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2007年5月27日 (日)

千駄木庵日乗五月二十六日

午前は、父のお世話。訪問看護師の方と共なり。

午後は、原稿執筆・完成・送付。その後は、資料の整理。

                 ○

大久保利通斬殺事件(紀尾井坂事件)について書かせていただきました。日本近代史を語るとき、その原点ともいうべき人物は、やはり、西郷隆盛と大久保利通でありましょう。西郷隆盛は、日本の伝統を守り、道義国家を建設することが明治維新の目的であると考えていました。大久保利通など西欧を視察してきた人々は、西洋に伍して日本の独立を維持していくためには、西欧化が必要であると考えたのです。

この二つの思想精神の違いは、その後の日本近代史の矛盾そのものでありました。しかし「西郷隆盛は西欧先進国を見なかった守旧派である」と断じるのは間違いであります。彼は大久保羅の留守中に明治新政府の中枢にあって、多くの先進的な改革を主導しました。また、「大久保利通は、西欧かぶれの覇道主義者・権力主義者だ」と断じてしまうのも間違いだと思います。大久保は何としても日本を近代化しなければ国家の独立と発展は期し難いと考えたのであります。

どちらも、日本の国のためにまさに命懸けで努力したのであります。西郷隆盛は城山で自刃し、大久保利通は志士によって斬されました。二人とも悲劇的最期を遂げたのであります。以後の日本の歴史は、日本伝統の固守と近代化との矛盾を抱えつつ進んで来たのであります。しかし、この「矛盾」を「調和」に転換させる力を日本は持っていると思います。そのた「力」こそ、日本の強靭にして柔軟な「やまと心」であります。

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