« 千駄木庵日乗七月十八日 | トップページ | 千駄木庵日乗七月二十日 »

2007年7月20日 (金)

千駄木庵日乗七月十九日

午前は父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後一時半より、豊島区立千早地域文化創造館にて、「萬葉會」開催。高市黒人の歌などを講義。

夕刻、知人と懇談。

帰宅後、「政治文化情報」発送準備。

           ○

「富田メモ」「卜部日記」というものが公表され、昭和天皇が昭和殉難者の靖国神社合祀に「不快感を示された」ということが喧伝されている。この二つの資料に書かれたことがたとえ真実であり、先帝陛下のお言葉であったとしても、先帝陛下が最晩年のご病身であられた時に病床において私的に漏らされたお言葉、しかもメモをした人の意志が混入しているかも知れず、その上、公にするつもりのなかった私的メモや日記に書かれた「お言葉」を文字通り「錦の御旗」にして、靖国神社のご祭神合祀について批判を行うことは、先帝陛下のご聖徳を汚す行為であり、まさに、皇室の政治利用である。

昭和殉難者についての先帝陛下の御心は終戦直後において次のように示されている。

戦争責任者を連合國に引き渡すのは真に苦痛にして忍び難きところなるが、自分が一人引き受けて退位でもして納める訳にはいかないだろうか」(木戸幸一日記・昭和二十年八月二十九日)

「戦犯といえども米國より見れば犯罪人ならんも我國にとりては功労者なり」(同・昭和二十年十二月七日)〉

「戦争の責任は全て私にある。文武百官は、私の任命する所だから、彼等には責任はない。私の一身は、どうなろうと構わない。私はあなたにお委せする」(マッカーサーとの會見・昭和二十年九月二十七日)

この大御心を拝する時、先帝陛下が、昭和殉難者が靖国神社に祀られることに「不快感を示された」などということはあり得ないと信ずる。

|

« 千駄木庵日乗七月十八日 | トップページ | 千駄木庵日乗七月二十日 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/15819775

この記事へのトラックバック一覧です: 千駄木庵日乗七月十九日:

« 千駄木庵日乗七月十八日 | トップページ | 千駄木庵日乗七月二十日 »