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2007年6月 1日 (金)

千駄木庵日乗五月三十一日

午前は、訪問看護師の方と共に父のお世話。

午後から、在宅して書状執筆・諸雑務。

                                      ○

つくづくお気の毒に思うのは、故松平永芳元靖国神社宮司であります。「冨田メモ」報道の後、松平氏は、先帝昭和天皇のご意志に反し、かつ、父君であられ最後の宮内大臣をつとめられた松平慶民氏の心をも無視して、昭和殉難者の合祀を強行した人物であるという批判にさらされております。富田元長官の全く公表されるとは思っていなかった私的なメモによって、松平氏は君に忠親に孝の道義に反する人物であるかのごとき非難にさらされているのです。松平永芳氏は、すでに鬼籍に入られ、反論できないのであります。松平元宮司は、個人的判断・恣意によって合祀を行ったのではありません。松平氏の宮司就任以前から決まっていた合祀を実行されただけであります。

昭和天皇が「私の心だ」と本当に仰せになったとしても、ご病状が進み、限られた情報の中で、戦前と違って相談相手も少ない状況で漏らされたお言葉であります。あくまでも富田氏の私的なメモに記されているお言葉です。真偽のほどは確定できません。これを文字通り「錦の御旗」にして、昭和殉難者の合祀を否定し、松平氏を非難し、さらには昭和殉難者を分祀せよなどと主張するのは全く間違っております。そういう行為こそ、先帝陛下のご聖徳を汚す行為であります。

保科善四郎氏の手記によりますと、先帝陛下は、終戦の御前会議で「朕の臣を戦争責任者として引き渡すことは之を忍びざるも、大局上明治天皇の三国干渉のご決断に倣ひ、忍び難きを忍び、(終戦を)決意したのである」と仰せになったと承ります。この仁慈の大御心を拝すれば、昭和殉難者を靖国の英霊として慰霊し顕彰するのは当然のことであると考えます。

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