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2007年5月 2日 (水)

千駄木庵日乗五月一日

午前は、訪問看護師さんとともに父のお世話。

午後は、父の薬を買うために、診療所や薬局などに行く。

帰宅後は、ずっと資料の整理。

                 ○

資料の整理をしながら撮りだめしておいたビデオを見るのを常としている。今日は、鹿児島県警が起こした冤罪事件=志布志事件の検証番組を見て、本当に怒りがこみ上げて来た。多くの罪の無い人々に対して、精神的・肉体的拷問を加え、自殺未遂にまで追い込むなどの過酷な取り調べを行って事件をでっち上げた警察の責任は実に大きい。戦前の大本教事件など治安維持法違反事件の取り調べのようなことが今日唯今行われているということである。

鹿児島の特殊事情なのだろうか。警察の横暴に対して庶民が抵抗できない風土が鹿児島には残っているのだろうか。明治以後の警察は鹿児島出身者によって支えられていたと言っていい。川路利良以来、明治大正期の警視総監のほとんどは鹿児島出身である。それだけに鹿児島において警察の威力が大きいのかもしれない。しかし、鹿児島の生んだ偉人・西郷隆盛先生を死地に追いやったのは川路利良である。

鹿児島県警だけではなく、警察はいざとなったら平気で違法行為をすることがある。特に組織防衛のためなら何をするか分からないと言っていい。以前、小生が都議会警察消防委員会を傍聴しようとしたら、警視庁の警部が威圧を加えて来たことがある。これは立派に特別公務員職権乱用罪に当たる行為であった。

今回の冤罪事件の捜査の指揮をとった当時の稲葉一次県警本部長と黒健治という署長と磯部一信という警部の処分はあまりにも軽すぎる。冤罪により地獄の苦しみを味わった方々と同じ苦しみを味わうべきである。

無罪判決が出て二カ月以上が経過したが、その後、警察がこの様な冤罪事件の再発防止について具体的にどのような対策を講じたのか、一切伝わってこない。あまりにも無反省である。

事件がでっちあげられた直後、鹿児島弁護士会は無実を訴える被告たちの弁護を拒否した。加藤紘一邸焼打ち事件でも、山形県弁護士会は、被告に対する非難声明を出し、弁護を事実上拒否した。弁護士会のこうした姿勢も糾弾されるべきである。マスコミによって叩かれ社会的指弾を受けた容疑者・被告人の人権は守られなくていいと思っているのだろうか。

ともかく、現行憲法三原理の一つは「人権尊重」であるが、真の意味で我が国民の人権が正しく尊重されているとはとても言えない。維新運動は、決して人権を軽視してはいない。玄洋社の社則には「人民の権利を固守すべし」とある。

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