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2007年7月24日 (火)

千駄木庵日乗七月二十三日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、諸雑務。

午後四時より、新橋駅前にて「維新政党新風」の街頭演説会開催。鈴木信行候補と小生が演説。

午後六時半より、赤坂の日本財団ビルにて、「東京財団フォーラム・日本を救うのは稲作漁撈か武士道か」開催。登壇者の発言は次の通り。

笠谷和比古国際日本文化センター教授「困難に対してただ一人立ち向かっていくところに武士道にひかれる原因がある。君主の命令も誤っていれば諫言する。現代は恥と卑怯という感覚がなくなっている。地べたに座って物を食べ、電車の中で化粧をする。『甲陽軍艦』が武士道という言葉の定着に大きな役割を果たした。武士道は武士だけの道徳ではない。武士は他の階級にとって憧れの的。庶民は武士階級の最末端に入る。吉宗時代以降、能力主義の出世が可能となった。武士道は勇武一辺倒ではなく、治者としての倫理性・道義論に進化した。武士の忠は批判精神・自律性を含んだ忠。唯々諾々と従う奴隷根性ではない。主君が間違っていれば諫言する。室鳩巣の『名君家訓』に主君の道、家臣の道が説かれている。家臣の諫言に耳を傾ける度量が主君に必要。もののあはれが武士道に入っていることが大事。内なる信念にとことん忠実な人が武士。諫言は組織内で不正が起こる前にそれを防ぐこと。アホな殿は押し込める。それは謀反・下剋上と言われたが、十八世紀には正当な行為となった。欧米は法と権利の文化。日本は恥の文化。欧米はアダムのイヴが楽園で楽しく暮らしたのが理想。知恵の木の実を食べた罰として労働をしなければならなくなった。日本人は労働が喜び。様々のグローバルスタンダードが並び存するような文化状況が良い。自然と一体化するところに日本人は安住した。」

安田喜憲国際日本文化センター教授「武士道的リーダーは剛直の士を使いこなす器量を不可欠とする。日本の武士は平和な時も一生懸命働く。西洋の騎士は平和な時は遊んで暮らす。日本天皇は皇居でお田植えをされ、皇后はお蚕を育てる。ヨーロッパの君主は労働をしない。食事の作法を子供に徹底的に教えることが大事。天武天皇は肉食禁止令を出した。それまでは家畜を飼い、牛乳を飲んだ。革命的なこと。その結果、美しい森林が残り。周辺の海も死ななかった。森を破壊したら海もやせる。武士道の原点はアニミズム。自然と深くかかわり合いながら生きる。」

帰宅後は、原稿執筆。

             ○

日本の武士・もののふのの原点は、須佐之男命であり、日本武尊である。もののふの心は、古代日本に発生した。天皇の「みしるし」である三種の神器の一つは剣である。自然と共に生きる日本の古代神話における英雄たる須佐之男命も日本武尊も単に武勇の人ではなかった。歌を詠まれ、豊饒をもたらす方であった。稲作漁撈と武士道とは対立するものではないということである。

今日は、天武天皇の肉食禁止令の重要性について教えられたことが有難かった。両氏に感謝する。武士道と日本の伝統信仰についてもっと詳しく勉強したいと思う。武士道は禅や儒教の影響を受けたが、その根幹には日本伝統信仰があったのである。

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