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2007年8月31日 (金)

千駄木庵日乗八月三十日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

昼、同志の事務所訪問。懇談。

帰宅後は、原稿執筆など。

           ○

今日訪問した同志事務所で、支那大陸から来日している方と話し合いました。私が支那大陸を訪問した時のことを話しました。私が大陸に行ったのは、文革が終わり、天安門事件が起こる前で、ちょうど、民主化が進行している時でした。石平氏が「最も良き時代だった」と言っておられる時期です。庶民大衆はみな明るい顔をしていました。

その時の旅行で印象に残ったのは、百万ドルの夜景といわれる香港から広州に入ったのですが、ネオンサインがなくなり、真っ暗な街に来たということです。そしてその暗い町を多くの人々がぞろぞろ歩いていました。

広州から北京へ国内線で行ったのですが、広州と北京とでは全く雰囲気が異なり、歩いている人の背が高く、表情も厳しく、気候も寒く、別の國に来たように思いました。

飛行機が遅れて真夜中に着いたのですが、飛行場からタクシーで北京市内に入ろうとしたら、銃を持った警官か兵士の臨検を受けました。カービン銃か何かを突き付けられました。パスポートを見せたら、態度が変わり、「どうぞ」と言って通行を許可しました。

翌日、鄧小平がよく来るという北京ダックの店に行きました。我々はデパートで買った人民服を着ていたのですが、受付の人が「お前たちの来るところではない。帰れ」と言いました。我々がパスポートを見せたら、「失礼しました。どうぞ」と言って中に入れてくれました。人民平等の社会というのは全く嘘でした。

パスポートを見せると全く待遇が変わることを体験し、水戸黄門になったような気分でした。まだまだ色々面白い体験をしましたが、また機会をあらためて書いてみたいと思います。

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2007年8月30日 (木)

千駄木庵日乗八月二十九日

午前は、父のお世話。訪問看護師の方と共なり。そして、今後の介護について看護師・介護士の方と相談。

午後は、六本木の国立新美術館にて開催中の「日展一〇〇年」展参観。竹内栖鳳・下村観山・上村松園・朝倉文夫・鏑木清方・児玉希望・北村西望・橋本関雪・横山大観・伊藤深水・堅山南風・上條信山・豊道春海・手島右卿などの絵画・彫刻・書・工芸品などを見る。ここに書いた作者の作品が印象に残りました。朝倉文夫の墓守という作品は、私宅近くの谷中にある朝倉彫塑館に常時展示されているもので、大変親しく感じました。児玉希望は私宅の前の坂(大給坂と言います)を上がった先のお屋敷町(旧駒込林町)に住んでいた人です。なかなか素晴らしい和風建築の屋敷だったのですが、今はその家も取り壊されました。駒込林町には、高村光雲・高村光太郎・宮本百合子顕治夫妻などが住んでいました。政治家では大平正芳も住んでいました。旧内務省の官舎もありました。内務省警保局長の官舎が宮本顕治の家の真ん前にあったのです。書家の手島右卿の息子さんは、ある宗教団体の道場でよくお会いしました。今はその教団の最高幹部になっているはずです。この展覧会には、高村光太郎・野口弥太郎・林武・岡本太郎の作品がなかったのを不思議に思いました。100年にわたり開催されてきた文展、帝展、新文展、そして日展の出品作の中から、物故作家に限定し、日本画、洋画、彫刻、工芸、書の各部門の優品を選んで展示したとのことです。この人たちは出品しなかったのでしょう。また、展示作品もそれぞれの作家の初期のものが多かったようでした。だから少し物足りなく感じたのも事実です。

帰宅後は、原稿執筆。小生の萬葉集講義のテープおこしです。テープおこしは書くよりも大変な場合があります。

いくらか涼しくなってきました。皆様お体を大切に。

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2007年8月29日 (水)

千駄木庵日乗五月二十八日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。午後からは書状及び原稿執筆。

             ○

戦後日本の復興を主導した政治家は、吉田茂氏と岸信介氏である。もちろんこの二人にも批判すべき点はあった。しかし、戦後歴代の総理の中で私はこの二人は高く評価したい。尊皇・真正保守の立場であったことは確かである。この二人の孫でありその政治姿勢・思想・理念も祖父たちのそれを継承している政治家が今日、総理および自民党幹事長として手を携えてこの難局に当たろうとしている。そして、

『産経新聞』(八月二八日)は、「『ライバル同士なのになぜ馬が合うのか』と周囲がいぶかしむと、麻生はこう説明した。『おれと安倍の政治信条や国家観はほとんど一緒だ。ついでに敵も一緒だ。ケンカしようがないじゃないか』麻生のいう『敵』が、元幹事長の加藤紘一や元副総裁の山崎拓らを指すことは明白だ。つまり、安倍が『安倍-麻生』体制を選んだということは、政権の求心力が低下しているこの時期に、あえて『敵に対して妥協しない』という意思を示したともいえる」と書いている。

この記事が百パーセント本当なら、安倍・麻生両氏は、徹底した媚中派嫌いということである。河野・加藤・山崎というような共産支那・北朝鮮におべっかを使うような政治家に敵対する安倍・麻生体制は、今の自民党ではベストの体制と言えると思う。ただし戦後体制下の今の政治の中ではということである。

自民党内の反日政治家も悪いが、民主党も危険である。問題は、どうやって壊し屋=小沢民主党の破壊活動を防止するかである。安倍・麻生両氏に平沼氏が加わって、似非保守・媚中政治家を排除した真正保守政治を確立してもらいたい。あいまい戦略では支持を失う。その反省が安倍氏になければならない。

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2007年8月28日 (火)

千駄木庵日乗五月二十七日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは、在宅して原稿執筆。送付。

          ○

原稿を書いていて、今さらながら次のようなことを考えた。「政教分離」とはある特定の教団宗教が政治権力を掌握してはならないという原則である。この政教分離の原則は西洋の宗教戦争や政治権力による宗教弾圧の経験から生まれたものである。ゆえに、我が國の伝統信仰とは全く異なる次元の原則なのである。我が國の國家危急の際に命を捧げた人々を、敬神崇祖の我が國の伝統精神に基づいてお祀りする靖國神社への内閣総理大臣の公式参拝あるいは公的機関の玉串奉奠を、西洋の宗教戦争から生まれた「政教分離」の原則にあてはめて禁止するなどということは、全く誤っている。

我が國伝統信仰=神道はまことに大らかにして包容力旺盛な信仰である。それは我が國伝統信仰が國民生活の中から自然に生まれてきた信仰精神であるからである。だからこそ、神道の祭り主であらせられる日本天皇は、仏教や儒教をも尊ばれた。我が國において仏教典を講義され、仏教寺院を建立されたのは、聖徳太子であられる。聖武天皇は、日本仏教の中心寺院として東大寺を建立され、さらに全國に國分寺・國分尼寺を建立された。我が國において仏教は、皇室を通して広まったと言っていいのである。そして日本伝統信仰は外来仏教や儒教を大らかに融合してきた。今日「政教分離」の原則とやらをやかましく言い立てて、日本伝統信仰=神社神道を排斥する勢力こそ、キリスト教・創価学會・浄土真宗の一部そして共産主義者というような排他独善の教義・思想を信ずる者共なのである。

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2007年8月27日 (月)

千駄木庵日乗八月二十六日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後二時より、春日の文京区民センターにて、アジア安保フォーラム・台湾安保協会共催「黄昭堂氏・台湾総統選挙について講演会」開催。

宗像隆幸氏「来年三月二二日の総統選挙は台湾の命運を分かつ重大選挙。国民党が負ければ、国民党は統一派と本土派に分裂。そして民進党と国民党本土派が手を結び、立法院で多数を占める。国民党が勝てば、統一派は中共と第三次合作をする。台湾という国が存続するか否かの分かれ道。総統はなかり大きな権限を持っている。本当の改革をやろうと思えば、最初の半年・一年が大事。陳水扁総統は就任直後から、中華民国体制打倒のために中華民国憲法を変えるべきだった。絶対にしなければならないことは国名変革。それを実行しないと、中国から見れば中華民国は反乱団体ということになり、武力行使を正当化する。自分たちの憲法を持つことがデモクラシーの基本。アメリカが中華民国憲法の廃止に反対したら、『デモクラシーの基本を否定するのか』と反論すべし。台湾独立とは中華民国体制からの独立。中華民国憲法からの独立。自分たちの憲法を作るべし」。

黄昭堂台湾独立建国連盟主席「総統選挙の二か月前の立法院選挙も大事。選挙は金がものを言う。『金を貰うのは良い、金を貰ったら票を入れないと悪い』という風潮。お金で票を買う。国民党の選挙基盤はまだ強い。地方のボスを手なずけている。民進党はこれが足りない。国民党資産は数兆円ある。戦争直後、日本から没収した資産を自分たちのものにした。李登輝氏も総統になって初めて国民党の資産がどれくらいあるかを知った。台湾の民主化は始まったばかり。民進党が勝ったのは、理念が有権者の胸を打ったから。しかし人材が追い付かない。国会議員になっても何を質問していいか分からない。日本の大臣が就任記者会見で『これから勉強します』と言うのと同じ。エスニックグループの意識はどんどん減りつつある。エスニックグループの対立は蒋介石についてきた人たちが特権を振るったから。今は融合された社会になった。蒋介石の孫の息子も、『私は台湾人だ』と言った。国立政治大学の調査では、『私は中国人ではなくて台湾人だ』と言う人が六〇%。『私は中国人であって台湾人ではない』と言う人が五%。台湾人意識の向上は李登輝・陳水扁政権の成果。馬英九はかっこいい・ハンサムだけで人気がある。八年間の台湾市長時代に何もしなかった。軽佻浮薄で決断力・能力なし。謝張廷も馬英九も独立と統一問題を争点にしたくない。しかしそれが争点になる。国民党は『終局的には統一を図る』というのが基本綱領。民進党はそれを追い詰める。謝張廷には反日の素地はない。馬英九はハーバート大学で尖閣問題のリーダーだった。かつて駐日代表をしていた許水徳さんは『裁判所は国民党が経営している』と言った。司法の独立は無理。『汚職をしていない裁判官はいない』と言ったら、『五十%はいる』と反論された。軍は国民化されている。少将以下は台湾の軍と思っている。多くの人が台湾はすでに独立国家だと思っている。民進党や李登輝がそういう考え方なので感覚のずれがある。しかし台湾は独立していない。蒋時代は一つの中国を主張する二つの政府、李登輝時代は二つの中国、陳水扁時代の今年になってようやく台湾名での国連加盟申請を行ったので一つの中国・一つの台湾になった。青天白日旗を見ると腹が立つ。」

今日の講演を聞いていて昔、赤尾敏先生に「台湾独立についてどう思われますか」と伺ったら、「台湾は立派に独立しているではないか。蒋介石政権に反対するのは中共を利する」答えられたのを思い出した。「台湾独立とは一体どういうことか」という定義が問題である。台湾独立の定義・概念は、台湾人の台湾建設につきると思う。今日台湾はいまだに「中華民国」を名乗り「中華民国憲法」を持っている。これでは真の独立とは言えない。それどころか、共産支那の武力侵攻に「国内問題だ」という正当性を与えてしまう。今台湾に生活している二千万人の人々の運命共同意識が台湾の民族意識ということになろう。台湾国内のエスニックの対立が融合の方向にあるのは良いことである。しかし、支那大陸に呑み込まれてしまうことを台湾人が望むとはとても思えない。事実、台湾人意識の方が支那人意識より圧倒的に強い。台湾が独立をすることによって、支那の台湾併吞を防ぐことが出来るのである。やはり台湾独立が正義である。

帰宅後は、原稿執筆。

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2007年8月26日 (日)

千駄木庵日乗八月二十五日

午前は、父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、上野の東京国立博物館平成館で開催中の「京都五山禅の文化展」参観。

京都五山とは、京都の臨済禅宗の寺格のことで、南禅寺を別格とし、天龍寺・相国寺・建仁寺・東福寺・萬壽寺の五寺のこと。禅宗は足利将軍家によって支援され、かつ、京都五山は支那文化輸入の拠点ともなった。無本覚心座像・禅院額字・元亨釈書・無関普問座像・十一面観音菩薩座像などが展示されていた。こういう展覧会で展示されている人物像には、どこかで会ったことがある人に似ている像がある。今回も然りで、私が小さい頃よく行った古本屋のおやじさんにそっくりな僧侶像があった。禅宗は内在の仏を修行によって磨きだすということを主眼とするので、仏像・仏画はあまり拝まないと思っていたらさにあらず、多くの仏像仏画が展示されていた。やはり観世音菩薩像が多かった。日本人はよほど観世音菩薩への信仰が篤いのであろう。私も毎日観世音菩薩像にお経をあげています。

帰宅後は、書状及び原稿執筆。

             ○

小池百合子さんが「イージス艦情報流出などの情報漏洩について、けじめをつけたいので防衛大臣を続投しない」と表明しました。何ともおかしな話です。警察官僚を事務次官にする人事が受け入れられなかったことへの腹いせと、国会での追及回避のためだと思います。そもそも情報漏洩は小池氏就任以前の問題です。彼女が責任を取る必要はありません。また、防衛省に情報漏洩の不祥事があったから、防衛省生え抜きの官僚を次官にしないというのもおかしな話です。それでは、今日唯今のとどまることを知らないくらいに起こっている警察不祥事に対して、警察官僚は一体責任をとったでしょうか。全くとっていません。何故防衛省官僚のみを問題にするのでしょうか。防衛省の次官に警察庁からの出向者を充てるのなら、警察庁長官にも防衛省からの出向者を充てるべきです。警察庁は猛反発するでしょう。

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2007年8月25日 (土)

千駄木庵日乗五月二十四日

午前は、父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、知人宅訪問など。

夕刻、根津神社参拝。夕暮れの神域はとても美しく清浄でした。

帰宅後は、書状執筆など。

           ○

今日書いたある大先輩への手紙を掲載します。

「貴簡拝誦致しました。なかなか難しい事柄でありまして、小生には快刀乱麻を断つがごときお答えを申し上げることはできません。

蒋介石はやはりそれなりの人物であったと思います。全く否定すべき人物とは思いません。日本に留学し、日本精神を学び、帰国して国民革命に従事し、「祖国統一」を曲がりなりにも成し遂げたことは評価しなければならいと思います。

私が高校生の頃、テレビで御手洗辰雄氏が蒋介石と対談をしているのを見ました。御手洗氏が「以徳報怨の精神で日本兵を早期に帰国させて下ったことに感謝する」と言いましたら、蒋介石は「それは私が日本の留学した時に学んだ日本武士道精神に基づいて行ったことです。あなた方が感謝すべきは私に対してではなく、日本武士道精神に対してです」と答えました。私はこれに大変感動しました。

しかし、彼もまた、支那権力者の悪しき体質を背負った人物でありまして、敵対する者、反逆する者に対しては、これを残虐なる手段で殺戮したのであります。支那権力者のそういう体質は、毛沢東・鄧小平も全く同質であります。歴史問題においては、蒋介石に対しては「是は是、非は非」として評価しなければならないと存じます。

台湾人は、明治陛下の御製に「新高の山のふもとの民草」と歌われておりますように、かつては、天皇の民であり、帝国臣民でありました。また今日は東亜同胞であります。私は台湾人に対して、無上の親近感と敬意と感謝の念を持っています。

その台湾人数万人を虐殺したのが、蒋介石国民党の軍隊であります。台湾人は、台湾にやって来た支那人・国民党の暴虐と圧政に抗し、大和魂を奮い立たせて、支那人と戦い、虐殺されたのであります。それが二・二八事件の本質であります。私は、台湾独立が正義であると信じます。

現在および将来の日台関係とアジア情勢を考えます時、日台の絆は、政治・軍事・文化・経済などあらゆる面で強固なものにしなければなりません。

以上、明確なるお答えに決まったくなりませんが、小生の思う所を書かせて頂きました。どうかお許し下さいませ。」

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2007年8月24日 (金)

千駄木庵日乗八月二十三日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、諸雑務。夕刻、知人と懇談。

帰宅後、資料整理。

          ○

中華航空機の炎上事故の報道で異様に思ったのは、他の新聞やテレビはほとんど「中華航空」と報道しているのに、NHKのみは何故か「チャイナエアライン」と言っていることです。正式名称は「中華航空」であるはずなのになぜ英語の名称を報道するのかわかりません。共産支那への慮りでしょうか。それにしては、彼の偏向朝日ですら「中華航空」と報道しています。

国家を代表する航空会社の名称が、「中華」を呼称することは全くおかしいと思います。台湾は今陳水扁政権で、独立を志向しているはずです。また「正名運動」というのも行われています。台湾の公的な場で使用されている「中国」「中華」という呼称を「台湾」へ置き換え、台湾の存在を「中国の一部ではなく独立した国家である」ということを正しく闡明する運動です。「名は体を表す」という言葉があります。「名はそのものの実体を言い表している。名と実体は相応じる。」というほどの意ですが、「中華航空」も一刻も早く「台湾航空」に改められるべきです。もっとも、陳水扁政権下でも、国号はいまだに「中華民国」ですし、憲法も「中華民国憲法」なのですから、この二つを改めることが先なのかもしれません。

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2007年8月23日 (木)

千駄木庵日乗八月二十二日

起床後、林社長のご案内にて、林養魚場を見学。

その後、白河市南湖県立自然公園に鎮座する南湖神社に参拝。御祭神は、白河藩主・松平定信公(白河楽翁公。江戸後期の白河藩主。御三卿の一つである田安家に生まれる。父は田安宗武、祖父は八代将軍・徳川吉宗。老中となって、財政の整理、風俗の匡正、文武の奨励、士気の鼓舞、倹約を実施して寛政の改革を実行。御創建は大正十一年六月十一日。

松平定信の父・田安宗武は、荷田在満や賀茂真淵から国学を学び、「天降言(あもりごと)」という歌集もあり、有職故実に関する著書ものこした。徳川吉宗も歴代将軍の中では尊皇精神が旺盛の人であった。父及び祖父の影響を受けてか、松平定信は尊皇精神篤く、天明八年十月に第十一代将軍家斉に奉った上書で「六十余州は禁庭より御あづかり遊ばされ候御事に御座候へば、仮初にも御自身の物とはおぼし召され間敷候御事に御座候」と論じた。

戦前の「小学国史教師用書」には「天明京都の大火に禁裏・仙洞の烏有に歸するや、家齊は松平定信を奉行としてこれが造營に當らしむ。定信素より尊朝の志篤く、古制を調べ故實を尋ねて、力めて王朝宮室の規模に復せんとせしに、奉公の至誠遂に空しからず、紫宸・清涼の両殿を始め、殿舎門廡悉く古制に則りて竣功し、至尊の叡感斜ならず、御製の詩歌を將軍に賜ひ、將軍また感激措く能はざりしが如き、いづれも尊朝の美績ならざるなし。」と記されている。

尊王の大義は江戸期の武家政治体制下に於いてもすたれることはなかったのである。

定信が築庭した日本最古の公園といわれる「南湖」をめぐる。

新幹線で帰京。林慎平氏の御厚志に感謝します。

         ○

河野洋平衆院議長に対する批判の声が高まりつつあります。当然のことです。

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千駄木庵日乗蜂八月二十一日

午前は、父の付き添いで病院に赴く。今後の治療について医師の話を聞く。

午後、東北新幹線で新白河へ。林養魚場の林慎平社長の出迎えをいただき、林養魚場へ。しばらく林氏と懇談。

午後七時より、勉強会開催。小生が、「維新の道統と現代の変革」をテーマにして講話。全員で討論の後、懇親会。

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2007年8月21日 (火)

千駄木庵日乗八月二十日

午前は、父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後十二時より、赤坂の日本財団ビルにて、「東京財団政策懇談会」開催。菅原琢東京大学先端科学技術研究センター特任准教授が「参院選選挙分析報告」を行い、「参院選前後に三回にわたり二千名を対象としてネット調査を行った。国の財政悪化で国と地方をつなぐ自民党まパイプが細り不祥事の追い風もあり一人区で民主党が一気に支持を伸ばした。一人区が「振り子県」として自民・民主の主戦場になりつつある。当選者が与野党で頻繁に交代する。ちょっとした風で一挙に結果が変る。民主党の支持が伸びたから一人区で勝ったわけではない。選挙協力と候補者の資質と敵失で票が伸びた。自民の比例区得票率は八九年以降三割弱が基本であり、今回の二八%の得票率は自民の実力通りの結果。自民の基盤が弱くなったのではない。今回の結果は自民党へのお灸であり、不満表明。継続的な批判票ではない。しかし自民党から離れてしまった有権者もいる。造反者と離反者とは異なる。自民が小泉時代に獲得した若年層の支持者が離れつつある。自民が離反者・造反者の支持を取り戻すには、年金・格差など関心が高く解決が難しい問題を処理すべし。参院の過半数を利用して政権担当能力の腕を試す場所を与えられた民主党は有利。衆院選も野党協力を進める必要がある。」と語った。

小生が、先端科学技術を駆使して参院選選挙分析を行ったうえで、参議院は必要だと思うか」と質問したのに対して、菅原氏は、「参院があることで参院選挙がある。それだけ民意を示す機会があるということ。有権者がものを申す場所がある。政治が動きやすくなる。」と答えました。国会議員には給料・通信費・交通費・事務所代・宿舎代など一人一億円も金がかかるそうです。私は、参院は廃止するか大幅に人数を減らすべきだと思います莫大な金のかかる選挙をするより、公的な機関が厳正に世論調査をしたり、ある事柄については国民投票をしたりして民意を問えばいいと思いますが如何でしようか。

帰宅後は、諸雑務。

            ○

今日は同志にして畏友・村田春樹氏から極めて重要なメールをいただきましたので紹介します。

815日、政府主催の全国戦没者追悼式に初めて出席しました

私は幸か不幸か遺族ではないのですが某ルートで出席の権利を得ました。ご出席したことがない方も多いと思いますので以下簡単に報告します。

(中略)

私は朝7時から九段下で外国人参政権反対のビラ配り署名をしており11時に着替えて汗を拭き拭き会場へ。

開式前暗かった会場が開式直前に極めて明るくなり場内を見ると殆どの参加者が扇子で涼を取っていました。

両陛下が御臨場になっても扇子は止まないと危惧したのですががそれはさすがになかった。

但し総理大臣以下の話の時は扇子着帽が散見されました。壇上に向かって左より総理大臣以下顕臣が入場すると安倍首相・小泉前首相のみ拍手が湧きました。

一同起立して両陛下をお迎え。さすがにしわぶき一つなし。国歌斉唱、東京芸大のオーケストラの伴奏。涙が流れました国旗国歌法が成立するまではこれもなかったそうだ。

意外だったのは壇が低く、2階席の最前列の私からは着席の両陛下が見下せること、戦没者の霊 とある靈標柱も見下せることです。

内閣総理大臣式辞はまあまあでしたがその後の河野衆院議長の挨拶には息を呑みました。

ご承知と思いますが自虐史観丸出しのひどいものでしたが、まさに安倍首相に対し宣戦布告したと聞こえたのは私だけでなく参加者全員だと思います。

そして自虐派の勝利の雄叫びでした。

「(日本国民は)海外での武力行使を自ら禁じた『日本国憲法』に象徴される新しいレジーム(体制)を選択して今日まで歩んできた」

まさに「安倍よ!お前のやろうとして来たことは絶対にやらせないぞ!」と言わんばかりで

聞いていて愕然としました。

「日本軍の一部による非人道的な行為によって人権を侵害され、今なお苦しんでおられる方々に、心からなる謝罪とお見舞いを申し上げる」

「従軍慰安婦も南京も事実だよ!河野談話を見直すなんてじジャリが騒いでいるが絶対に見直しなんかするかい!」と言わんばかりで、私はこういう場でこんな政治的な挑戦状を叩きつけて良いのか我が耳を疑いました。

喋り方がまさに挑戦と勝利の雄叫びそのものでした。

両陛下もさぞ驚かれたと拝察します。

そして極めて重要なことですが雄叫び終わって壇を下りるときに立ち止まって両陛下に向かって一礼するのを忘れかけたのです!

ほんの一瞬のことでしたが私は見逃しませんでした。半歩ですが礼をする位置を通過してしまい慌てて引き返したのです。

言いたいことを叫んで興奮して忘れてしまったのか。もとより両陛下に対しての敬意など全く持ちあわせていないからなのか。おそらく両方だと思います。本当に心底許せない男です、河野は。

三島由紀夫氏の小説「奔馬」の主人公が伊勢参拝の政治家が誤って榊を尻にひいてしまいそれを聞いてその政治家の暗殺を決意したことを想起しました。(とはいうものの私は何もできませんが)

続く参院議長江田五月の挨拶も似たようなものでしたが河野の興奮した雄叫びとは違い淡々としたものでした(内容は許せないものですが)

さて最後の献花ですがオーケストラが荘厳な曲を演奏するのですが私はなぜか違和感を感じました。そして脳内に閃いたのです。

「この壇上この零標柱には軍人軍属はのみたまはいない!」

と直感したのでした。

なお両陛下の先導役を勤めた柳沢厚生労働大臣は緊張しきってかちかちになって顔面紅潮しておりそれはそれで好感持てるものでした(河野に比べればはるかに良い)。

日本はいまなおGHQに占領され続けてることを再度痛感した次第です。

武道館を出て昼食後ビラ配り署名活動に戻りました。以上報告終わります。』

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2007年8月20日 (月)

千駄木庵日乗八月十九日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは書状執筆など。

               ○

今日書いたある宗教家の方への小生の手紙を掲載します。

「残暑お見舞い申し上げます。

何時も大変お世話に相成っております。

さて、この度はお心にかけて頂き、貴重なる御論考をお送りいただき感謝に堪えません。厚く御礼申し上げます。

経済の事は全く素人でよくわかりません。「働かざる者食うべからず」が鉄則だと思いますが、啄木の歌ではありませんが、働いても食えない人が多く存在する世の中であってはならないと思います。

裁判制度は、裁判官に法律の知識があるだけで世の中の実際をあまり理解していない人が多いことが大きな問題だと思います。そこに裁判員制度導入が行われる所以があるのでしょうが、果たして成果があがるかどうか、結果を見なければ分りません。

大学の粗製乱造も問題です。これも規制緩和ということなのでしょうか。ジョン・デューイの教育論の根幹そしてアメリカのプグマティズムには、キリスト教精神があると思います。教育とは知識の詰め込みだけではなく(もちろんそれも大切ですが…)、人間内在の神性を開発し訓練するということだと思います。ところが戦後日本の教育は、肝心の「神」を忘却し、欲望の解放が「民主教育だ」ということになってしまったのだと思います。それが今日の教育荒廃の根本原因であります。

先生仰せの通り、わが國教育の基本は、「國體を護る思想哲理の研鑚」であります。わが国伝統信仰を教育することが大切であります。これさえ確立していれば、政治経済がいかなる状況になろうとも、日本が滅びることはないと信じます。

ただし日本の伝統信仰は、お題目を唱えていればあるいは神に祈っていれば何でも解決するというのではなく、「神ながらの道」を踏み行うことが大切なのだと思います。

ユダヤ問題については、私は全く素人です。営利至上主義・金銭至上主義が世界を支配しているということは大きな問題でありますが、何でもかんで「ユダヤが悪い」というのも納得できません。これはキリスト教の「聖書」に書かれているユダヤ人への憎悪と報復の思想がその底流にあると思います。共産主義者が何でもかんでも「資本家が悪い」「アメリカ帝国主義・日本独占資本が悪い」と言っていたのと同じで、一神教的思考だと思います。

「神社神道には、団結を促す強烈な個性はない」とのご指摘ですが、近代日本の「神社神道」は宗教性を剥奪され、単なる儀式の場となってしまったきらいがあるのは確かであると思います。一神教や教団宗教のような個性は希薄ですし、教団的結束力はありません。

いわゆる宗教性は教派神道が担って来たと思いますが、やり過ぎると、国家権力に弾圧されました。わが国の伝統信仰=神社神道は、排他独善の教義を宣布する宗教教団ではありません。そういう意味の宗教性は本来ないと思います。これはなかなか難しい問題であります。

先生仰せのわが国における「共同我=自己同一性」とは、天皇を祭祀主と仰ぐ祭祀共同体への帰一意識であると思います。それを回復し國體の真姿を顕現することが今日的課題であると信じます。それがまた、危機に瀕する世界救済の原基になると思います。

色々蕪辞を並べましたが、先生の御論考を拝読した感想を申し述べさせていただきました。申し訳ございません。また色々御教示賜れますれば幸甚に存じます。この度はまことにありがとうございました。

末尾とはなりましたが、先生の一層のご健勝とご活躍を祈念申し上げ、擱筆させていただきます。」

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2007年8月19日 (日)

千駄木庵日乗八月十八日

朝、父のお世話。午前は、「政治文化情報」発送作業。午後、発送完了。購読者の皆様には月曜日にお届けできると思います。

その後、書状執筆など。

          ○

「産経」の十七日の「正論」で、八木秀次氏は、「(アメリカ下院の謝罪要求決議や、支那による南京事件に関する日本非難の映画が作られるという状況下に於いて安倍内閣の閣僚が一人しか靖国神社に参拝しなかったのは)参拝反対の国内外の圧力に屈した形だ。少なくともそのようなメッセージを国際社会に発したことは間違いない。またもや安倍内閣は対応を誤ったようだ。」と論じ、「安倍首相は就任前、『一国の指導者が、その国のために殉じた人びとにたいして、尊崇の念を表するのは、どこの国でもおこなう行為である。また、その国の伝統や文化にのっとった祈り方があるのも、ごく自然なことであろう』(『美しい国へ』)と書いたほか、様々な場面で靖国神社参拝を約束していたではないか。英霊への公約でもあったはずだ。首相は最後の支持基盤をも失う間違った選択をしたのではないか。」と論じている。

まさに正論である。八木氏は安倍総理のブレーンの一人と言われてきた人物であるが、とうとう堪忍袋の緒を切ったのであろう。内閣総理大臣に、在野の我々と同じ立場に立て、同じ行動をしろと言うのは無理であることは分かっている。しかし、「靖国神社」に対する姿勢は、総理就任以前の主張を貫いてもらいたい。基本がぶれると他のことも余計おかしくなる。小泉前総理の歴史観は全く受け入れることが出来ないものであったが、年一回の靖国神社参拝は如何なる批判や妨害かあっても貫き通した。こういう姿勢が多くの国民の支持を得た。今からでも遅くはない。安倍氏には何としても靖国神社に参拝してもらいたい。それは政治権力行為ではないし、政策公約の実行という次元の問題ではない。八木氏の言う通り、英霊との「約束」である。そして何よりも日本国民としての踏み行うべき「道」なのである。

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2007年8月18日 (土)

千駄木庵日乗八月十七日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは、諸雑務及び「政治文化情報」発送準備など。

           ○

日本国の劣化はとどまるところを知らない。國の為にいのちを捧げた英霊に対する慰霊顕彰という政府・総理として当然果たさなければならない務めを、外国の干渉そして偏向マスコミの非難を恐れて行い得ない安倍総理と閣僚たちの姿勢は何とも情けない限りである。

国家の防衛という重要な任に当たる防衛省のトップとナンバーツーの確執もみっともないでは済まされない事柄である。ましてテレビで自分の直属の部下である次官を非難攻撃する大臣というのは前代未聞である。田中真紀子が外務大臣をしていた時の騒動を思い出した。各省の役人は大臣の部下ではあっても、私的使用人ではない。自分勝手に首をはねたり更迭してはならない。

「女性が権力を握ると独裁者になる」とよく言われるが、あながち否定はできない。歴史を顧みるとそういうことは多かった。しかし、扇千景さんは長く国土交通大臣や参院議長をしていたがこういうことはなかったように思う。また、南野元法相もそういうことはなかった。なかなか人柄の良さそうな御婦人であった。

警察官僚が防衛省の次官になるというのはやはりおかしい。軍に嫌悪感を抱いていた後藤田が、警察予備隊以来、警察官僚による自衛隊支配を画策してきた。今回の騒動もこういう悪弊が底流にあると思う。もはや、防衛省となったのだから、他の官庁からの出向者が防衛省を牛耳ることはあってはならないと思う。最近の機密漏えいの摘発も警察の防衛省支配のための謀略という噂もある。今度のことでその信憑性が高まった。

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2007年8月17日 (金)

千駄木庵日乗八月十六日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後一時半より、豊島区立千早地域文化創造館にて、「萬葉會」開催。小生が志貴皇子の御歌などを講義。

帰宅後は、「政治文化情報」発送準備など。

          ○

私の萬葉集講義を聴きに来てくださっているある法律家の方と、会場からの帰途、少し話し合ったのですが、民族運動・真正保守運動が長く続けられて来ましたが、少しでも日本が良くなったかということが話題となりました。

論壇に於いて、真正保守の論陣を張る「諸君」「「正論」「サピオ」といった雑誌が出ていること、そして「世界」「朝日ジャーナル」「中央公論」という左派系の雑誌が力を失ったか廃刊になっているという事実はあります。しかし、テレビ・新聞の偏向姿勢・反日姿勢は全く変わっていません。

今日の世情は、昭和四十五年の市ヶ谷台上の義挙(いわゆる三島事件)において三島氏が指摘した祖国の危機的状況はその後四十年近くを経過してますますひどくなっています。三島氏の予言が的中したと言えます。國内外の情勢は当時より確実に悪くなっています。外圧はひどくなっているのに、国民精神は劣化し、経済も政治も疲弊しています。相当の覚悟を持って今後の運動を展開していかなければならないと思います。

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2007年8月16日 (木)

千駄木庵日乗八月十五日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後一時より、靖国神社にて、「第四七回・靖国忠霊祭」執行。国歌斉唱・祝詞奏上・祭文奏上(靖国會総代・湯澤貞前靖国神社宮司)・黙祷・玉串奉奠などが行われた。

午後二時十分より、靖国会館にて、「靖国會総会」開催。湯澤貞総代の挨拶・沼山光洋事務局長の活動報告などが行われた。続いて、要旨次のような来賓挨拶が行われた。

奥野誠亮元法相「安倍総理は本日靖国神社に参拝しなかった。誇りを持つ日本になり切っていない。公式参拝とは、公的身分で正式参拝をすること。これまで憲法解釈を法制局に任せて来た。占領軍からアメリカの作った憲法を『自分たちが作った憲法として発表しろ』と言われた。そして法制局の役人は総入れ替えとなった。法制局の役人はアメリカの意図を体して作業に入った。それに頼り続けたのがその後の日本。昭和二十年十二月アメリカは『神道指令』を出した。氏神・地域の神・先祖の神を祭るのが神道。その頂点が皇室。天皇を中心とする国家的団結には神道がその基礎にあるとして、占領軍は『国家が神社神道を援助してはいけない』とした。『教育基本法』も占領軍との打ち合わせの下に制定された。歴史と伝統文化を教えなければいけないのに、それが消された。安倍内閣でやっと修正された。アメリカの管理政策の基本は日本弱体化。神道は宗教団体とされ、国家及びその機関は宗教教育をしてはならぬとされた。」

板垣正元参院議員「内閣の基本姿勢はこのままでいいのか。國の危機を感じざるを得ない。私は小沢一郎を信用していない。彼は自治大臣の時、社会党の質問に対して『A級であろうとB級であろうとC級であろうと国の為に命を捧げたことに変わりはない。今後も靖国神社に参拝する』と答えた。しかるに、野党になったら、『靖国神社にA級戦犯を祀ったのは間違いだ。分祀すべきだ。分祀するのは簡単だ』などと暴言を吐いた。また小沢の側近だった人が何時の間にか仇敵になる。小沢の人間模様には不可解なところが多い。こういう人物に国を任せるわけにはいかない。安倍総理は信念を貫き靖国参拝を果たせ」

午後四時より、九段会館にて、「西村眞悟全国後援会『日本再生同志の会』発会式」開催。西村眞悟衆院議員が挨拶した。そして小田村四郎・村松瑛子・横田滋・林慎平の各氏などが祝辞を述べた。なかなか素晴らしい挨拶や祝辞でしたが、立食パーティでしたので、メモがとれず残念でした。西村氏の今後の活動を支援し、国家の再生を図るためのこの会合は全国から多数の同志が参集し、熱気あふれるものとなった。

この後、先輩同志と懇談。帰宅後は、明日の「萬葉集講義」の準備など。

            ○

板垣・奥野両先生の熱誠溢れるお話に感動しました。このような立派な政治家が政界を引退されていることはまことに残念です。奥野先生は内務官僚として後藤田正晴の一期先輩です。同世代で同じように人生経験をしてきたにもかかわらず、奥野氏と後藤田氏とは全く姿勢が違います。不思議なことです。後藤田氏は戦後民主主義を肯定し、似非平和主義者であり、媚中政治家でした。後藤田氏がどれほど日本の政治をおかしくしたか計り知れないものがあります。

また。私たちが靖国神社拝殿で座っておりましたら、高市早苗大臣が参拝に来ました、後ろからその姿を見ておりましたが、神道作法に則ったきちんとした参拝をされていました。閣僚で参拝に来たのは彼女一人でした。安倍総理の公式参拝を熱望します。靖国神社には実に多くの人々が途切れることなく参拝に来ていました。

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2007年8月15日 (水)

千駄木庵日乗八月十四日

午前、父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは、書状執筆と木曜日の萬葉集講義の準備。

安倍総理は21日からのインド訪問中に極東国際軍事裁判(東京裁判)で判事を務めた故パール博士のご長男と会談するという。まことに有意義なことである。真正保守の政治家として歴史問題に正しい姿勢を持っていることの意思表示であろう。パール判事は、戦勝国が敗戦国の指導者を裁くことに疑問を提起、判事の中で唯一被告人全員の無罪を主張した人である。

安倍総理が、菅直人の国益を無視し歴史を冒瀆する反日的な執拗な国会での追及により「岸元総理が開戦の詔書に副書したのは間違った行為であった」と答弁してしまったことが彼の本心ではなかったことが、パール博士の子息との会見によって示されることになると私は好意的に解釈したい。

民主党の菅直人・岡田克也・小川ナントカという元検事などの歴史観は全くおかしいし、国会において歴史問題を取り上げて安倍総理を追及して、外国の内政干渉や不当な国会決議を誘発した売国行為は許し難い。ともかく、安倍氏にはいろいろ不満はあっても、国家基本問題において、この人を支持する以外にないと思う。

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2007年8月14日 (火)

千駄木庵日乗八月十三日

午前は、父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して資料の整理、書状執筆など。

          ○

真正保守の立場に立つ衆院議員と電話で話しました。その人は、「美しい日本と言うのなら、出処進退も美しくしてもらいたい。終戦記念日に靖国神社に参拝して総理を辞任するという姿が美しいと思う」と言っていました。今回の参院選の結果で、自民党所属の政治家として厳しい戦いを強いられることになったこの人の言っていることはよく理解できます。議席を失ってしまえば何もできなくなるのですから…。在野の我々とはまた違った思いを持つのは当然と思います。

いかなる困難があろうとも、政治的所信を貫くために、辞任せずに戦い続けるのが美しいのか、それとも、この人の言う通り、靖国神社参拝だけは実行して参院選敗北の責任を取って辞任するのが美しいのか、まことに難しいところであります。

安倍氏は色々な閣僚不祥事が重なったり、年金問題が起こったりで、本当に運が悪いとしか言いようがありません。私は安倍氏が総理になる前から、余り過度な期待をすべきではないと主張していました。歴史問題でも、対支那外交でも、靖国時神社参拝であいまい戦術をとったり、「開戦の詔勅」に岸信介氏が副書したことを間違った行動だと言ったり、歴史問題に対する過去の政府の誤れる談話を継承すると言ったり、期待外れの言動が多すぎました。安倍氏の本心は違うとわかっているのでなおさら残念でした。それでもなお、安倍氏に期待するというのは間違っているでしょうか。

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2007年8月13日 (月)

千駄木庵日乗八月十二日

午前は父のお世話。

午後は、資料整理。夕刻、知人と懇談。

帰宅後も、資料整理。

           ○

二十一世紀になっても、人類の闘争戦争はとどまるところを知らない。ますます危険になって来ている。科学技術や様々な思想体系や宗教教義は、人間が現実を生き抜き、生活の安定と繁栄と利便と精神的安穏のために作り出したものである。そしてそれは確かに人類の進歩と発展と平和に貢献した。しかし半面それらのものは、人類に大きな災害をもたらした。人間の造り出した「科学技術」の進歩が、自然破壊や公害そして核兵器を生み出し、人類を滅亡の淵へ追いやる原因となっている。 また、マルクスやレーニンの思想・教条は、二十世紀の地球上でに猛威を古い、何千万という人々を闘争に駆り立て死に至らしめた。宗教戦争は古代から今日まで続いている。

今日我々が大切にしなければならないのは、科学技術や思想体系や独善的な宗教教義という「人が作り出したもの」ではなく、日本人が太古から継承してきた神を祭ることを根幹とする「道」なのである。

人が造り出した科学技術によって自然を征服するという思い上がった考え方が、自然を破壊し、人類の生命を破滅に導きつつある。自然と調和し、自然と共に生きるという日本民族の伝統的な<道>に回帰すべき時が今である。

中東に生まれた一神教(ユダヤ教・キリスト教・回教)は、厳しい自然環境の中から生まれてた宗教であるから、現実をそのまま肯定し自然に随順し自然そのものを神として拝むなどということはない。そして「エホバ」という唯一絶対神を信じ、ある特定のすぐれた人物の説く教義を信じ、その人物を崇拝する。そしてその他の神や教えを排撃する。そして過去においてのみならず今日ただ今も宗教戦争をくり返している。戦後日本も、大らかな日本伝統精神が希薄になり世の中が乱れるにつれて、創価学会などの排他独善の宗教教団が盛んになり、今日宗教戦争を巻き起こしている。

今こそ日本民族の伝統的な<道>に回帰すべき時である。「学として説かれざる学」「言葉に表現されない言葉」で継承されてきたのが「日本の道」である。日本の伝統は、<道>を言葉で表現しなくとも、神々の御事績そして天皇の祭祀という<神話的真実>に厳然として存しているのである。

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2007年8月12日 (日)

千駄木庵日乗八月十一日

午前、父の容態に変化があり、共に病院に赴く。医師に治療をしていただき落ち着きを取り戻したので帰宅。午後は、父の薬を購入のために調剤薬局に赴く。昨日半分徹夜だったので少し休む。

午後六時より、「九段下沙龍」開催。当面する諸問題について同志と討議。暑気払いも兼ねる。

帰宅後は諸雑務。

              ○

日本という国はしなやかで自由な発想を持つ国である。外来文化文明を柔軟に受け容れさらにそれを高度なものにしてきた。学問や信仰においても教義や教条にあまりとらわれることなく、生活や時代に即してそれを柔軟に改変した。憲法などの法律についても然りである。成文憲法を頑なに守ることによって現実がおかしくなる場合には、成文憲法の条文に拘束されることはなくこれを運用する。現下日本におけるいわゆる「解釈改憲」といわれることも実に日本人のしなやかで自由な発想にしからしむるところであろう。現行憲法の何処を探しても「自衛隊」というものは存在しないのに、自衛隊は厳然と存在している。理外の理・法外の法で自衛隊は認知されている。しかし「解釈改憲」が行われるということは、現行憲法が日本の実情に合わなくなってきているということである。そして次第に空文化していっている。これはやはり改められなければならない。改憲を行おうとした安倍内閣の行方が混とんとしてきているのはまことに残念である。しかし、「現行憲法三原理」を踏襲する自民党そのものの改憲試案は全くなっていないのだから、もう一回出直す必要はある。法理的には、現行憲法破棄・帝国憲法復元改正が筋である。また安倍氏は、正々堂々靖国神社に参拝すべきである。何で「アイマイ戦術」などということをするのだろうか。「柔軟」と「アイマイ」は全く異なる。安倍氏の姿勢がアイマイでは支持する方もアイマイになってしまう。日本民族は基本に於いて極めて強靭なものを持っていたから、外来文化文明を受容し自家薬籠中のものにして来たのである。

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2007年8月11日 (土)

千駄木庵日乗八月十日

午前は、父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後二時より、永田町の村上正邦氏の事務所にて、「日本の司法を考える会」開催。南丘喜八郎氏が司会。

元検事の田中森一氏が講演し「大阪地検特捜部では何をやろうとも永田町は見えて来ない。東京地検ではどんな事件でも永田町が見えてくる。大きな事件は筋書きに基づいて捜査をせねばならない。良心の呵責を感じ上司とぶつかった。キャリア検事は官僚ではあっても検事ではない。キャリアは百点からスタート。我々は〇点からスタート。点数を積み上げないといけない。最強の捜査能力はあっても、最強の良心・正義感があるかどうかが問題。ヤメ検は事件を潰す能力があるから悪いように言われる。OBの検事総長が頼みに来たら一歩引かないと、特捜にいられなくなる。河合はそれをしなかったから東京地検検事正になれなかった。日弁連会長がバッチを外したのに、検察は動かない。国策に基づいて何もやらないというところに問題がある。調書の信用性を裁判所が見抜けない限りすべて有罪になる。得宗の検事になろうと思ったら、調書の信用性をいかに作るかにある。検事の押収した証拠品はすべてオープンにすべきである。調書にサインしない被疑者はまずいない。保釈するような裁判官は弱気と言われる。検事は一日十何時間調べることが出来るが、弁護士は一日一時間の接見もできない。」と語った。

もっと重要なことが語られたのですが、私の記憶とメモに間違いがあると困りますので書くのを遠慮します。警察・検察・司法の信頼性の喪失だけは絶対に防がねばなりません。

午後五時より、青山の大東会館にて、「時局戦略懇話会総会及び懇親会」開催。当面する諸問題について討議。

その後上野である同志と懇談。

帰宅後は、原稿執筆。

         ○

今日は多忙な一日でした。すでに午前三時半になろうとしています。小生の所懐は書くのをやめておきます。すみません。

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2007年8月10日 (金)

千駄木庵日乗八月九日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して「政治文化情報」次号の原稿執筆。

○  

今日は旧ソ連が「日ソ中立条約」を踏みにじって、わが國及び満州に侵攻を開始した日です。アメリカによる長崎原爆投下・長崎大虐殺と共に、永遠に忘れてはならない日です。しかし、マスコミは一切そのことを報道しません。昨日も書きましたが、偏向マスコミや似非平和運動屋たちは、日本・アメリカなどの戦争行為・歴史問題・人権問題は鳴り物入りで取り上げますが、旧ソ連・支那・北朝鮮の戦争行為・歴史問題・人権問題は、全くと言っていいほど取り上げません。彼らの平和運動・人権運動・歴史問題への取り組みは、祖国解体を目的とする偽装運動なのであります。彼らは日本軍の戦時中のことを野良犬のように嗅ぎ回って問題にします。ところが旧ソ連によるわが同胞殺戮・強姦・シベリアへの拉致・十万人以上の大量殺戮は全く問題にしません。こういう者共を売国奴と言わずして何と言うのでしょうか。民族運動はこの日を「反露デー」(ソ連崩壊前は「反ソデー」)として半世紀以上にもわたってロシアに対する抗議運動を続けています。故赤尾敏先生の「反ソデー」における勇姿そして愛国党の「反ソデーに集まれ」というビラを懐かしく思い出します。

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2007年8月 9日 (木)

千駄木庵日乗八月八日

午前は、父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

その後は在宅して、原稿執筆。

           ○

テレビで川人博という弁護士が「人権運動家・平和運動家がナチスのことは問題にして北朝鮮のことは問題にしないのはおかしい。ラング-ン事件や大韓航空機事件の謝罪も補償もしていない北朝鮮を韓国の大統領が訪問するのはおかしい」と語っていました。全くその通りだと思います。戦後の平和運動人権運動は、すべてそういう姿勢を貫いてきました。祖国日本やアメリカやドイツの戦争行為に対しては厳しい批判や抗議をおこなっても、旧ソ連・共産支那・北朝鮮の侵略行為・残虐行為・人権侵害がいかに酷くても、何の批判も抗議もしないといのが左翼平和運動・人権運動なのです。断じて許し難いと思います。先日死去した小田実などはその典型でした。こういう似非平和運動・人権運動を大きく取り上げて来たマスコミの姿勢もおかしいのです。偏向マスコミは年金問題を、安倍批判の為に恣意的に利用したと思います。

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2007年8月 8日 (水)

千駄木庵日乗八月七日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは在宅して「政治文化情報」次号の原稿執筆。

         ○

保守と革新という分け方がありましたが、今はあまり言われなくなりました。小沢一郎や鳩山由紀夫や渡部恒三などはどう見ても革新政治家とは言えません。

一体保守とはどういうことを意味するのでしょうか。現状維持という意味なら、近年は守旧派とか抵抗勢力という言葉があります。真正保守という言葉があります。これは現状維持という意味の保守ではなく、日本の国柄、伝統、歴史を守るという意味で使われております。私は現行憲法の原理を墨守し戦後体制を容認する立場を私は「守旧派」と呼ぶことにしています。後藤田正晴・宮澤喜一・河野洋平・加藤紘一といった連中です。

小沢一郎は国家を根本的に変えるなどと言っていますが、まさか、天皇を君主と仰ぐ日本國體まで変えてしまおうというのではないでしょうが、一体どういう国にしようとしているのか全く明確ではありません。

守旧派と保守との区別を明確にしなければなりません。真正保守の立場に立つ政治家が多くなることを願います。明治維新の歴史を見ても明らかなように、真の保守とは真の革新であります。

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2007年8月 7日 (火)

千駄木庵日乗八月六日

午前は、父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後から在宅して、原稿執筆。「政治文化情報」次号の原稿です。 

           ○

今日は、電話で話したある地方議員が、なかなか面白いことを言っていました。参議院で与党が大幅に過半数割れしたことにより、これまで約四十年にわたって公明党が独占してきた参院法務委員長のポストを民主党が取る可能性が高くなるということでした。公明党創価学会がこのポストに執着するのは、検察庁・法務省に影響力を保持したいがためであります。法務省には公安調査庁もあります。創価学会は、暴力的な布教活動を行っていた昭和二十年代から三十年代に、「破防法」の対象団体になりかかったことがあります。公明党は法務委員長のポストを手放すことに抵抗するでしょう。民主党がどう対応するか見ものです。民主党の中にも学会票を貰っている議員もいるようです。

都議会の警察消防委員会も、公明党は副委員長のポストをずっと握っていますし、都議会公明党の最高幹部は必ずこの委員会に所属します。首都警察への影響力を持つためです。

問題は、法務・検察、警察が学会公明党の協力を得たいために、違法行為に目をつぶったり、公安警察や公調が入手した情報を学会・公明党に不当に流したりしないかということです。

ともかく、池田独裁体制下にあり、敵対者や批判者に対して徹底的な攻撃を行う排他独善のファッショ集団=学会公明党が与党になリ権力機構を利用できるということは非常に危険であります。

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2007年8月 6日 (月)

千駄木庵日乗八月五日

午前は、父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、資料整理。

午後六時より、文京区民センターにて、『台湾研究フォーラム』開催。永山英樹会長が挨拶。宗像隆幸氏が「台湾問題の根幹とは」と題して講演し、「来年三月の総統選挙は、台湾の運命を決する選挙。この総統選で国民党が負けたら、国民党は必ず分裂。台湾問題の根幹は、台湾を普通の国にすること。台湾は今、国際的に疎外されている。しかし実際には堂々たる国家。二千三百万の人口は世界四一位、GDPは世界に五位。中国が『武力行使を辞さない』と脅すのは国際法違反。人民自決権は国際法として確立している。自決権は人間の基本的権利。ところが中国は『台湾問題は国内問題』と主張する。台湾人民が自由で民主的体制を作った。民主化と台湾独立とは同じ。台湾独立とは、中国からの独立ではない。占領軍からの独立。台湾は戦後、蒋介石軍に占領されてしまった。キッシンジャーは台湾を売り渡す形で中国と妥協した。台湾が中国に支配されると、東南アジアは中国の手の中に入る。蒋経国のやった一つだけの良い事は、李登輝先生を副総統にしたこと。これがなければ台湾の民主化はなかった。折角民進党政権が出来たのに、七年間何をやっていたのか。民進党を立ち直らせたい。李登輝先生は『民進党政権の腐敗はかなりひどい』と嘆いた。総統選で勝利し、議会で多数を取り、台湾憲法制定から、台湾建国へ進むことを期待する。」と語った。

帰宅後は、原稿執筆。

          ○

宗像氏は、日本人でありながら、まだまだ台湾独立など夢物語の頃から台湾独立運動に挺身してきた方である。彭明敏博士の台湾脱出を命懸けで支援したり、長年にわたり台湾独立運動日本本部機関誌『台湾青年』の編集に従事されてきた。台湾完全独立が達成されたら、台湾から「国民栄誉賞」のようなものを授与されるべき日本人であると思う。

日本相撲協会は、朝青龍に対し、同年九月場所・十一月場所への出場停止、また、十一月場所千秋楽までの謹慎、および30%の減俸(4ヶ月間)の処分を下した。この処分に対して異議をさしはさむものではない。しかし、もしも朝青龍が、支那・韓国・北朝鮮出身だったら、このような厳しい処分を下すことが出来たであろうか。相手国からの非難・抗議、そして外交問題になることを恐れて、このような処分は下せなかったのではあるまいか。また今後、親日国家モンゴルにおいてこの問題で反日の機運が起こるのではあるまいか。台湾とモンゴルは、わが国の対支那戦略上重要な国である。

相撲協会も高砂部屋が、朝青龍を甘やかし、きちんとした教育・指導を行ってこなかった責任は大きいと思う。

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2007年8月 5日 (日)

千駄木庵日乗八月四日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後二時より、内幸町の日本プレスセンターにて、「アジア問題懇話会」開催。ジャーナリストの花岡信昭氏が「政局を読む」と題して講演、「自民党は四十五席には乗ると思っていた。安倍はどんな結果になっても退陣しないと決意していた。岸信介の孫らしい。参院は政権選択の場ではないというのが筋論。橋本の時は党内事情・派閥事情があった。今回は、安倍が辞めると言ったら党がまとまらない。国家観を大切にし、改憲を自分の政権の目標にした人は安倍さんが初めて。中曽根ですら言わなかった。戦後レジームからの脱却と憲法改正を主張した安倍を大事にしたいというのが私のスタンス。年金問題は、自民党の社保庁解体法案をつぶすための民主党の長妻昭と社保庁労使が結託した謀略であり自爆テロだという見方がある。五千万件の記録が宙に浮いていたことは去年十二月に判明し、今年二月に日経が報道したのにマスコミは騒がなかった。社保庁解体が大詰めになった時、長妻が持ち出し急に政治問題になった。民主党は社保庁と国税庁の統合を主張するが、自治労温存が目的。社保庁問題と天下り規制の国家公務員法改正とは同じ話。国際問題山積の時、内向きの選挙しかできないのが問題。小沢は何でもありの政治家。理念は後からくっ付ける。民主党の比例議員は労働組合の組織内候補ばかり。トップ当選の女性議員は自治労。小沢は谷垣を担いで政権を作ろうとしているという人もいる。今後の安倍にとって人事がすべて。平沼赳夫の処遇が人事の焦点の一つ。平沼を副総理・憲法担当特命大臣にするべし。麻生は幹事長。塩崎は他人の言うことを聞かない。記者会見はクソ面白くない。安倍内閣には、小泉内閣のシオジイ・飯島秘書官・竹中のような存在がいない。公安・警察から閣僚の身体検査の情報を取れる人脈がある人が官邸にいない。政治判断ができる力のある人が官邸にいない。創価学会の勝利神話が崩れた。公明は考え方は民主に近い。公明党創価学会は組織維持のためなら何でもやる。安倍内閣の閣僚は、安倍政権実現への流れを作った人たちを集めたので切れなかった。」と語った。

もっと興味あることか語られたのですが、ここには書ききれません。後日「政治文化情報」誌で報告します。

帰宅後は、資料の整理。

              ○

私の母が塩崎官房長官の記者会見のニュースを見ていて「NHKニュースのアナウンサーみたいだね」と言っていました。たしかに無味乾燥なしゃべりっぷりで人気がありません。

小沢氏は安倍氏のことを「哲学がない」とよく批判しますが、それでは一体、小沢氏にはどんな哲学があるのでしょうか。今までの彼の言動を見ていますと、哲学とは縁遠い人のように思います。

自民党も民主党も、戦後体制下の政党であります。そういう意味では同根です。両党とも、現行占領憲法の三原理を否定しません。むしろ積極的に継承しようとしています。維新を目指し、真正保守の立場からすれば、自民党に過度の期待をすることはできません。むしろ戦後制打倒という大義からすれば、自民・民主両党とも打倒の対象であります。しかし、安倍氏は、その思想的系譜からいっても、また現実の彼の主張を見ても、今の政治家の中では、戦後体制打倒・真正日本の回復を目指す政治家であると思います。勿論、欠陥・欠点はあります。然りながら、理念・思想よりも権力奪取を優先させ、社民・共産とも共闘し、自治労・日教組など日本を悪くした元凶組織の候補を抱える小沢民主党よりはずっとましである、というのが私の考えであります。

「サピオ」八月八日号は大変面白い内容です。「公安調査庁・公安警備警察」についての特集です。鈴木邦男先輩と公調OB菅沼光弘氏(この人は朝生のパーティーなどで会いました)の対談は特に面白い内容でした。感想を書きたいのですが、次の機会にします。

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2007年8月 4日 (土)

千駄木庵日乗八月三日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後からは、在宅して書状執筆及び諸雑務。

             ○

本日、主権回復を目指す会(代表 西村修平氏)からメールで送られてきた「声明文」の「アメリカが、慰安婦強制連行などの歴史偽造をシナ・中共と共同でもって連携・駆使して、我が国を収奪・支配する新たな局面を迎えている現状であると認識する。」という主張には同感できる。アメリカは、六カ国協議における日本の拉致問題での妥協を促すために、嘘八百・でっち上げの「従軍慰安婦問題」に関する日本非難の米国下院決議を行ったのである。つまり、「拉致問題であんまりグスグズ言うな」というメッセージである。ただし、西村眞悟氏のメールによると、この決議を行った時の出席議員はたったの八名から十名以下であったという。

ともかく、これからの日本は、国際関係で茨の道になると思われる。とくにアメリカに民主党政権ができ、台湾の国民党政権ができ、日本に民主党政権ができたらどうなるか。その可能性は非常に高くなって来ている。この混乱期に、日本を貶め支配下の置こうとする敵性国家の謀略と侵略に打ち勝たねばならない。日本の真の再生・維新を実現するためにあらゆる戦いを行っていかねばならない。維新とは、日本伝統信仰の言葉で申せば、禊祓いである。日本国内の一切の邪悪・穢れを祓い清め、神聖国家日本の真の姿を開顕することである。

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2007年8月 3日 (金)

千駄木庵日乗八月二日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、上野公園の東京藝術大学美術館で開催中の「金刀比羅宮書院の美」展参観。金刀比羅宮に奉納されてきた美術品のなかで、円山応挙・岸岱・邨田丹陵の障壁画や襖絵、伊藤若冲の「花丸図」、そして奉納された絵馬や船の模型などなどが展示されていた。自然と生き物が鮮やかに描かれた作品が多かった。金刀比羅宮には大学時代、観音寺市に学友を訪ねた時に参拝した。

つづいて、同じ会場で催されている「歌川広重江戸百景のすべて」展参観。江戸の市中と郊外の景観を主題とした浮世絵風景版画が展示されていた。「名所江戸百景」は浮世絵師歌川広重の最晩年の傑作といわれ、安政三年から五年にかけて制作されたもの。

わが家近くの「千駄木団子坂花屋敷」に描かれている石段は、小学校の上級生の家にあったもので、私もその家に遊びに行った時に上り下りした。その後マンションが建てられなくなってしまった。なんとも惜しい気がする。「日暮里諏訪の台」「湯島天神坂上眺望」に描かれているところも、よく散歩するところである。そのほか麹町・虎ノ門・愛宕山・隅田川など小生が歩いたり訪れる場所が描かれていて大変興味深かった。今は高層ビルが立ち並び、自動車が往来するところも、江戸時代末期は、緑も多く自然の景観が美しいところだった。

東京を故郷とする小生にとってこういう絵は本当にありがたいものである。千駄木近辺は、「故郷」と言えるような自然の緑や古き建物などが残っていることも幸せなことと思っている。小生の生活も色々悩ましいことがあり、政治情勢も混迷し、殺伐とした世の中であるだけに、こういう展覧会を見ると心がやや落ち着く。

帰宅後は、書状執筆など。

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2007年8月 2日 (木)

千駄木庵日乗八月一日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後から在宅して書状作成など。

           ○

近十数年間の政治の混迷の原因は小沢一郎にある。「失われた十年」の責任はあげて小沢にある。彼が自民党をおん出て細川連立政権を作ってから、日本の政治は不安定になり混迷した。小沢氏はしきりに「安倍氏には哲学がない」と批判していたが、小沢氏こそ哲学がない。あるのは、自民党への憎悪と政権奪還への妄念だけである。それが今回、年金問題という本来安倍氏の責任ではないことで、政権批判が起こり、自民党が大敗を喫した。

小沢氏はこれからますます、「壊し屋」の本領を発揮し、国会を混乱に陥れるだろう。そして、日本国は外交的にも政治的にも経済的にもますます混迷し疲弊するであろう。これを何とかしなければならい。小沢・菅主導の民主党を徹底的に批判しなければならない。そして大混乱の中から真の変革=真正日本の再生を期さなければならない。

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2007年8月 1日 (水)

千駄木庵日乗七月三十一日

午前は、父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、諸雑務。

午後五時より、赤坂にて、「日本再生同志の会」役員会開催。中村信一郎事務局長が司会。小田村四郎会長が挨拶。西村眞悟衆院議員がスピーチ。全員で当面する諸課題について討議。終了後懇親会。

帰宅後は、書状執筆。

           ○

今日は、深刻な問題ではありませんが、めったにない体験をしました。しかし、小生一人のことではなく相手のあることであり、また第三者にもご迷惑がかかる恐れ之有り、ここに書くことが出来ないのを遺憾とします。思わせぶりなことを書いて申し訳ありません。しかしそれだけ貴重な体験だったのです。

さて、偏向マスコミは、民主党の小沢はもとより、自民党内にも「安倍退陣」を迫る発言があったことを面白おかしく伝えている。テレ朝・TBSはよほど安倍総理が嫌いであり、安倍氏の戦後レジームからの脱却路線が気に入らないのであろう。要するに偏向マスコミは、日本を永遠に戦勝国の支配下に置いておきたいのである。日本を、支那と南北朝鮮の言いなりになり、歴史と伝統をないがしろにする反日国家・無国籍国家(矛盾した言葉ですが、こう言うより仕方ありません)にしておきたいである。そのためには、金権政治家田中角栄の直系である小沢一郎の肩を持つのである。

第二院であり、しかもその半数の改選であり、首班指名を行わない参院議員の選挙で自民党が大敗したからとて、安倍氏が総理を辞める必要は全くない。参院選は政権選択の選挙ではない。小沢が「過半数を割ったのに総理が辞職しないのは非常識」と言い、菅直人は「民主主義否定だ」とか言っていたが、こういう発言こそ、政治制度を知らない非常識な発言であり、民主主義政治・議会政治を知らない発言である。小沢や菅は一体何年国会議員をやっているのか。こういう男たちを無駄飯食らいという。

また、今回の選挙で国民は、安倍氏の全政策・政治理念を、国民が全否定したわけではない。また自民党政権を全面否定したわけでもない。閣僚の失言や事務所費問題、年金問題、格差問題などでの、偏向マスコミの扇動による国民の自民党への不満が投票行動に現れただけのことである。安倍氏は絶対に総理を辞する必要はない。

自民党内の「安倍辞任論者」は、加藤紘一や谷垣や野田毅や石破などである。野田や石破は、かつて小沢と一緒になっていた人たちである。加藤紘一や谷垣は、宮澤喜一の子分であり似非保守である。つまり安倍辞任論者は、そもそも自民党にはいなくてもいい連中なのである。安倍が嫌ならトットと自民党を出て行って、小沢と一緒にやればいいのである。

何回も書くが、安倍氏は、断じて自己の所信を貫いてもらいたい。ここで信念を曲げて辞任するようでは駄目である。

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