃を持った警官か兵士の臨検を受けました。カービン銃か何かを突き付けられました。パスポートを見せたら、態度が変わり、「どうぞ」と言って通行を許可しました。 翌日、鄧小平がよく来るという北京ダックの店に行きました。我々はデパートで買った人民服を着ていたのですが、受付の人が「お前たちの来るところではない。帰れ」と言いました。我々がパスポートを見せたら、「失礼しました。どうぞ」と言って中に入れてくれました。人民平等の社会というのは全く嘘でした。 パスポートを見せると全く待遇が変わることを体験し、水戸黄門になったような気分でした。まだまだ色々面白い体験をしましたが、また機会をあらためて書いてみたいと思います。
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