« 千駄木庵日乗七月二十八日 | トップページ | 千駄木庵日乗七月三十日 »

2007年7月30日 (月)

千駄木庵日乗七月二十八日

朝、宿舎を出発。友とМOA美術館参観。豊臣秀吉の命令で造られたという「黄金の茶室」の復元、重要美術品の錫杖頭、銅造鍍金、阿弥陀如来立像、聖観音菩薩立像、そして歌川広重の東海道五拾三次之内(保永堂版)、豊臣秀吉の北政所にあてた書状、特別展「アール・ヌーヴォー、アール・デコの世界」などを見る。この美術館の創設者である世界救世教教祖・岡田茂吉氏に関する展示も見る。岡田氏が戦争直後の混乱期、売り食い生活を強いられた旧華族などが売りに出した美術品を買い集めたのが、この美術館の濫觴であると聞いている。日本の美術品の海外流出を防いだとされる。

東海道線にて帰宅。選挙速報を見る。

             ○

今晩書いたある愛読者の方への小生の書状を掲載します。

「拝復

暑中お見舞い申し上げます。ご健勝にてお過ごしのご様子何よりと存じ上げます。久しぶりにお手紙をいただきまことにうれしく存じ上げました。

小誌を丹念にお読みいただきましてありがとうございます。読者の方から、こういうご激励のお手紙をいただきますことが、小生にとって大きな喜びでございます。小誌を発行していて良かったとしみじみ思います。

中曽根氏の姿勢についての先生のご指摘全く同感です。青年将校と言われた時代には、『憲法改正の歌』に示されたような真正保守・民族主義者の姿勢を示していたのに、その後、改憲への積極的取り組みを行わず、その上、防衛庁長官時代には、改憲を訴えて自決した三島由紀夫氏に対して、全面否定の談話を出しました。靖国神社のご祭神から昭和殉難者の御霊を分祀せんとする画策を行ったのも中曽根氏です。

最近また、若き時代に先祖帰りするような発言をしていますが、これもまた何時変るか分からないという疑念を抱かせます。信頼性に欠けるところが中曽根氏の最大の欠点であります。御参考までに、中曽根氏が昭和三十一年に作った『憲法改正の歌』の全文を御紹介申し上げます。

一、  鳴呼戦いに打ち破れ 敵の軍隊進駐す 平和民主の名の下に 占領憲法強制し 祖国の解体計りたり 時は終戦六ヶ月

二、占領軍は命令す 若しこの憲法用いずば 天皇の地位請け合わず 涙をのんで国民は 国の前途を憂いつつ マック憲法迎えたり

三、十年の時は永くして 自由は今や還りたり 我が憲法を打ち立てて 国の礎築くべき 歴史の責を果たさんと 決意は胸に満ち満てり

四、国を愛す真心を 自らたてて守るべき 自由と平和民主をば 我が憲法に刻むべき 原子時代に遅れざる 国の理想を刻まばや

五、この憲法のある限り 無条件降伏つづくなり マック憲法守れるは マ元帥の下僕なり 祖国の運命拓く者 興国の意気挙げなばや                        

                           」

今後はこの歌の精神通りの中曽根氏であり続けてほしいと思います。

宮澤喜一氏は、戦後の似非平和主義思想・護憲安保体制を作り出し、その路線の上で政治を行ってきた張本人であります。彼には、政治家として宰相として何一つ功績はありません。

『君辱めを受ければ臣死す』といふ言葉があります。しかるに、宮澤喜一・加藤紘一の両人は、総理および官房長官として今上陛下の『御訪中』を促進し、実現し、今上陛下に共産支那に対する先の大戦について『謝罪』を、先生仰せの通り強請し奉りました。すなわち、敵性国家において、天皇陛下に辱めを受けさせ奉ったのであります。その罪万死に値すると思います。

さて、自民党が今回の参院選で大敗を喫しました。反日政治家が多く所属し、日教組・自治労などの支援を受ける民主党が勝利したことは、祖国日本にとって重大なる事態であります。戦後体制打倒・皇国日本の再生のためにまことに不幸な事態であると存じます。偏向マスコミによる安倍自民党攻撃の結果であると思いますが、それと共に、安倍晋三総理の靖国神社や歴史問題という肝心要のことについての『あいまい路線』も、このような結果を生んだ原因の一つであると思います。

今後より一層小生なりに皇国日本の再生のために奮闘努力しなければならないと決意いたしております。 」

|

« 千駄木庵日乗七月二十八日 | トップページ | 千駄木庵日乗七月三十日 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/15944201

この記事へのトラックバック一覧です: 千駄木庵日乗七月二十八日:

« 千駄木庵日乗七月二十八日 | トップページ | 千駄木庵日乗七月三十日 »