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2007年6月13日 (水)

千駄木庵日乗六月十二日

午前は、父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

お昼は、知人と懇談。

午後以降は、名簿の整理など。

            ○

桶谷秀昭氏の著書『昭和精神史』に大変重要なことが書かれています。昭和二十年九月十一日、米憲兵隊が東條英機元総理逮捕のために東條邸に来た時、東條元総理は自決を図ったのではなく、МPの無礼な態度に憤った東條氏を、抵抗したと見た憲兵隊員が誤射したという説があるというのです。銃声が聞こえたからМPがドアを蹴破って入ったのか、МPが入ってから銃声がしたのか、その瞬間のはっきりした記録はないし、東條氏が握っていた銃がアメリカ製コルトだったというのも変だというのです。アメリカ軍の東條氏への反感は相当のものであったことを考えれば、この説はあながち否定できないと思います。

東條氏の『英米諸国人に告ぐ』という遺書には、「諸君の勝利は力の勝利にして、正理公道の勝利にあらず…如何に戦争は手段を択ばずと言ふとも、原子爆弾を使用して、無辜の老若男女を幾萬若くは十幾万を一気に麘殺するを敢てするが如きに至りては、余りにも暴虐非道と謂はざるを得ず」と書かれ、『日本国民諸君』という遺書には、「大東亜戦争は彼より挑発せられたるものにして、我は国家生存、国民自衛の為、已むを得ず起ちたるのみ」と書かれています。

歴史の真実を明らかにし、大東亜戦争がわが国の侵略であったという一方的に断罪を断固として否定し徹底的に祓い清めねばなりません。

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