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2007年7月 9日 (月)

千駄木庵日乗七月八日

午前は、父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、諸雑務・

午後四時より、有楽町のマリオン前にて維新政党新風が街頭宣伝活動。鈴木信行・瀬戸弘幸両氏そして小生が演説。

帰宅後は、原稿執筆。

           ○

マリオン前というところは、以前は日劇と朝日新聞本社のあったところです。また近くの数寄屋橋公園は、故赤尾敏先生が毎日街頭演説を行われたところです。日劇もなくなり、朝日新聞は移転し、赤尾先生は亡くなられました。昭和の御代を懐かしく思い出しながら演説をしました。

私は、保守と言われ、政権与党に属する政治家や官僚に、北朝鮮・共産支那の手先・エージェントのような言動を繰り返す者共がいることを訴えました。

朝日新聞記者をやり近衛内閣の嘱託として政権中枢に潜り込んでいた尾崎秀実という人物が、旧ソ連のスパイ=ゾルゲと共に、日本の支那大陸への深入りと日米戦争を煽り、日本を亡国へと導き、ソ連を利する活動を行ったのです。偽装転向の「国家主義者」「愛国主義者」が、数多くの国家機関や言論機関に潜り込んでいたのです。西園寺公一も近衛内閣の嘱託でしたが、彼は戦後、日共に入党し、さらには、共産支那の手先となりました。近衛内閣の風見章内閣書記官長(今日の官房長官)は、戦後左派社会党の衆議院議員となりました。

こうした歴史を我々日本人は忘れてはなりません。今の日本にも、かつての尾崎などのように、敵性国家の手先となって日本を亡国に導く者がいることを正しく認識すべきであります。

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