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2007年7月15日 (日)

千駄木庵日乗七月十四日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後から、資料整理など。

             ○

朝から雨でしたので、終日在宅して、明治以後の神道史について勉強しました。葦津珍彦先生の「国家神道とは何だったのか」、新田均氏の「『現人神』『国家神道』という幻想」を読んでいます。大変に勉強になります。

「明治以後の日本において、国家神道が国教となり、他の宗教を圧迫し支配し、それが戦争を招いた」というのが左翼の定説になっています。しかし、両氏の本を読みますと、そうした議論は全く事実を歪曲したものであると指摘されています。

そもそも国家神道という言葉は戦後の占領政策の中で登場したのです。また古代以来の神社神道即ち日本伝統信仰は、近代化の波の中で隠蔽され歪曲されたというのが歴史的事実です。そして神社が形骸化され神々への信仰が薄れました。

また、戦前の宗教史、特に昭和十年代に起こった大本教などに対する宗教弾圧は、おおらかな日本の伝統信仰精神から見ると異質の事件であったと思います。先日も「千駄木庵日乗」に書きましたが、どうしてあのようなことが起こったのかが、私の知りたいことなのです。私は、神社神道が国教になったからあのような事件が起こったのではなく、むしろ、神社神道が形骸化されたから起こったと思うのです。

この国教という言葉の定義も難しいのです。権力機構としての国家が特定の教団と一体化することを意味するのなら、国教というものはあってはなりません。しかし、信仰共同体国家日本が神社神道の信仰を基盤としているという意味なら、神社神道が国教であるというのは古代以来の日本の伝統であります。

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