« 千駄木庵日乗八月二十六日 | トップページ | 千駄木庵日乗五月二十八日 »

2007年8月28日 (火)

千駄木庵日乗五月二十七日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは、在宅して原稿執筆。送付。

          ○

原稿を書いていて、今さらながら次のようなことを考えた。「政教分離」とはある特定の教団宗教が政治権力を掌握してはならないという原則である。この政教分離の原則は西洋の宗教戦争や政治権力による宗教弾圧の経験から生まれたものである。ゆえに、我が國の伝統信仰とは全く異なる次元の原則なのである。我が國の國家危急の際に命を捧げた人々を、敬神崇祖の我が國の伝統精神に基づいてお祀りする靖國神社への内閣総理大臣の公式参拝あるいは公的機関の玉串奉奠を、西洋の宗教戦争から生まれた「政教分離」の原則にあてはめて禁止するなどということは、全く誤っている。

我が國伝統信仰=神道はまことに大らかにして包容力旺盛な信仰である。それは我が國伝統信仰が國民生活の中から自然に生まれてきた信仰精神であるからである。だからこそ、神道の祭り主であらせられる日本天皇は、仏教や儒教をも尊ばれた。我が國において仏教典を講義され、仏教寺院を建立されたのは、聖徳太子であられる。聖武天皇は、日本仏教の中心寺院として東大寺を建立され、さらに全國に國分寺・國分尼寺を建立された。我が國において仏教は、皇室を通して広まったと言っていいのである。そして日本伝統信仰は外来仏教や儒教を大らかに融合してきた。今日「政教分離」の原則とやらをやかましく言い立てて、日本伝統信仰=神社神道を排斥する勢力こそ、キリスト教・創価学會・浄土真宗の一部そして共産主義者というような排他独善の教義・思想を信ずる者共なのである。

|

« 千駄木庵日乗八月二十六日 | トップページ | 千駄木庵日乗五月二十八日 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/16262991

この記事へのトラックバック一覧です: 千駄木庵日乗五月二十七日:

« 千駄木庵日乗八月二十六日 | トップページ | 千駄木庵日乗五月二十八日 »